テラーノベル
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翌日結がオフィスに出勤してきたのを見計ったように、デスクに載っている電話が鳴った。内線のランプが点灯している。まだオフィスに工藤の姿はなく結が受話器を取った。
「もしもし」
「小塚代表にお客様がお見えです。フロントまでお越しください」
「お客様ですって。こんな早い時間に?」
聞き返しながら結は腕時計を見た。時刻は八時十五分だった。こんな早い時間に来客などありえない。それとも宿泊客に不測の事態でも起きたのだろうか。
「いつも見ていますよ」
そこで電話が切れた。全く聞き覚えのない男性の声だった。結は言われたとおりフロントへ降りて行ったが結を待っている人の姿はなかったし、フロントにいた従業員に聞いてみても、誰もそんな電話をかけていないと言う。
「いつも見ていますよ」
最後の言葉を思い出して結の背筋がぞくっと震えた。振り返って周囲を見回したとき、玄関の自動扉の向こうで黒い影が翻るのが見えた気がした。無意識にその影を追おうとつま先が動きかけたときだ。
「どうかされましたか?」
従業員の一人に声をかけられて足が止まった。自動扉の向こうをしばらくじっと見ていたが、結は足早にエレベーターに向かい乗り込んだエレベーターの中で一人になると、深呼吸を繰り返した。
翻る黒い影。
結は怖くなって、顔を覆い目を閉じた。
「おはようございます」
オフィスに戻ると工藤が出勤していた。
「代表。どうかされましたか?」
結の顔を見るなり工藤が聞いた。
「昨日もそうでしたが、最近顔色が優れないような気がします。お疲れですか? それとも何か困りごとでもありますか?」
「大丈夫です。ちょっと寝不足なだけです」
無理矢理にでも笑みを作り明るい声で言う結に、工藤は控え目に頷いた。そして気を取り直すようにちょっと声を大きくして、今日一番の報せを伝えた。
「コンクールのグランプリは、日下部暖人さんに決まりましたよ」
その報せに結の頬をほころぶ。
「審査結果を報せたくて連絡をしているのですが、連絡がつかないと審査員たちも困っているようで」
手渡された応募用紙には、氏名と住所と自宅の電話番号が書かれていたが、携帯番号やメールアドレスは書かれていなかった。
「携帯番号だけでもあるとよかったわね」
残念そうに言ってみたが、結はちっとも残念に思っていなかった。自身も深く感動したあの絵画を他の審査員たちも高く評価をしてグランプリに選ばれた。どんな人があの温かい絵を描いたのかとても興味があり、ぜひ会ってみたくてわくわくしていた。
結はデスクに載っている電話の受話器をあげて、応募用紙に書かれている日下部暖人の自宅の電話番号を押した。デスクの向かいに立っている工藤も電話が繋がるのを待った。
諦めるしかないのだろうか。そんなことが頭に過ったとき呼び出し音が止まった。結がスピーカーを押すと工藤も前のめりになる。
「もしもし、日下部様のお宅でしょうか?」
結が尋ねる。
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「こちらコヅカグランドホテルの者です。先日絵画コンクールを開きましたホテルです。もしもし聞こえていますか? 日下部暖人さんですか?」
優しい口調で尋ねてみたが返事はないまま、がちゃんと音を立てて電話が切られた。受話器を置いた結が顔をあげて聞いた。
「どう思われますか?」
デスクに置かれた日下部暖人の応募用紙を、結は人差し指でコツコツと打った。それはちょうど※父代筆という文字の上だった。
「代表。以前から気づいていたことですが、報告を怠りました。申し訳ございません」
工藤は頭を下げる。
「日下部暖人さんには、絵の素晴らしい才能をお持ちの方です。けれどそれ以外のことは、ご両親の手を借りて暮らしているのではないでしょうか。ですか、それと今回の受賞に何か影響があるでしょうか?」
意味もなく、椅子を左右に微かに動かしながら話を聞いていた結が頷く。彼が置かれている環境、背負っているものが何であろうともそれらは受賞の理由とは関係ない。ただ純粋に彼の描いたもの評価したかった。
「いいものはいい。ただそれだけです。私はそう思います」
そして少し考えて、さらに言った。
「もしこの受賞をきっかけに、日下部暖人さんの世界が広がるお手伝いができたならもっといいですよね」
結は勢いよく立ちあがった。
「じゃあ出掛けましょうか」
「どちらに? いやいや、これから会議がありますよ。どうなさるつもりですか?」
工藤に言われて、結は再び椅子に腰をおろすしかなかった。だが言った。
「では出掛けるのは午後にしましょう。午後の仕事で明日に回せるものは明日にしてください」
「急に出掛けるなんてどちらに?」
「日下部暖人さんに直接会いに行きたいです。この住所だとご自宅は市内のようですね。このまま連絡が繋がらないという理由で、彼の受賞をなかったことにはしたくありません。私も彼の作品にはとても感動しました。ぜひうちとも契約してもらいたいです」
「契約?」
「ええ。例えば社報にイラストを描いてもらうのもいいでしょう。子供用の食器にも絵を描いてもえたら、お子様ランチを食べる子供たちは今よりもっと喜ぶでしょう」
日下部暖人の絵を見ているうちに思いついたことを力説していた。
「そんなことを一人考えてしまって…」
語尾に向かって、どんどん声が小さくなっていく結に工藤は微笑んだ。
「承知致しました。早速受賞のことを伝えに行きましょう。きっとご両親も喜ばれることでしょう、午後の予定を至急調整してみます」
工藤が出て行くと結は窓の外を見た。天気予報では、午後はにわか雨が降るとのことだった。
コメント
1件
うわ、めっちゃ不気味な電話シーンから始まって背筋冷えたわ…。「いつも見ていますよ」って、あれ絶対ただの間違い電話じゃないよね。黒い影も出てきたし、結さん大丈夫かな。でもその後の日下部さんの絵に対する熱い想い、すごく伝わってきた。「いいものはいい」って言葉、めっちゃ刺さる。それにしても電話切られたの気になるし、直接会いに行くって決意がカッコいい。続きめっちゃ気になるわ🔥