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「リアム……」
低く響くその声が空気を切り裂き、背筋に冷たいものが走る。振り返った俺の視線の先に立っていたのは、キースだった。
だが、その目はいつもの優しさを失い、赤黒く燃え盛るような狂気が宿っている。
「兄様……どうしてここに?」
問いかける俺の声は自然と震えていた。キースは答えず、ただじっと俺を見つめ、次にレジナルドに視線を向ける。その目には、憎悪とも取れる鋭い感情が浮かんでいた。
「リアム。僕がいると……何かまずいことでもあるのかい?」
「兄様、違っ──」
俺を呼ぶ声も責めるような声だった。話を聞く気もないのか、キースの足元から闇の波動が広がり始めた。室内の空気が変わる。まるで周囲のすべてが彼の怒りに共鳴し、歪んでいくかのようだ。
「リアム、僕がどれだけ君を大切に思っているか、君は分かっているはずだ。それなのに、どうして僕以外の誰かとこんな場所で会っている?」
彼の声は低く、それでいて鋭く、胸を抉る。その瞬間、疚しいことなど一つもない。ただ、こうして何も言わずに来たことへの後悔はある。床が微かに揺れ始めた。蝋燭の灯りが次々と吹き消され、窓枠がガタガタと音を立てる。
「キース、落ち着いてくれ!」
レジナルドが俺の前に立ち、キース兄様を静止しようと声を張り上げた。
「リアムはお前のものではない!彼には彼の自由がある!」
その言葉が引き金となったのか、キース兄様の闇の波動が一気に強まり、部屋全体を覆い尽くした。満月の光すら霞むほどの黒い霧が広がり、俺たちを飲み込もうとする。
「僕のものではない……?何を言っている、リアムは僕のすべてだ!」
キースが叫び、宙に右手を振り上げたその瞬間──黒い稲妻が走り、レジナルドがそれを受けて吹き飛ばされた。
「先輩!」
俺は叫び、倒れたレジナルドに駆け寄ろうとするが、キースの力によって足が止まる。空気が重い。まるで体そのものが拘束されているかのようだ。
「兄様……!」
ゴオオ、と風が鳴る。
金で縁取られた豪奢な窓枠がガタガタと揺れて、白いレースのカーテンが、まるで凱旋の御旗のようにたなびいていた。
室内に吹き荒れる風で蝋燭の火は消え、満月の光だけが照らしている。
本来であれば王城の一角であるこの部屋に、これだけの音が響けば兵たちが駆けつけて来るはずだが、その様子もない。
見遣ったレジナルドの肩が少し揺れていることから、死んではいないようで、そのことに少しほっとした。
そうして、俺の前に立つのはただ一人──彼だけだ。
現状、意識があるのは俺と彼だけ。
……恐らくは、俺の前にいるこの人がどうにかしたんだろうとは予想がついた。
「なぜ、あなたが……」
見上げた先の人への恐怖はない。俺にあるのはただ困惑だけだ。
どうして、あなたが、ここに……この王城にこんな風に登場するのか。
こんなシナリオはなかったはずだ。
俺の問いに、俺へと手を差し伸べつつ壮絶に美しい笑顔を浮かべて答えた。
「迎えに来たよ」
ああ、そうだ。この人は、キースは……この物語『ノエル』での攻略対象者であり、トゥルーエンドに続くキーパーソンであり、魔王と呼ばれる存在であったことを、俺は漸くこの時になって思い出した。