テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

真夜中のギター

一覧ページ

「真夜中のギター」のメインビジュアル

真夜中のギター

1 - 第1話 真夜中のギター

♥

7

2025年11月14日

シェアするシェアする
報告する

太陽の表面温度と同じ熱線に曝されたあの日、僕は自宅の店の大階段に座って、廃墟で見つけたクラシックギターを弾いていた。州都のタリスカーは、敵の空爆を受けて壊滅したけど、そこから30キロ離れたこの土地・ボウモアは戦火を免れていた。

原子力発電所のお陰だと、偉い役人は言っていたけど、僕にはどうだっていいことだ。

生きていく為に、パンを買わなくちゃいけないから、夜から朝まで働いている。

ギターを弾いていると立ち止まる人が居て、交渉を終えたらバーやモーテルへと向かう。

たくさんの避難民と、他国からの義勇兵で膨れ上がった街で、僕は薄化粧をし、男たちに身体を売っている。

まだ声変わりもしていないし、14年しか生きていないけど、醜態をさらけ出す大人は嫌いだし、出来るなら僕は早く消えてしまいたい。

身しらぬ誰かに抱かれた朝は、必ず教会へ行って心の底から懺悔する。

汚らわしき肉体と、血に堕ちた精神の行き場を求めているのだと思う。

ーそう思うことにしている。


父はアイラ戦線で死んだ。

気丈に振る舞っていた母も、妹のメイも、勤め先の病院が爆撃されて、跡形もなく死んだ。

メイは身体が弱くて、母の病院に入院していたのだ。

昔の人はよく言ったもので、

「戦争世代が居なくなったら、この世界はまた同じことを繰り返す。だから、語り部が必要なんだよ」

しかし、継承者は現れず、時間だけが過ぎた。

世界を巻き込んだ大戦は、終末世界戦争って呼ばれている。

こんな世の中、早くなくなって仕舞えば良いのに…


ノエヴ社会主義共和国連邦からの独立戦争で、僕らは何を得て何を失ったのだろう?

生きるのに精一杯の国民と、ひと握りのお金持ち、そして強欲な政治家。

人間はただのチェスのコマなんだと、父と母は笑いながら言っていた。

言葉の響きは嫌いだけど、ふたりの声はもう一度聞きたい。


大好きだった人たちを殺したのは誰?


そんな生きる理由を考えながら、男たちに抱かれる僕の姿を、いったい誰が許すのだろう。

僕は今夜も、客を求めてギターを弾いている。

「バランタインに捧げる踊り子の涙」

は、男娼が時間と身体を捧る覚悟の曲で、上手く演奏出来れば出来るほど、夜のテクニックがあるとされる。

僕はギター教室に通っていたから、それなりの技術はあるけど、男たちを満足させる方法は知らない。

友達や相談相手もいない。

ひとりぼっちの淋しさの穴埋めを、見知らぬ男たちの体温で補っている。

僕なりの、正当化された答えだ。


8月31日。

雲ひとつない夜空に、天の川銀河の星々が散りばめられていた。

人工衛星の灯りは点滅しながら、不自然な軌道を天空に描いていく。

僕は、時折なびく、草木の息吹きを運ぶ風を味わいながら、大階段に大の字に寝そべった。

店の屋根に施された彫刻は、天使たちが花や蝶々と戯れている。

店内の壁には、妖怪や怪獣たちが描かれていて、父と母はお客さんを集めては、朗読劇や紙芝居を披露していた。

僕と妹は、そんな空間が大好きだった。


戦時下にあるのに、街は平穏を保とうとしているけど、防空警報は頻繁に鳴り響く。

無人偵察機のせいで、四六時中発令される避難命令も、日常のありふれた景色となってしまった。

しばらく夜空を眺めながら、あれやこれやと想いを巡らしていると、犬の鳴き声がした。

僕は起き上がり、柱の陰から覗き込むチャウチャウを招いた。

尻尾をぶんぶん振りながら、無警戒に擦り寄るその犬は、ターコライズブルーとサマーピンクの瞳で、僕をじっと見つめている。

ふかふかの身体に触れると、嬉しそうに短い鳴き声をあげた。

「キミも、ひとりぼっちなの?」

防空警報の響く中、僕は語りかけた。

「どこから来たの?」

答えなんか求めてはいない、ただ聞いて欲しかった。

チャウチャウは、目をしばしばさせながら、僕の頬や顎を舐めている。

くすぐったいけど、嬉しかった。

嫌われてはいないんだと思った。

「キミと僕は友達だよ。だけど、僕の身体やこころは汚れているんだ、それでもキミは平気なの?僕を許してくれるの?名前はさ…名前は…」

僕は泣いた。

理由はわからない。

涙が止まらなかった。

「メイちゃんなんかどうかな?」

僕は、これからもずっと、ひとりぼっちで生きなきゃいけない未来に嫌気がさしていた。

そんな中で出逢えた友達、メイちゃんは、正直者の目で僕を見つめている。

愛されている。

愛されているんだ…

僕はメイちゃんを抱き上げて、久しぶりに笑った。

重たさでひっくり返りそうになった。

その時、夜空に閃光が見えた。

「僕は今、すこしだけ幸せかも知れない、生きなきゃ、この子の為にも…」

そう思えた瞬間、ボウモアの街に新型核爆弾が落ちた。

僕とメイちゃんの身体は、あっという間に蒸発した。

焼け残った大階段の柱には、僕らの痕跡が残されている。


「犬を抱き上げる少年の影」


として。


あの夏の終わりの、幸せを感じた想いを。

僕は誰かに伝えなくちゃいけない…

この作品はいかがでしたか?

7

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚