テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
リクエストありがとうございます。
色々注意です。
あとリクエストってこれであってますか?
間違ってたらすいません!
書き直します。
結構長いです。
分けようと思ったけど手遅れでした。
すいません!!
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
【小学生】
なつの家は、まだ笑顔で満ちていた。
父親は仕事から帰ってくると必ず
「ただいま!」と大きな声で言い、
母親は「おかえり!」と笑って迎える。
なつはランドセルを放り投げて二人の間に
飛び込む。
「パパ!ママ!今日ね、ドッジボールで
勝ったんだよ!」
「おお、すごいな!」父が頭を撫でると、
母は台所から顔を出して
「うちの子が一番だね!」と明るく笑う。
この時のなつにとって、世界は温かくて、
安心できるものだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
一方でいるまは、こさめと毎日のように
遊んでいた。
「いるまくん、こっちこっち!!」
近所の空き地で虫取り網を持って走り回る
こさめ。
息を切らしながら追いかけるいるま。
「待てって!そんな走ったら転ぶだろ!」
けれどこさめはくるりと振り返って、
無邪気に笑った。
「転んでもいいもん!いるまくんが
助けてくれるでしょ?」
その言葉に、いるまは思わずむすっと
しながらも「…しょうがねぇな」
と笑っていた。
父親しかいない家庭でも、
こさめと過ごす時間は寂しさを
埋めてくれる大切なものだった。
いるまの家
夕暮れ、こさめと別れて家に帰ったいるまを迎えたのは、暗い部屋の空気だった。
布団の上で父親が汗をかき、
荒い息をしている。
「…ッ、父さん、大丈夫か?」
まだ小学生のいるまは、不器用な手つきで
タオルを濡らして父親の額に乗せる。
冷蔵庫を開けると、中はほとんど空。
少しだけ残っていたスポーツドリンクを
取り出し、コップに注ぐ。
「ほら、飲める?」
父親は苦しげに顔をゆがめながらも、
いるまの手から受け取る。
「…すまんな、いるま。お前にばっかり…」
「いいから、しゃべんな。俺がやるから」
いるまは小さい体で台所に立ち、
レトルトの粥を温める。
その間も何度も父の方を振り返り、
息づかいを確かめる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
なつの家
夜。
なつは宿題をそこそこに放り出して、
居間にいるお父さんとお母さんのところへ
走っていった。
「ねぇねぇ、お父さん!
一緒にゲームしよ!」
「おっ、なつの必殺技また
見せてくれるか?」
「ふふん!今日は絶対勝つから!」
笑いながら肩を並べてゲーム機の
コントローラーを握る。
隣ではお母さんが台所から顔を出して、
「ちょっと〜、勝負に夢中になって
宿題忘れないでよ?」
「やってるよ〜、なっ、なつ?」
「うん!さっきやったもん!お母さんあとで丸つけてね!」
勝負が終わると、お父さんが頭を
ぐしゃぐしゃに撫でて、
「なつはほんと負けず嫌いだなぁ」
「むぅ〜、でも次は勝つから!」
と頬を膨らませる。
夜ご飯の食卓は、笑い声が絶えなかった。
お母さんが煮物をよそいながら
「おかわりいる?」と聞けば、
「いるっ!」と即答するなつ。
それを見てお父さんとお母さんは顔を
見合わせ、くすくす笑った。
その日も眠る直前まで「大好き」
があふれる家。
布団に潜り込むなつは、
「お父さん、お母さん、おやすみ〜」と
甘え声で言って、
「おやすみ、なつ」「おやすみ、坊や」
と返されると、安心しきったように
すぐ眠りに落ちた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
一方いるまは
自分の分の夕食を簡単に用意し
白ご飯に卵を落としてかき混ぜるだけ。
テレビをつけても、笑い声も温もりもない。
食べながらも時折、奥の部屋を気にして
耳を澄ませる。
父の咳が強くなれば、すぐに立ち上がり
駆け寄った。
食器を洗い終え、寝る時間になっても
布団に入る気にはなれない。
父の枕元に腰を下ろし、弱々しく動く胸の
上下をただ黙って見守る。
「……大丈夫だから」
誰に言うでもなく、声を絞り出してみる。
だけど自分の声があまりに小さく、頼りなく響いてしまい、胸がぎゅっと痛くなる。
その夜も結局、眠れなかった
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
【中学生】
中学生になると、なつは急に反抗期に
入った。
「うるせーよ!」「わかってるって!」
あんなに甘えていたお母さんに対して、
目も合わせず反抗的な態度をとる。
お父さんに叱られれば「ほっとけ!」と
声を荒げる。
愛されているのを知っているからこそ、
ぶつけても壊れないと無意識に思っている。
家族の温もりは確かにそこにあるのに、
なつはそのありがたさを
もう感じられなくなっていた。
でも、ひとり部屋にこもってため息を
つくとき、どこかで「ごめん」と心の中で
つぶやいている自分にも気づいていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
一方でいるまは、父の病気がどんどん悪化
していく現実に直面していた。
朝から熱が下がらず、布団から起き
上がれない父を見て、
「今日は学校、行かなくてもいいよな」
そう自分に言い聞かせるように看病を選んだ日もあった。
食事を作り、薬を飲ませ、濡れタオルを取り替える。
窓から聞こえるチャイムや子どもたちの笑い声が、遠くの世界のもののように感じる。
学校を休んだ翌日、こさめに心配そうに
声をかけられる。
「ねぇ、昨日どうしたの? 熱でも出た?」
「……いや、ちょっと。大丈夫」
笑ってごまかすが、こさめはじっと目を
見つめて離さなかった。
それが少しだけ救いだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
体育館の端。
冷たい床に腰を下ろして、いるまはぼんやりと前を眺めていた。クラスの皆がリレーの
順番を争って走っているのに、自分だけが
その輪から外れている。
昨夜もほとんど眠れずに父親の看病を
していて、身体が鉛のように重い。
「……しんど」
小さく吐いた声をかき消すように、
体育館のドアがガラッと開く。
遅れてやってきたのは、なつ。
「……え、なんでお前も見学?」
互いに驚いた顔をする。初めて言葉を交わすのに、どこか同じ匂いを感じる間。
なつはむすっとしながらも答えた。
「……リレーとか、だりぃし。
走りたくない」
「そっか……」
いるまはそれ以上聞かない。ただ隣の床を
軽く叩いて、座れとでもいうように視線を
外す。
なつは少し躊躇したあと、
隣に腰を下ろした。
体育館の熱気と歓声の中、二人だけが輪から外れて、小さな孤島のように並んで座る。
「……走れねぇの?」
「ん、まぁ……ちょっと疲れてて」
それ以上は語らない。けれど、
その「疲れてる」がただの言い訳じゃない
ことを、なつはうっすら感じた。
反抗期で親にぶつかるようになった自分とは違う、もっと深い孤独の影。
「……ふーん」
なつは足をぶらぶらさせながら、
小さな声で言った。
「じゃあさ、今日くらい一緒にサボってよ」
その言葉に、いるまはほんの少しだけ
笑った。
「ふーん……ズル休み?」
「……じゃないけど」
「俺はズル」
なつはあっけらかんと笑う。
その無邪気さが、疲れきったいるまには
少し眩しい。
「足おそいし。抜かされたら恥やん」
「……そんなこと、誰も気にしないん
じゃないの」
「いや気にするし。俺は気にする」
軽口を叩きながらも、なつはちらっと隣を
見た。いるまは膝の上で手を組み、
俯いている。どこか、クラスの子とは違う
静けさがある。
「名前、なんていうの?」
「……いるま」
「ふーん。俺、ひまなつ」
一拍置いて、なつはまた口を開いた。
「なんか顔色わるいけど大丈夫」
「……よく言われるからへーき」
それ以上突っ込まれたくなくて、
いるまは小さく苦笑する。
けれどなつは遠慮を知らずに、
さらに聞いてくる。
「夜更かしとか?」
「……まぁ」
「ゲーム?」
「いや……そういうのじゃない」
はぐらかすような返事に、
なつは「ふーん」とだけ返して黙った。
けれど、なんとなくそれ以上
聞いてはいけない空気を察して、
話題を変える。
「……なぁ、次もリレーじゃん。
また一緒にサボね?」
「……はぁ?、まぁいいけど」
「よしゃ!!」
無邪気にそう言うなつに、
いるまは少しだけ視線を向けた。
笑っているのに、どこか寂しそうな瞳。
自分とは違う形で、孤独を抱えているのかもしれない――そんな気がした。
チャイムが鳴り響き、体育の授業も終わる。
「はぁ〜疲れたっ!」
ドタドタと駆けてきたこさめが、勢いよくいるまの背中に飛びついた。
「ちょっ……重いって」
「だってリレーめっちゃ走ったんだもん!
もうしんどい〜」
「……知らねーよ」
文句を垂れ流すこさめに、いるまは
苦笑しつつも慣れたように受け止めている。
その様子を横で見ていたなつは、
気まずそうに立ち上がろうとした。
「あ、待って!」
こさめがすぐに声をかける。
「もしかして……いるまくんの友達?」
「え……いや」
「ごめんね、こさめが急に
入っちゃったから。えっと……」
「……あ、いえ大丈夫です。」
なつが小さく答えると、こさめはにこっと
笑った。
「名前なんて言うの!」
「……なつ」
「なつくんね!!」
テンション高く言い切るこさめに、
なつは目を瞬かせる。
「いるまくん、今日この3人で放課後
遊ばない?」
「えぇ?」
思わずいるまが振り返る。
「……別に、俺はいいけど。なつは?」
視線を向けられたなつの心臓がドクンと
鳴る。
「ッ!……遊びたい」
思わず子供っぽい声が出てしまい、
顔が赤くなる。
「決まりだね!」
こさめが嬉しそうに笑い、
いるまは「はぁ……」と小さくため息を
ついた。
けれど、なつの顔をちらっと見て、
ほんの少し口元を緩める。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
中学2年になった春。
ようやく、なつ・いるま・こさめは
同じクラスになった。
「やっとだよね!クラス同じになれて
よかった!!」
こさめが机に突っ伏しながら声を上げる。
「……まぁ、そうだな」
いるまは気のない返事をしつつも、心の中では少しだけ安心していた。なつが近くにいることで、授業も前より気楽に感じる。
なつはというと――。
「……3人で同じクラスって、
なんか運命っぽい」
小さく呟きながら、黒板に映る自分の名前を眺めていた。
そんな毎日の中で、なつは違和感を覚えるようになる。
――前はいつも笑っていた母が、最近は無理やり笑顔を作っているように見える。
――父は帰宅が遅くなり、時に険しい顔で
母と言い争う。
でも「考えすぎだ」と自分に言い聞かせる。幸せな家族像を壊したくなくて、
気の所為にしてしまう。
一方のいるまは――。
夜、枕元で咳き込みながら苦しむ父の姿を
見つめていた。
薬の数も、病院の通院回数も増えている。
「……あと、数ヶ月だろうな」
医者の言葉は、頭から離れない。
こさめやなつと笑い合っても、心の奥に冷たい影が常に残っていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
放課後、教室の机に寄り添って座る3人。
「ねぇねぇ、お泊まり会しない?!」
こさめが目を輝かせながら言う。
「お泊まり会?」
いるまは首をかしげる。
「そうそう!ん〜、とりまこさめの家で
泊まり会しない?」
こさめが嬉しそうに提案する。
「……親に許可取ってみるわ」
なつが手帳を広げつつ答える。
「あ〜、ちょっと俺無理かも、
親厳しいんよ」
いるまは小さな嘘をつき、さりげなく断る。
「まじか〜」
こさめは少し残念そうに肩を落とす。
「俺いなくても、とりあえず2人で
泊まれば?」
いるまがこさめに声をかける。
「いいん?いるま」
なつが目を輝かせて聞く。
「いいよ、わりぃな」
いるまは小さく笑いながら、
二人の楽しそうな顔を見届ける。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
夕方、なつの家。
玄関を開けると、母の靴がない。
「……あれ、母さんは?」
リビングで新聞を読んでいる父に
声をかける。
「仕事で今日は帰ってないぞ」
父は淡々と答える。
「そ、そっか……父さん、友達の家
泊まってもいい?」
なつは少し期待を込めて、けれどどこか
ぎこちなく聞く。
「別にいいが、そちらのお母さん方にも
連絡しないとだろ。
連絡先を教えてもらえないか?」
父は真面目な声で返す。
「……わかった」
なつは頷き、スマホを取り出した。
*LINE画面*
「こさめ、お母さんの連絡先くれない?」
「別にいいけどなんで?」
「父さんが連絡しないとだめだって」
「そっか!じゃあ送るね!」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
こさめの家に入ると、シンプルで片付いた
リビングが広がっていた。
けれど玄関にもう一足あるはずの靴がなく、なつは首をかしげる。
「……あれ?こさめのお母さんは?」
「…あ〜えっと、仕事忙しい人なんだよね」
こさめは一瞬焦った顔をして、それから
無理やり笑顔を作る。
「そっか〜。夜どうする?」
「ん〜なんか食べに行こ!あ、お金ある?」
「まじでわりぃ。お泊まり会とかって普通、ご飯食べさせてもらうもんかと
思って、そんな持ってきてねんよね」
「そっか!じゃあしょーがないから今日は奢ってやろう!こさめ様に感謝しろ!」
「は?!いいのかよ」
「いいよ!次なんか奢ってね〜!」
「わかった、わりぃ」
2人で外に出てラーメン屋で食事を済ませ、笑いながら家に戻る。
シャワーを浴び終えて布団に転がり、
もう寝るかと思った瞬間、こさめが急に体を起こす。
「ねぇねぇ、恋バナしよー!」
「は?今?」
「今でしょ!こういうお泊まり会って
そういうのするんだよ!」
「……マジかよ、そうなん?」
「そうなん!」
なつは少し迷ったけど、こさめの期待に
押されるように布団に座り直す。
「じゃあ、こさめは誰か好きな
やついんの?」
「え、いないよ」
「おー、即答」
「だっていないもん!……でも、
気になる人ならいるかも?」
「へぇ〜誰誰?」
「ないしょ!」
「は?言えよ〜」
「やだね!」
笑い合って、こさめはすぐに
逆質問してくる。
「じゃあ、なつは?気になる人とか
いないの?」
「俺?……いない」
「ほんとに〜?」
「ほんと。……まぁ、ちょっと気になってる奴はいるけど」
「え、いるじゃん!」
「いや、でも……別に恋愛とかじゃねーよ。男同士だし」
「ふぅん……」
こさめは一瞬だけ表情を曇らせ、
それからまた無理やり笑って「そっか」と
布団に転がった。
部屋の電気を消すと、ふたりの呼吸音だけ
が響く。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
夜が明けると、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。
こさめはまだ布団の中で寝息を立てている。なつは喉の渇きに耐えられず、静かに布団を抜け出した。
キッチンでコップを探していると、リビングの方から物音がする。
恐る恐る覗くと、そこには仕事帰りらしい
疲れ顔のこさめのお母さんがいた。
「あ……おはようございます」
なつは少し緊張しながら頭を下げる。
「……あら、あなた……こさめのお友達?」
「はい。昨日泊まらせてもらいました」
お母さんはにっこりと笑うでもなく、
ただ「ああ」と曖昧に返すだけ。
そのまま新聞を手に取り、コーヒーを
入れ始めた。
なつは冷たい水を一気に飲み干すと、
すぐにその場を離れた。
リビングの空気が妙に冷たく感じられて、
長居できなかったのだ。
足早に寝室へ戻ると、まだこさめが丸くなって眠っている。
なつは布団に潜り直し、天井を見上げながら小さくため息をついた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
病室にただ機械の音だけが鳴っていた。
酸素マスクをつけた父の呼吸は浅く、
弱々しい。
ベッドの横でいるまは拳を握りしめ、ただその姿を見守っていた。
「……いるま」
かすれた声で父が口を開く。
「今まで……ありがとな。お前が……
いてくれて、俺は幸せだったよ」
その言葉と同時に、父の目がゆっくりと
閉じられていった。
心電図の音が一本の線を描き、部屋の中が
静寂に包まれる。
――もう、二度と目を開けない。
いるまはその事実を、ただじっと見つめる
ことしかできなかった。
胸の奥が締めつけられるように苦しいのに、涙は出てこない。
(なんで……泣けねえんだよ)
(最後くらい……泣いてやれよ、俺)
自分の心が冷たい人間みたいで、
憎らしかった。
涙を流せない自分に、どうしようもない怒りと嫌悪が湧き上がる。
その夜、いるまは父の冷たい手を握りしめたまま、暗い病室で一睡もできなかった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
教室に入ると、いつものようにざわざわと
した声が飛び交っていた。
いるまは席に着くと、机に肘をつき、
俯き気味にノートを出す。
(……普通にしてろ。バレるな。
笑っとけ、俺)
頬をひきつらせながら、無理やり笑顔を
作って隣の席のやつに軽く会釈する。
けれど、その作り笑いはぎこちなく、
目の奥はどこまでも沈んでいた。
そんな彼の様子を、教室の端から見ていたのがなつだった。
いつもより少し元気のないその表情に、
なつの胸がざわつく。
休み時間、なつは机に肘をついているまの
前に身を乗り出した。
「……いるま、なんか変じゃない?」
「は?……いや、全然普通」
即座に否定し、口角を上げて笑ってみせる。
「うそ。だってその笑い方、全然楽しそうじゃないもん」
図星を突かれた瞬間、いるまの笑顔が
固まった。
喉の奥が詰まり、返す言葉が出てこない。
なつはしばらく黙っていたけど、
少し寂しそうに目を伏せて言った。
「……無理に笑わなくていいよ。俺、いるまが元気なくても嫌いにならないから」
その言葉が、胸の奥にずしりと響いた。
泣けない自分を責めていた心に、静かに
染み込んでいく。
いるまは視線を逸らし、小さくため息を
ついた。
「……お前、ほんと見るとこ鋭いな」
なつはにこっと笑って、「でしょ?」と軽く肩をつついた。
放課後の帰り道。
夕陽に照らされた道を、二人は肩を並べて
歩いていた。
少しの沈黙のあと、いるまがぽつりと口を
開く。
「……なつ。俺さ、昨日……親父、
死んだんだ」
その声はかすれていて、普段の彼からは
想像もできないほど弱々しかった。
なつは一瞬立ち止まり、驚いた目でいるまを見つめる。
「……っ」
言葉が出ない。代わりに、強く抱きしめた。
「……バカ。なんで一人で抱え込むんだよ」
いるまの体が一瞬強張る。けれど、
その温かさに少しずつ心が解けていった。
なつは耳元で静かにささやく。
「俺がいるから。……もうお前は一人
じゃない」
その言葉に、張り詰めていたいるまの
胸がぐらりと揺れる。
涙はやっぱり出なかったけど、代わりに込み上げたのは強烈な決意だった。
(……俺は、こいつを絶対に守る)
大切な人を失った痛みを、なつにだけは絶対に味わわせない。
その瞬間から、いるまは本能的に
「なつを守ること」に縋りつくように
なる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
夜。塾帰りの公園で、ベンチに並んで
座る二人。
街灯がぼんやり二人を照らす中、
なつがぽつりとこぼした。
「なぁ、いるま……最近さ、母さんと父さんが喧嘩してて」
「……喧嘩?」
「うん……。なんか母さんの態度も
変わっちゃってさ。俺、どうすれば
いいかわかんなくて。
原因もわかんねーし……」
声は小さく、俯いたなつの横顔はどこか
幼さを取り戻したように見えた。
普段、強がって見える彼がこんな顔をするのは珍しい。
いるまは黙って隣を見つめた。
自分も家庭の問題に押し潰されそうになってきたからこそ、なつの気持ちが痛いほど
わかる。
「……なつ」
静かに名前を呼んでから、ぎゅっと拳を
握りしめる。
そして不器用に、でも強い声で言った。
「大丈夫だ。俺がいる。……お前の家で
何があっても、俺がお前を守る」
なつは驚いたようにいるまを見た。
真剣すぎる目に、胸がぎゅっとなる。
「……守る、って。そんな、大げさだろ」
「大げさなんかじゃねぇよ」
いるまは食い気味に言った。
その瞳には迷いも弱さもなく、ただ
まっすぐな強さだけが宿っていた。
「……俺は、お前を一人にしない」
なつは一瞬、何も言えなかった。
でもその言葉は、静かに心の奥に落ちて、じんわり温かく広がっていった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
土曜の昼下がり。
コンビニでジュースを買って帰る途中、
ふと視線の先に見覚えのある人影が見えた。
――こさめのお母さん。
そして、自分の父親。
二人は周囲を気にしながら歩き、やがて
迷いもなくホテル街へと足を進めていく。
赤いネオンが「休憩・宿泊」と光っていて、なつの心臓が音を立てて凍りついた。
「……嘘だろ」
足が動かない。
頭も真っ白で、ただ二人の背中を見失わないように必死に目で追うしかなかった。
ガラスの自動ドアが開く。
父と、こさめの母が、中へ消えていく。
その瞬間、胸の奥がズタズタに裂けたように痛んだ。
「……なんで……」
喉から押し殺した声が漏れる。
父さんは母さんを裏切ってる。
しかもよりによって――友達の母親と。
頭では受け止めきれず、心は一瞬で地獄に叩き落とされていた。
なつの手は震えて、握っていたジュースが地面に落ちて転がった。
全身が冷たくなり、呼吸がうまく
できない。
気づけば、足は勝手に動いていた。
向かった先は――いるまの家。
玄関のチャイムを何度も何度も押す。
「……っ、いるま……ッ」
涙と嗚咽で言葉にならない声。
ガチャ、とドアが開く。
驚いた顔のいるまが出てきた。
「なつ?どうしたんだよ」
「……っ、いるま……」
言葉にならず、そのまま胸に飛び込んだ。
いるまの胸をぐちゃぐちゃに濡らしながら、なつは必死に吐き出す。
「っ、父さんが……、父さんがッ……
こさめの母さんと……ッ……!」ポロ
「……は?」
「ラブホ……、入ってくの見た……!
目の前で……!」
涙と嗚咽で崩れ落ちそうになるなつを、
いるまは慌てて抱きとめた。
「……なつ、落ち着け……大丈夫だから。
俺がいる」
「っ……やだ……やだよぉ……っ……」
いるまはぎゅっと抱きしめて、背中を
何度も叩く。
「……俺がいるから。お前は一人じゃねぇ。絶対に」
その声に、なつは余計に泣きじゃくった。
ぐしゃぐしゃに泣いているなつを抱きとめ
ながら、いるまが静かに口を開いた。
「……なつ、さ、とりあえずこさめともう
関わるのやめよ?」
「……え?」
涙で濡れた顔を上げるなつ。
「こさめとこれ以上関わると、お前の父さん感づかれて……離婚とかなったら、
やばいだろ」
「……それは……いや、だけど」
なつは唇を噛む。友達を切るのは嫌だった。けど……。
いるまの目は、いつになく真剣だった。
「そもそも……こさめの泊まり会なんてなければ、関わることもなかっただろ。全て……アイツのせいだろ」
「……っ……」
なつは言葉を失い、胸の奥がざわついた。
確かに。泊まり会がなければ、父とこさめの母が繋がっているなんて知らずに済んだ。
こさめがいなければ――あんな光景、見なくて済んだ。
なつは震えながら、いるまの胸に顔を
埋めた。
「……どうしたらいいの……」
「俺が守る。だから……お前は俺だけ
見てろ」
コメント
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うわぁほんっと神作すぎる…ッ✨️ リクエスト書いてくれてありがとうございます~っ、!! 📢くんの🍍くんへの執着はそういう事だったんだ…、