「何でこうなったんだったか…」
俺の前にあるテーブルには、酒ではなくチップの山が築かれている。
そう。ここはバーではなくカジノだったのだ。
〜時は遡り、三時間くらい前〜
「うん。やっぱりこうして静かに昼間から飲む酒はオツなものだな!」
ホテルから程近いバーへ入った俺は、カウンターに座り、一人酒を楽しんでいた。
「隣いいかしら?」
「どうぞ〜」
ん?昼間で空いているのに、態々隣?
まぁいっか。
相手の顔を見ることもなく、返事を返した。
「…つれないわね。こっちも見てくれないのね」
「ん?アンタは……どちらさん?」
その言葉に、声のする方を見る。
こんなモデル体型の金髪美女外人に知り合いはいないはずだ。
俺には陽キャタイプの人じゃん……
もし知り合いなら流石に忘れないと思うけど、一応聞いてみた。
「貴方本当に失礼ねっ!ラスベガスで貴方からカモにされた女よっ!!」
「……すまん。あの時はテーブルにいろんな人が座っていたから、全く覚えていないんだ。
そういうことなら、一杯奢らせてくれ」
元々、アンタの金だしな……
記憶に無いから知らんけど。
「いいわ。冴えない男だけど、奢られておくわね」
「…それ、言わないといけないのか?」
余程恨まれているらしい……
まぁ仕方ないか。アレはあんまりだもんな。
「これ飲んだら行くわよ」
「?いってらっしゃい?」
「バカなの!?アンタも行くのよっ!」
さくらんぼが入った可愛いカクテルをバーテンダーから受け取ったその女は、何故か何処かへ行く宣言をしてきた。
いってらっしゃいって言っただけなのに…バカ扱い……
「何処に行くんだ?美人に誘われて光栄だが、俺には可愛い嫁がいるんでな。来世に期待してくれ」
モテる男はつらいぜ……
「貴方、バカなだけじゃなくて鏡を見たこともないようね。カジノでリベンジに決まっているじゃないっ!!」
「…ああ。なるほど…」
はずかちっ!!
まぁ時間はあるし、付き合うとするか。
「ここよ」
口が悪い美女に連れてこられたのは、まるで博物館の様な古い石造りの建物だった。
「えっ?ここがカジノ?」
「そうよ。歴史ある建物だから、カジノとは言ってもドレスコードがあるわ。貴方は…着ているものはちゃんとしているから問題ないわね」
おいっ!中身の批判は親にしてくれっ!
こう見えても、親と嫁には可愛い可愛いって、言ってもらっているんだぞっ!!
「前回と同じレートでいいわよね?」
「構わんぞ。その前回を全く覚えていないけどな!」
「貴方、呼吸をするように人を傷つけるのやめなさいよ…」
いや、別にバカにしているわけじゃなくて、ホントに覚えていないんだって……
美女に先導されてカジノへと入って行った。
〜時は戻る〜
「貴方、一体前世でどんな徳を積んだのよっ!!」
俺の方が知りたい……
元々ギャンブルなんてやらなかったから、自分が人よりもついているなんて知らなかったしな。
宝くじすら買ったことがない。
「いくらだ?」
「?何がよ?」
「いや、返そうかと思ってな。流石に気が引けるし」
異世界で何かの恨みを買って殺されるならまだ諦めもつくが、今となってはこんな端金で恨まれた末に殺されては堪らん。
地球には毒や生物兵器、はたまた社会的に殺すなんて手段もある。
俺は地球では化け物レベルで強いが、地球の科学力からすれば、普通の人となんら変わらないからな。
「はぁ…やっぱりバカね。ギャンブルの負けはギャンブルで取り返してこそよ。施しを受けなければならないくらいなら、これ程の高レートでポーカーなんて出来ないわ」
「そうか。別に施すつもりはなかったんだ。気に障ったのならすまん」
「いいわ。施しは受けないけど、ディナーを奢らせてあげる。この近くに美味しいオーストリア料理を出す店があるの。どう?」
冷静に話すと、この金髪美女…サマンサさんは良い人だった。
彼女はアパレル企業の代表で世界中を飛び回っており、その地のカジノを巡るのが趣味だと言っていた。
俺の前に鎮座している大量のチップの内、彼女から巻き上げたものはほんの一部。
彼女は俺にこそ負けていたが、他のメンツとの勝負には勝っていて、本日は二人してプラスだった。
俺の方が三十倍以上勝っているが……
また金が増える……
「ちょっと待ってくれ。予定を確認してみる」
暇そうにしているが、こう見えても家族旅行の最中だからな。
携帯を見ると『夕食も食べて帰る』と二人からメールが入っていた。
二人とは聖奈とお袋のことだ。
「問題ないみたいだ。どうやら俺は家族内でいない者扱いのようだな…」
「…いくら運が良くても、それは嫌ね…」
同情するなら金をくれっ!!
いやもらっているか……
というか、誰がこのネタわかんねん。
俺は不釣り合いな金髪美女を連れて、夕暮れのオーストリアの街並みを歩いていく。
「へぇ。貴方の奥様は本当に美人なのね」
店までの道中、話題は俺の嫁さんの話になっていた。
俺が聖奈のことをベタ褒めすると、それなら写真の一枚でも見せてみろとなったので、携帯に入っている写真を見せたわけだ。
「だろ?俺は事実しかいわないからな。根が正直だから」
「それは否定するわ。貴方のポーカーフェイスは一級品よ」
それはアジア人の表情がわかりづらいってだけなんじゃ……
「ん?ふふっ」
「どうした?」
「いえ、この後も貴方はポーカーフェイスを続けられるのか、見ものだと思ってね」
ん?何の事……!?
「…聖くん?この綺麗なお姉さんは、どこのどちら様かな?」
何事か発見したサマンサさんの視線を追うと、そこには俺の魔王様が……
「せ、聖奈。何を怒っているんだ?」
おかしい……
それほどまでに、姉貴との買い物は苦痛だったのか…当たり前か。
「聖!!アンタ何考えてるのよっ!!家族旅行中に不倫だなんて、今時ドラマでも使わないわよっ!!」
やめてっ!ややこしくしないでっ!!
「待て待て。こちらの女性は以前ラスベガスに行った時、ポーカーで同卓したサマンサさんだ。
偶々ホテル近くのバーで会って、再戦を申し込まれたからさっきまでポーカーをしていて、勝たせてもらったから晩御飯を奢ることになったんだよ」
「貴方既婚者よ?女性と二人きりでディナーなんて、許されると思っているの?」
そもそも地球では聖奈以外の女性と二人きりで晩御飯食べたことがないから……
そんなものなの?
「姉貴。見てみろよ?サマンサさんがこんなザ・日本人な俺に興味があるように見えるか?どう見ても男女の関係には見えんだろ?」
「そんなことは関係ないわっ!」
くそっ!お前は俺の嫁ちゃうやろっ!!
「お姉ちゃん。いいの」
「えっ?いいの!?」
「うん。聖くんにそんな甲斐性がないことくらい知ってるから。冗談だよ」
やめて…そのジョークはわかりづらいから……
「サマンサさん。夫がお世話になりました。私は聖奈と申します。良ければディナーに私達もご一緒しても?」
「いいわよ。貴方の夫がどれだけポーカーの神様に好かれているのか、話しましょう?」
やめて…ただのバカヅキなだけだから……
不満げな姉貴を他所に、聖奈とサマンサさんは仲良く話しながら店へと歩いていく。
あれ?となると…俺の話し相手は……
「行くわよ」
「はぃ…」
なぜ………
「楽しかったわ」
初めてオーストリアらしいことをした後、解散の時間になった。
「いえ。服、楽しみにしています」
「ええ。私の方も楽しみに待っているわ」
二人は自社の製品を贈り合う約束をしていたようだ。
サマンサさんは俺達と同年代で、聖奈とも話が合ったようだ。
二人とも楽しそうにしていたから、これだけでここへ来た甲斐があるというもの。
「帰るわよっ!」
「いててっ。引っ張るなよ…」
聖奈を見ず知らずの女に取られてご機嫌斜めな姉貴。
皺寄せは全て俺が受け取ろう。
いくら怒らないからと言っても、女性と遊んでいたなんて、やっぱり気分の良いものじゃないからな。
聖奈は本気で気にしていないだろうが。
無事、ホテルへと帰った俺達だが、そこで漸く異変に気付いたのだった。
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