「えー、皆様、本日は弊社50周年記念式典に多数ご来場いただき、心より御礼を申し上げます──」
騒ついていた会場が徐々に静まり、本日の主催者である滝川株式会社の社長からの挨拶に皆注目する。
今日のレセプションパーティーはベイエリアの有名外資系ホテルで行われていて、私が想像していたよりもかなり大きく、様々な業界や企業の関係者や重役が大勢来ている。
桐生社長はそんな中堂々としていてとても余裕がある。それに比べ、私はこの様な格式高いパーティーで自分が失敗しないかと、身なりを何度もチェックしてしまう。なんといっても私は彼の秘書。会社を代表しているわけで、どう間違っても彼に迷惑をかけるようなことはしたくない。
落ち着きなく周りを盗み見していると、社長にいきなり顎を掴まれた。
「どこ見てるんだ?そんなにあちこち見ても、俺よりいい男はここにはいないぞ」
社長は冗談のつもりで言っているんだろうが、彼が言うとあまり冗談に聞こえない。ただ彼のおかげで少し緊張が取れたような気がした。
「社長って自信過剰なんですね」
くすくす笑うと彼は少しだけ顔を赤くした。
「まあ男なんて皆大なり小なり自信過剰なんだ」
滝川社長からの挨拶に続き、壇上に招かれた人がお祝いのメッセージを読んでいるのに耳を傾ける。すると後方から、突き刺さるような視線を感じ何故かゾッと寒気がした。思わず振り向こうとすると、社長がいきなり私の顔に手を当てその動きを止めた。
「周りを気にするな。俺だけ見てろ」
「……はい……」
先ほどからなぜ私が周りを見るのを嫌がっているのかよく分からず、疑問符を浮かべて彼を見上げた。
「いい子だ」
社長は頷くと再び壇上に注意を向けた。
その後フリータイムになり、人混みの中挨拶や雑談をしながら社長と一緒に歩く。多くの人が社長に挨拶をしに来て、彼がいかに多くの繋がりを持っていて、皆が彼を桐生グループの子息として認識しているかを改めて思い知る。
「桐生社長、最近調子はどうですか?」
社長は葉月社長と握手を交わした。
葉月社長は新しい技術に力を入れている電子機器メーカーの社長で、Webサイトやマーケティング用の動画などのコンテンツを作成する為一緒に仕事をしたことがある。
「葉月社長、今度の国際イノベーションエキスポに御社も参加されると聞きました。おめでとうございます」
「ありがとうございます。地道にやってきた努力がやっと報われたような気がします」
葉月社長は顔を赤らめて嬉しそうにした。
葉月社長は50歳くらいの人で、白髪混じりの頭を撫でながら社長と話している。とても感じのいい人で、ちょっと田舎っぽい素朴な感じの人だが、彼が最近力を入れている3Dプリンターの技術は私にはよく理解が出来ないがとても画期的なものだと聞いている。
2人がしばらくお互いの会社の状況やこれからの展望などを話していると、二人の男がこちらにやってくるのが見えた。それが誰なのかを見た途端、青ざめて息が乱れ過呼吸に陥りそうになった。
──どうして…またここに黒木部長がいるの?それに一条専務も……。
先ほど司会者が話している時に感じた視線は、黒木部長に違いない。社長が先ほどからやたら私に周りを見るなと言ったのは、恐らく彼らがここにいるのを知っていたからだろう。
一条専務は元々やり手のビジネスマンで、高嶺コーポレーションがここまで安定した成長を遂げているのは彼のお陰だと聞いている。その為、彼は会社では絶大な力を持っていて、ある意味社長以上と言っても過言ではない。
一条専務には入社して間もない頃、会社の社内イベントで目を付けられたことがある。
彼は私を一目見て気に入り、それを見た上司が専務の世話をして来いと、そのイベント中ずっとホステスのように世話をさせられた事がある。その後お礼に一緒に夕食をしないかと誘われたが、全力で拒否した私は愛想が悪いだの散々嫌がらせを受ける羽目になった。
一条専務はなぜかいつも黒木部長を贔屓にしていて、私が働いていた時もよく二人でいるのを見かけたことがある。その為、黒木部長は社内でも大きな権力を必要以上に持っていて、誰も彼に逆らうことが出来なかったのを覚えている。
息が乱れ徐々に体が硬直し軽い目眩を感じた時、社長の力強い腕が私を支えた。顔をあげると彼の真剣な瞳とぶつかった。
「大丈夫だ。俺を信じろ」
彼はそう囁くと、背中に回した手で私の手を後ろ手に握りしめた。彼の手は温かく、ぎゅっと力強く握られ、乱れていた心が次第に落ち着きを取り戻す。
「葉月社長、いつもお世話になります。桐生社長、お久しぶりです」
一条専務は葉月社長と桐生社長と握手を交わし、続いて黒木部長も二人と握手をした。黒木部長は私の姿を舐める様に見ていて、思わず社長の手を握りしめた。