「おっさん!!!なんだよこの状況、俺に時間を返せよ!」
そう声を荒げた後、すぐ我に返って辺りを見渡す。
が、周りの人間の動きが止まって、俺とおっさんの二人しか今は動いていなかった。
これもこいつの力だと言うのか?
「ああ、その様子だと俺の事を誰かから聞いたのかな?」
俺とは対照的に余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なおっさん。
「じゃあ、君は何を『くれる』?」
そうだった、おっさんに何か渡さないと帰れないんだった。
「……これは?」
先程買ったチーズバーガーを恐る恐る渡してみる。
「……」
おっさんは渋い顔をしてしばらく思案する。
「まあ、いいよ。そのかわりしばらく話し相手になってくれ」
「俺が『くれないさん』になったのはいつだったかなあ、もう50年以上前になるかも知れないなあ」
「……50年!?」
おっさんはせいぜい40代くらいに見えたのだが……
「俺の時間も止まってるんだよ、半世紀ずっとこのままさ。昔『くれないさん』に捕まってなあ、捜すうちに金が尽きてしまって、その辺を歩いてたやつをぶん殴って金を盗ろうとしてしまったんだ」
……あの時ジジイを殴ってなくてよかった。
心の中で胸を撫で下ろした。
「『くれないさん』が現れたのは牢屋の中。朝起きたら枕元に座ってたのさ。あいつが求めたのは『俺の存在』、俺にとって代わっちまったんだよ」
「それ以来は人の時間を奪いながらひと時の自由を満喫してるが、それも一時的な物。俺も金を稼がなきゃならないし、早く都市伝説から人間に戻りたいから次にとって変われるやつを探してるって訳さ」
……50年の孤独を想像するだけでも眩暈がしてくる。
「少しだけだったけれど話せて楽しかったよ。さて、次の獲物を探しに行こうかな」
次に瞬きしたら、向かいの席にはくしゃくしゃになったチーズバーガーの包装紙が転がっているだけの空席になって、まるでおっさんがいなかったかのように、周囲の人間も動き出していた。
慌てて腕時計を確認する。
時間は16時10分ほど……チクタクと秒針も動いている。
……時間が戻ったんだ!!!
もう持久戦はしなくてもいい、スキップする気持ちを抑えて追加の注文をする為にレジへと向かった。
時間は定時10分前、そろそろ会社に戻ってもいい頃だろうか。
「生活困窮者へのご支援をお願いしまーす!」
帰り際、ホームレスの支援活動の募金をしている団体を見つけた。
……
おっさん、元気にしてるかなあ。
次の獲物を探すって言ってたけれど、その間きっと凍える思いをしているに違いない。
「ありがとうございまーす!」
財布の中の小銭をあるだけ募金箱に入れた後、会社への帰路についた。
TELLER文芸部 あかいとまとさん案
テーマ:「のべる」を表現する
追加お題「くれる」
コメント
4件
「くれないさん」というネーミングが実在する都市伝説らしくて怖いです! 主人公の変化という視点ももちろんですが、おっさんも、自身を見つけられないようにも出来たのでは?と思いつつも話がしたくてわざと見つかりに行ったのでは?とも思わせるラストが素敵でした
もしも怒らせていたら「くれないさん」に自分の存在をとられていたかもしれない。そう思うと、怖いですね。 50年の孤独を考え、なけなしの小銭を寄付するのが、主人公に大きな変化があったんだなと実感しました。