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第四十章 午前一時のノック
静かになった部屋で、ひとり、ソファにもたれていた。
テーブルには、書きかけの論文や参考書が開かれたままで、俺の部屋だけ時が止まったようだった。
もうとっくに書く気なんて失せているのに、閉じる気にもなれない。
翔太が座っていたベッドの隅。手で触れてみる――
亮平💚「冷たい」
静かな寝室に響いたその声は、自分が思っていたよりも、ずっと寂しい声色で、頰が熱くなるのを感じて、慌てて手を引っ込めた。
亮平💚「……何やってんだか。格好悪い」
ここ最近、自分でも笑えるくらい、余裕がなかった。
教授戦が近いからだと思っていた。
人事。
論文。
症例。
根回し。
神経が擦り減る理由なんて、いくらでもあった。
だから、翔太に乱されるのも、一時的なものだと思っていた。
――思っていたのに。
蓮の名前が出るだけで、あんな顔をする。
“帰りたくない”なんて言われただけで、本気で閉じ込めたくなる。
そんな自分を、俺は知らなかった。
誰かに、ここまで感情を持っていかれることなんて、今までなかった。
いや。
たぶん、最初から気づいていた。
気づかないふりをしていただけだ。
教授戦の焦りにすり替えて、
“恋”じゃないことにしたかった。
その方が、ずっと楽だから――
コンコン。
深夜の廊下に、小さなノック音が落ちる。
ゆっくり顔を上げ時計の針を見た。午前一時を回っている。
コンコン。
もう一度、遠慮がちな音。
ドアを開けた瞬間、数秒、言葉を失った。
嬉しいはずなのに、ため息みたいに笑ってしまう。
パジャマ姿の翔太が、雪うさぎのぬいぐるみを抱えたまま、困ったみたいに立っていた。
淡いクリーム色の、モコモコした生地。
短パンに半袖のパーカーというラフな格好。しかも、フードには申し訳程度のうさ耳まで付いている。
――何それ、反則だろ。
眠そうに伏せられた目まで含めて、完全に“雪うさぎ”だった。
可愛いを自覚してない人間ほど厄介だと、今更ながら気付かされた。
「眠れなくて……」
亮平💚「キュン死にしそうなんだけど」
翔太💙「亮平何処か具合悪いの?」
亮平💚「バカ」
腕を引き寄せ抱きしめると、ぬいぐるみが邪魔をして、翔太の体温が感じられない。奪い取ったらきっと、悲しむのだろう。ぬいぐるみ以上の拠り所にまだ慣れていない俺に、これを奪う権利はない。
亮平💚「中入りなさい……暖かいスープ作ってあげるから適当に座っ……」
背中に当たる体温が、じんわりと温かくて、後ろから伸びてきた翔太の手は、冷たかった。
亮平💚「雪うさぎさんはもういいの?」
翔太💙「先にベッドで寝てる」
亮平💚「3人で寝るの?」
翔太💙「だめ?」
〝ダメじゃないよ――〟
そう答えた声は、自分でも驚くくらい甘かった。
翔太がベッドに座って、隣で寝そべる雪うさぎを見つめている。キッチンでスープを温めながら、何度も後ろを振り返る。
その光景が、あまりにも“普通”で、苦しくなる。
恋人みたいだ、と思ってしまう自分がいて、なんだかこそばゆい。
でも、まだ違う。違うのに、翔太が眠そうに目を擦るだけで、愛おしく、〝触れたい〟と思ってしまう。
その衝動を、まだ理性で止められていることに、どこか安心している自分もいた。
2人向かい合わせで座ってスープを啜る翔太を見ていた。
白い小さな手で握られたスプーン。猫舌なのかちょっとずつ小さな口に運んでいく。〝ふぅ〜ふぅ〜〟と用心深くスープを冷ますと、一口、また一口とスープを啜った。
翔太💙「うまっ」
不思議な子だ。
可愛らしい仕草をしたかと思えば、男らしい一面もあったり。改めて俺は、翔太のことを何にも知らないのだと思い知らされる。
翔太💙「そんなに見てちゃ、食べられないよ」
頬杖を付いて、一挙手一投足を見ていた俺は、また、頰が熱くなるのを感じた。
亮平💚「猫舌なの?」
〝へっ?〟間抜けな声が出た自覚があるのだろう、恥ずかしそうにスプーンをテーブルの上へ置いた。
翔太💙「昔ね、幼馴染の……えっと何て名前だったっけ?……あっそう!リョウちゃんがね、俺が食べるの遅いから、こうやって食べるといいって教えてくれて」
亮平💚「そう」
翔太は、スープを食べ終える頃には、重い瞼と必死で格闘してた。その姿すら可愛くってしばらく見ていた。
亮平💚「おいで、もうお布団に入ろう」
翔太💙「んっ」
翔太は、目を擦りながら、布団の中に冷たい足を滑り込ませると〝亮平あったかいね〟なんて平然と言うもんだから、襲いかかってやろうかと思ったのに、瞬時に安心したように寝息を立てる翔太を見て、頭を撫でるのが精一杯だった。
翔太💙「……亮平」
亮平💚「何起きてたの?」
翔太💙「なんで、そんな優しいの」
亮平💚「優しくしてるつもりないけど」
翔太💙「嘘つきだね亮平は」
コツンと頭をつけ合わせると、俺の腕にしがみ付いて、再び寝息を立てた。今度は幸せそうに口角を上げたまま――
亮平💚「……蓮、お前これ反則だろ」
初めて見る翔太の姿。
きっと、アイツにも――
誰かひとりに、ここまで感情を揺さぶられるなんて、思っても見なかった。
教授戦のためだと割り切るつもりが、結局――
亮平💚「堕ちてんの俺じゃん……」
掴まれた腕が、じんと痛んだ。
これ程までに、1人になることを怖がる翔太に、酷いことを言ってしまった。
今更、俺に――
腕を引こうと力を入れると、縋るようにさらに、強く腕を掴んできた。
翔太💙「……りょうへい…………」
亮平💚「参ったな……反則だよそれは」
頭を撫で、抱き寄せるように翔太を胸に収めた。背中に当たる雪うさぎのぬいぐるみを枕元に置き直すと、そっと目を閉じた。
亮平💚「俺に守らせてよ――」
静かな寝室に響いたその声は、誰にも届かない。
窓の外では、春の嵐が静かに街を濡らしていた。
遠くで鳴った雷の音だけが、眠る翔太の呼吸とは違う速さで、胸の奥を揺らしていく。
静かな寝室を掠めるように、淡い稲光がカーテン越しに滲む。
まるで、ずっと見ないふりをしていた感情を、暴かれるみたいだった。
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うさ耳🐰もこもこ💙可愛すぎるんですけど!でもデンティスで歯磨きしてから寝ようね? 可愛い!可愛い!可愛い!