コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
1.
「はあぁ…。」
橙髪の1人のメイド、ソール・フィロソフィアはため息をついていた。それもとても深いため息を。
もちろん、それには理由がある。
(ジュード様は一体どこに…?)
アースガルド王国の第一王子であるジュード・ネクサスが朝からどこかにほっつき歩いていってしまったのだ。ソールがその話を第二王子でありジュードの弟であるアラン・ネクサスから聞いた時はそれはそれは驚いた。
いずれ国を統治することになる人間が、仕事を放棄して散歩に出るなんて。なんとかして連れ戻さなければいけない。そもそも、もう25にもなるので、サボること自体をやめてほしい。
「あの…。
ソールさん、兄さんなら僕が連れ戻しておくから……」
君はメイドの仕事を、とアランがいいかけた時。ソールがガタッと席を立った。
「…私が、探してきます。護衛として。」
ソールは語気を強めつつもそう言った。その威圧感からも、ジュードのサボりに対してお怒りなのはよく分かった。アランは何も言わずに頷いた。というよりも、ソールの圧に負けて頷かずにはいられなかったという方が正しい。
「では…。」
いつもよりも無言な(場合によっては饒舌にもなる)ソールの背中を見届け、アランは兄が無事生還することを祈った。
2.
ソールが街に出ると、すぐに生涼しげな風がソールの真横を通り抜け、頬を撫でた。深呼吸をすると新鮮な空気が肺を満たす。それで荒れていた気を落ち着かせながら、ソールは街を歩いた。
周囲を見ると、道端でヒソヒソと話をしている住民たちが見られる。確実に、ソールがメイド服で街を歩いているからだろう。ジュードを見た者は、第一王子と関連付けているのかもしれない。
「…何処にも居ませんね…。」
(仕方がない、ここは聞くしかないか…。)
そう考え、ソールは近くに居た住民の方へ近寄った。ソールをジロジロと見ていた住民達はそれに驚き固まった。
「…すみません、この辺りで黒髪黄色目眼帯の25歳成人男性を見かけなかったですか?」
「く、黒髪黄色目で…随分具体的ね。」
「随分と見た目の特徴がジュード様と似ているけど、貴方まさか…。」
「えぇ。そのまさかです。私は王城に勤めているメイド兼護衛のソール・フィロソフィアと申します。…それで、その方は何処に?」
ソールが包み隠さず自分が王城に勤めていることを明かすと、住民はまじまじとソールのことを見つめる。そして、こんなことを呟いた。
「そういえば、あっちのパン屋の方でジュード様らしき人をみた気がするわ。勘違いだったらごめんなさ……」
「ありがとうございますそれでは。」
『それらしき人がパン屋の方へ歩いて行った』という情報を聞くと、ソールは一瞬でお礼を告げてその場を去った。
突然現れたメイドに質問をされ、答えたと思えばどこかへ去ってしまったという状況下に置かれた住民は、ぼんやりと『嵐のような人だったな』などと考えていた。
その一方で、情報を掴んだソールはパン屋へと一直線に向かっていた。もちろんパン屋に居るかもしれないジュードを見つけるために。絶対にパンを買って優雅にサボるつもりだ、などと考えながら向かっていた。
角を曲がると、そこに一軒の少し寂れた店が現れる。ガラス越しの店内を見て、ソールは足を止めた。
(ここがパン屋か…。)
店内にジュードらしき人影はなく、ただぼんやりと照らされた明かりの下に店員が立っているだけだった。ソールは、パン屋がここにあるということは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。そのせいか、寂れた雰囲気のパン屋に少し困惑していた。
すると、店の中にいる店員が外に出てくるのが見えた。ソールは視線をそちらへ向ける。
「えっと…店に何か御用が?
こんな寂れた雰囲気なのでよく驚かれるんですが、
一応今は営業中で…。」
扉にかけられている『OPEN』と書かれた看板からもそれは分かるが、ソールはパン屋に用事があった訳ではない。そのまま、ソールは自分が来た理由を伝えた。
「ここに黒髪黄色目で眼帯をつけた男性を見かけなかったですか?」
「えっ、黒髪黄色目に…?
その方ならあちらに向かいましたが…探しているのですか?」
「はい。実は……」
ソールが言いかけた時、突然店の扉がバン!と勢いよく開いた。そこには、先程店から出てきた店員よりも頭一つ分小さい、明るい桃色髪の少女が立っていた。セーラー服を着ており学生にも見えるが、それにしても背丈が小さい。
「つむ、何してるのー?」
「こちらの方とお話しているんです。
ところでヒナタ、扉は優しく開けてくださいね。」
「はぁーい。で、この人誰?お客さん?」
天真爛漫な少女を見て、店員の少女は頭を抱えながらため息をついた。しかし、すぐにソールの方に向き直ると軽く頭を下げる。
「ごめんなさい。この子、好奇心旺盛で…。」
「気にしないでください。私はソール・フィロソフィア、王城のメイド兼護衛をしております。よろしくお願いしますね、お嬢さん。」
ソールは、目線を小さな少女に合わせて屈むと、そのまま自己紹介をした。…のだが、少女は何が気に入らなかったのか、突然そっぽを向いてしまった。隣を見ると、店員が焦っているのが分かる。
「こら、ヒナタ!
貴方、お客さんにそんな対応するんですか?」
「誰なの?お客さんなの?
さっき聞いたのに教えてくれなかったし!」
そう言うと、少女はむすりと頬を膨らませた。一つ一つの仕草から子供らしさが垣間見えるが、本当にいくつなのだろう。ソールはそんなことを考えていた。
店員がお客さんです、と簡潔に説明するが、少女は未だにツーンとしている。諦めると、店員はソールに店についての説明を軽くした。
「ここは私の両親が経営しているパン屋です。
私は手伝いで、この子はたまに家にやって来るんですが…。
いっつも他のお客さんに迷惑かけてばかりで。ごめんなさい。」
「私は夜長 紡(よなが つむぐ)、そしてこっちの子は綾城 ヒナタ(あやしろ ひなた)です。よろしくお願いします。」
店員…ではなく手伝いの少女、紡がにこりと微笑みかける。ソールもそれに答えるように、ぺこりと頭を下げた。
そういえば、と紡は思い出したかのように話を続ける。
「人を探していたのですよね。ソールさんが言っていた人はあちらに向かいましたよ。」
「そう…ですか。協力感謝します。それでは。」
紡の指さした先を見て、ソールは紡にぺこりとお辞儀をする。そしてそのまま、ソールはジュードが向かったであろう場所に走っていった。
先に店内に戻ろうとした紡は、ヒナタに声をかける。しかし、ヒナタは呆然と空を見つめていた。
「ヒナタ…?
どうしたんですか?」
「…ねぇ、あれ、何?」
何かを見ているヒナタを見て、それに倣う様に紡も空を見上げる。
晴れ渡っている、何の変哲もないはずの空。
…その中に、異様なまでに輝きを放つ星があった。