更にレグバの打った手はそれだけに留まらなかったのであった。
オルクスを魔核に変じさせただけでは飽き足らず、割と賢く彼の副官的な立場にいたモラクスに囁いたのである。
彼らがルキフェルだと信じて止まぬ、サタンの口を通して……
『我が全幅の信頼を置く、純白のオルクスが帰って来ぬ事は一大事、いいや我の存在意義すら揺るがせかねん最優先事項である、判るだろう? モラクス…… 頼まれてはくれないだろうか? オルクスが向かう筈だった茶糖の家には一匹の老いた山羊がいるようであるのだが…… なあ、漆黒のモラクスよ、我に代わって彼の家に顕現してはくれないだろうか? オルクスがどのような状態なのか、見て来てくれと頼むのは無理な事であろうか? どうだ?』
この言葉にモラクスは瞬で答えたらしい、瞬でだ。
『大いなる神、ルキフェル様、喜んで拝命いたします! 私個人としても、我が兄、オルクスの行方不明を心の澱(おり)だと感じていた所でございます、んでは、今すぐその茶糖家の山羊にチェインして顕現させて頂きます、行ってきますね!』
サタン、偽ルキフェルは慌てた感じで言ったらしい。
『いやいやいや、今すぐはダメである! もうちょっと待っているが良い! うーん、大体ぃ…… おう! 一月位待っててね! で、ある!』
モラクスは首を傾げながら答えたそうだ。
『あ、そうなんですか? んじゃあぁ、一応、逸(はや)る気持ちを抑えて待っていますけどぉ? 大丈夫ですよね? 何か企んでいるとかだったらルキフェル様でも許しませんよ? 兄弟は何より大事なんですからね? 分かっていますか?』
『分かってるよ、分かっているってば! 兎に角待てっ! 分かっただろう? なら下がれっ! 追って連絡する! 以上であるっ!』
『は、はあ…… ?』
その後、約一か月後に茶糖家の黒山羊を依り代に顕現したモラクスの眼前には、一升瓶を片手にしたツミコ、先々代の聖女が目を剥き捲って見つめる姿があったらしい。
ツミコは焦点が定まっていない瞳をグルグル回しながら言ったそうである。
『あ? 悪魔か? んだよ、ひっく! お前等まだアタシに粘着して来るのがぁ? 面倒くせぇなぁー! 祓ってやんよぉー!』
二足歩行の真っ黒な山羊を依り代にしたモラクスは慌てて言ったそうだ。
『待って! 待って下さい! 私は行方不明の兄、純白のオルクスを探してここに具現化しただけなのでございます! 強き者よ、私の願いを聞いてはくれないでしょうか? 私は兄の行方が知れたらすぐに魔界に帰る、そう決めていますので…… 貴女方の敵になるつもりは一切ございません、ご安心を…… と言うか、貴女、大丈夫ですか? 随分深酒をされている様ですが? 歩けますかね、ほら私の肩に掴まって…… もうっ! こんなに酩酊(めいてい)するなんて? 一体何が有ったんですか? 聞かせて下さいよ! ほらっ、しっかりぃ』
肩を貸してヨロヨロしているツミコを支えたモラクスに先々代の聖女、家族曰く性格破綻者のツミコは言ったのであった。
『んだぁーっ! やっぱりお前はアルコール依存症回復プログラムの回し者なんだなぁ! 馬鹿野郎っ! んな物、酒なんか止めようと思えばいつでも止められるんだよぉ! 何だってぇ? 自分の経験を話せってか? もう、もうっ、んもうぅっ! まっぴらなんだよォぉ! アタシはアル中なんかじゃない! いつでも止められるんだからねぇ! 今はまだ止める必要がないだけでぇぇ、ウグッ、ウグッ! アタシは違うぅ、あそこにいるアルコール中毒の、あんな奴らとは…… 違う筈なんだよぉぉぉ~』
モラクスは合わせるように答えるしか無かった。
『そうですね、違いますねぇ、うん、違う違う! 全然違いますよねぇ? さぁ、家の中に入りましょ? 眠って、ゆっくり休んでお酒が抜けたら、酔いが冷めたら私の話を聞いて下さいね? 大丈夫ですよ! 私は貴女の味方なんですから! さあ、行きましょう! よーしよしよしよし』
酔っぱらいは急激に据わった目でモラクスを見つめて口にしたという。
『んあ? 味方? あれ? お前、悪魔じゃんか? 祓ってやるよぉ、それぇぃ! プスッとなぁ! けへへへ、最高だぁ! さいこ、うぅぅ…… ヒック、ウイィー、ネムゥー…… お、お休みぃ~、布団布団ンゥゥ~』
プシュウゥ~、コロリッ!
性格破綻者でアルコール依存症のツミコに魔核化されてしまったモラクスは少し離れた団地の裏で同じく魔核化してしまっているオルクスに辿り着く事は出来なかった。
酔っている間の記憶が皆無になるツミコには、今後どれ程待っても拾い上げられる事は無いだろう……
最早、只の石として存在するほかないと思われた彼は、思いもよらない存在に拾い上げられ、ニブルヘイムへと連れ帰られたと言う。
『これで分かったでしょう? モラクス…… 他の弟達とラマシュトゥも集めています! 私と一緒に帰りましょう! 懐かしいニブルヘイムの中心へと、コキュートスで力を蓄えるのです、貴方達が本来仕える、至高の御方が復活するその日まで』
フェイトの話に合わせて途中から思い出話をしていたモラクスが懐かしそうな表情を浮かべて言ったのである。
「その日から、ニブルヘイムの中心に開いた大穴、ルキフェル様がかつて半身を凍り付かせていた大穴の底で、我々スプラタ・マンユの弟妹の六柱は偽ルキフェルやバアル、アスタロトの手の物に見つからない様に力を蓄え続けて居たのです、いやぁ、懐かしいなぁ」