テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
おお、これスピンオフなんだ!でも単体で読んでも全然入ってこれたわ。雪絵が「惹かれちゃいけない人」って思った瞬間に既に惹かれてる感じ、切なくてグッときた。千崎さんの銀行員みたいな雰囲気が極道の世界で異質すぎて、逆に存在感がすごい。琴音ちゃんと相良くんのわちゃわちゃで和むのも絶妙なバランスだった!続き気になる〜🔥
鷹槻れん

2,072
#契約結婚
鷹槻れん

14,043
鷹槻れん

108
#好きだった
鷹槻れん

68
※『組長さんと年下彼女』という作品に出てきた千崎雄二と、彼に翻弄された2人の女性を描くスピンオフ作品ですが、単体でも読めるように書いています。
葛城雪絵『惹かれてはいけない人』
和室に灯る柔らかな明かりの下、葛城雪絵は背筋を伸ばして座っていた。
ここは葛西組組長・葛西了道の屋敷。
広間の床の間には掛け軸と花が飾られ、空気がピンと張り詰めている。十の時に身寄りを失くして以来ずっと世話になっている場所なのに、なぜだろう? 今日はどこかいつもと違う空気感があった。
母親は、雪絵が小学校へ上がる前に自らの意志でこの世を去った。
『やっぱり堅気の女と俺たちとじゃ、住む世界が違ったってことだ……。美雪さんにゃ、可哀想なことをしたな』
皆が墨染のような真っ黒な衣服に身を包んでいる中、わけも分からないまま同じように黒のワンピースを着せられた雪絵の手を引いて、父は寂しそうな顔をして立っていた。葛西了道がそんな父の肩をポンと叩くなり、吐息まじりにつぶやいた。その声と悲し気な表情を、雪絵はずっと忘れられなかった。
あの当時、雪絵はまだ幼かったから、あれが母の葬儀の場だったというのも、また、了道が暗い顔で告げた〝堅気の女〟が美雪を指していたということも、大きくなるまで理解できなかった。
(お母さんは組とは無関係な人だったってことだよね?)
結局母の話をすると寂し気な顔をする父親には聞けず終いだったけれど、おそらくはそういうことだったんだろう。
『雪絵ちゃんは母親を早くに亡くしちまってんのに……父親まで俺が奪っちまったな。ホントすまねぇ』
母の死から数年後。今度は葛西了道を庇って、父親が呆気なく死んでしまった。
母の時と違ったのは、雪絵が親の死というものをある程度は理解できる年齢――十歳になっていたことだ。
『了道おじちゃん、そんな顔しないで? お父さんはおじちゃんを守れて誇らしかったと思うよ?』
それが父のいる世界なのだと幼心に何となく理解していた雪絵である。雪絵は、年の割にどこか冷めたところがあると自分でも思っていた。
きっと、母を早くに亡くし、たった一人自分に残された父親も、仕事柄雪絵に掛かりっきりというわけにはいかなかったからだろう。
ちょいちょい雪絵の世話を自分の配下の人間へ任せていた。入れ代わり立ち代わり自分のそばへ立つ大人が変わる感覚。友人たちにはいない守り人のような存在がいること。全てが自分は〝みんなとは違う〟と認識させられるには十分だった。
父を失った日から、罪滅ぼしのつもりだったんだろう。雪絵は〝了道のおじちゃん〟に引き取られて、この屋敷で育てられた。とはいえ、了道の右腕だった父親・葛城譲の忘れ形見として了道に庇護されている形だったから、彼の養女になったわけではない。
雪絵は〝葛城雪絵〟として、了道に何不自由ない暮らしをさせてもらったのだ。
了道の子という扱いではないのに、世話係として雪絵より十歳年上の三井隆司という男がつけられたのは、その最たるものだろう。
***
「雪絵さん、そんなに緊張なさらなくても大丈夫です」
三井との付き合いも今年で丸十年になる。いま雪絵が二十歳だから三井は三十路に足を掛けたばかりだ。長いこと雪絵についてきてくれた男だけあって、表に出しているつもりなんてなくても、雪絵の落ち着かない心待ちなんて筒抜けだった。
そうこうしていたら襖が開いて、葛西了道とともに、一人の男が入ってくる。
見たことのないその男は、背広に身を包んだ長身の美丈夫だった。眼鏡越しの眼差しは静かに鋭く、雪絵がいつも見慣れている極道者の荒々しさよりも、銀行員か役人のような理知的な気配を纏っていた。
「千崎雄二と申します。――今日からお世話になります」
深々と頭を下げた男の声は落ち着き払っていて、広間の空気を一瞬で変えた。
雪絵は思わず息を飲む。これまで極道の男たちの武骨さしか知らなかった自分にとって、そのエリート然とした佇まいはあまりに異質で、目を逸らせなかった。
(――ダメ。この人は惹かれちゃいけない人だ……)
そう思った時点で、もう彼に落ちてしまっていたのかも知れない。
雪絵が千崎から意図的に視線を伏せたと同時、隣室からパタパタと軽快な足音が聞こえてくる。
「お姉ちゃん!」
なんの躊躇いもなく襖をガラリと押し開けた葛西了道の一人娘の葛西琴音が、場の空気なんてお構いなし。一直線に雪絵目掛けて駆け寄ってくると、ギューッと抱きついた。
「ちょっ、お嬢! 今ここは――」
そのあとを慌てた様子で追い掛けてきた男は、琴音の世話係の相良京介だ。
雪絵とは八つ年の離れた琴音に、やや振り回され気味。まだまだ世話係としては半人前といったところか。
思えば三井も、昔はあんな感じで自分に振り回されていたなとぼんやり思う。琴音ほどアグレッシブではなかったにせよ、十も年の離れた女の子の相手は、きっと二十歳やそこらの――それも我が子をもったことすらない三井には戸惑いの連続だったに違いない。
確か相良は雪絵より二つ年下だったはずだから、今十八歳か。
腰元に十二歳の少女の温もりを感じながら、雪絵の顔が自然にほころんでいた。
何故なら――。
「お嬢そろそろ――」
どこか落ち着かない様子で自分たちのすぐ傍までにじり寄ってきた相良が、了道や三井、それから千崎の視線を気にしながらも、琴音をこの場から引き離そうと頑張っている様はなかなかに見ものだったからだ。
「イヤ! 今日は新しい人が入ってくるんでしょう? 私だけ仲間外れなんてごめんだわ!」
琴音が雪絵にしがみついたままぷぅっと頬を膨らませるのを見て、
「すみません」
申し訳なさげに頭を下げた相良のその眼差しは、だが若さの中にも鋭さを潜ませていて、やはり千崎という男の雰囲気とは違うなと思ってしまった。
「相良よ、琴音を外したのが俺の間違いだった。そのままここにいろや」
あえて、だろう。黙ってこちらのやり取りを愛し気に見詰めていた了道が、ふっと表情を和らげて相良に告げる。
雪絵は自分も可愛がってもらっているけれど、葛西了道が琴音を溺愛していることを知っていたから、琴音が飛び込んできた時点でこうなるであろうことは予測できていた。
それよりも分からないのは、琴音は外されていたこの場に、自分が最初から居合わせられていたことだ。
(……これはただの顔合わせじゃない?)
きっと了道の思惑のもとに、自分はここへ座らされている。
なんとなく了道の目論見が分かった気がして、雪絵はグッと奥歯を噛みしめた。
(了道おじちゃんには悪いけど、私、絶対に彼には惹かれたりしない……)
それでもそう思えば思うほど、雪絵は千崎雄二から視線を外すことが出来なくて戸惑う。
そんな雪絵の横顔を、すぐそばに控えた三井隆司が、気遣わし気な眼差しで見詰めていた。