太陽の表面温度と同じ熱線に曝されたあの日、僕は自宅の店の大階段に座って、廃墟で見つけたクラシックギターを弾いていた。州都のタリスカーは、敵の空爆を受けて壊滅したけど、そこから30キロ離れたこの土地・ボウモアは戦火を免れていた。
原子力発電所のお陰だと、偉い役人は言っていたけど、僕にはどうだっていいことだ。
生きていく為に、パンを買わなくちゃいけないから、夜から朝まで働いている。
ギターを弾いていると立ち止まる人が居て、交渉を終えたらバーやモーテルへと向かう。
たくさんの避難民と、他国からの義勇兵で膨れ上がった街で、僕は薄化粧をし、男たちに身体を売っている。
まだ声変わりもしていないし、14年しか生きていないけど、醜態をさらけ出す大人は嫌いだし、出来るなら僕は早く消えてしまいたい。
身しらぬ誰かに抱かれた朝は、必ず教会へ行って心の底から懺悔する。
汚らわしき肉体と、血に堕ちた精神の行き場を求めているのだと思う。
ーそう思うことにしている。
父はアイラ戦線で死んだ。
気丈に振る舞っていた母も、妹のメイも、勤め先の病院が爆撃されて、跡形もなく死んだ。
メイは身体が弱くて、母の病院に入院していたのだ。
昔の人はよく言ったもので、
「戦争世代が居なくなったら、この世界はまた同じことを繰り返す。だから、語り部が必要なんだよ」
しかし、継承者は現れず、時間だけが過ぎた。
世界を巻き込んだ大戦は、終末世界戦争って呼ばれている。
こんな世の中、早くなくなって仕舞えば良いのに…
ノエヴ社会主義共和国連邦からの独立戦争で、僕らは何を得て何を失ったのだろう?
生きるのに精一杯の国民と、ひと握りのお金持ち、そして強欲な政治家。
人間はただのチェスのコマなんだと、父と母は笑いながら言っていた。
言葉の響きは嫌いだけど、ふたりの声はもう一度聞きたい。
大好きだった人たちを殺したのは誰?
そんな生きる理由を考えながら、男たちに抱かれる僕の姿を、いったい誰が許すのだろう。
僕は今夜も、客を求めてギターを弾いている。
「バランタインに捧げる踊り子の涙」
は、男娼が時間と身体を捧る覚悟の曲で、上手く演奏出来れば出来るほど、夜のテクニックがあるとされる。
僕はギター教室に通っていたから、それなりの技術はあるけど、男たちを満足させる方法は知らない。
友達や相談相手もいない。
ひとりぼっちの淋しさの穴埋めを、見知らぬ男たちの体温で補っている。
僕なりの、正当化された答えだ。
8月31日。
雲ひとつない夜空に、天の川銀河の星々が散りばめられていた。
人工衛星の灯りは点滅しながら、不自然な軌道を天空に描いていく。
僕は、時折なびく、草木の息吹きを運ぶ風を味わいながら、大階段に大の字に寝そべった。
店の屋根に施された彫刻は、天使たちが花や蝶々と戯れている。
店内の壁には、妖怪や怪獣たちが描かれていて、父と母はお客さんを集めては、朗読劇や紙芝居を披露していた。
僕と妹は、そんな空間が大好きだった。
戦時下にあるのに、街は平穏を保とうとしているけど、防空警報は頻繁に鳴り響く。
無人偵察機のせいで、四六時中発令される避難命令も、日常のありふれた景色となってしまった。
しばらく夜空を眺めながら、あれやこれやと想いを巡らしていると、犬の鳴き声がした。
僕は起き上がり、柱の陰から覗き込むチャウチャウを招いた。
尻尾をぶんぶん振りながら、無警戒に擦り寄るその犬は、ターコライズブルーとサマーピンクの瞳で、僕をじっと見つめている。
ふかふかの身体に触れると、嬉しそうに短い鳴き声をあげた。
「キミも、ひとりぼっちなの?」
防空警報の響く中、僕は語りかけた。
「どこから来たの?」
答えなんか求めてはいない、ただ聞いて欲しかった。
チャウチャウは、目をしばしばさせながら、僕の頬や顎を舐めている。
くすぐったいけど、嬉しかった。
嫌われてはいないんだと思った。
「キミと僕は友達だよ。だけど、僕の身体やこころは汚れているんだ、それでもキミは平気なの?僕を許してくれるの?名前はさ…名前は…」
僕は泣いた。
理由はわからない。
涙が止まらなかった。
「メイちゃんなんかどうかな?」
僕は、これからもずっと、ひとりぼっちで生きなきゃいけない未来に嫌気がさしていた。
そんな中で出逢えた友達、メイちゃんは、正直者の目で僕を見つめている。
愛されている。
愛されているんだ…
僕はメイちゃんを抱き上げて、久しぶりに笑った。
重たさでひっくり返りそうになった。
その時、夜空に閃光が見えた。
「僕は今、すこしだけ幸せかも知れない、生きなきゃ、この子の為にも…」
そう思えた瞬間、ボウモアの街に新型核爆弾が落ちた。
僕とメイちゃんの身体は、あっという間に蒸発した。
焼け残った大階段の柱には、僕らの痕跡が残されている。
「犬を抱き上げる少年の影」
として。
あの夏の終わりの、幸せを感じた想いを。
僕は誰かに伝えなくちゃいけない…







