テラーノベル
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もうね、やっぱね、黙ってらんなかったね、うちの魔王は。
大前提として💙×💛です、が! 魔王が! つよい!!
魔王降臨。
今頃退院してるかなと、時計に視線をやって考える。ソロ活動での仕事が外せず付き添えなかったが、家主の一人である涼ちゃんとマネージャーがいれば充分だろうと無意味な心配を止める。
昨日は若井の両親と会って現状を説明し、本人とも面会をしてもらったけれど幼い頃の記憶がないわけではないから多少ぎこちないながらも会話はできていた。
無理のない程度に仕事も徐々に復帰させるし、記憶を戻すために今まで通りの生活をさせるつもりだと告げると、若井の両親は滉斗のためにもそれがいいと背中を押してくれた。迷惑をかけるけどよろしくねと頭を下げられたときは、さしもの俺も、多忙のあまり実家に戻る機会を作ってあげられなくて申し訳なくなったものだ。
それでも、手放してやれない。本当は実家とか安心できる場所で安静にすべきなのかもしれないけれど、若井と涼ちゃんなくしてMrs.は成立しないから、どうしても俺の傍に置いておきたかった。
涼ちゃんとの関係を知っている若井の両親は、最後には涼ちゃんの心配をしていた。やさしくて人好きのする涼ちゃんは若井の両親にも気に入られていて、二人の関係も公認済みだ。だからこそ心配しているのだろう、出会った当初の二人の様子も知っているから。あの子は大丈夫なのか、と。
少しだけ答えに窮したが、涼ちゃんのためにも一緒に住んだほうがいいかなって思って、と取ってつけたように言っておいた。元貴が決めたならと言ってくれたことに少しだけ良心が痛んだ。
この荒療治がうまく運ぶといい。Mrs.のためにも二人のためにも――俺のためにも。
涼ちゃんが恐怖と不安を必死に飲み込んで真実を告げたあの時、小馬鹿にしたような若井の表情と吐き捨てられた涼ちゃん自身を否定する言葉に、若井に衝撃を与えず涼ちゃんを傷つけずに済む良い考えを思いつくことのできなかった俺の頭に一瞬で血が上った。涼ちゃんの息を呑む音で、彼が今どんな顔をしているかなんて見なくても分かった。
世界で一番大切にしなければならない存在を、他でもないお前が傷つけてんじゃねぇよ……!
本当はあのとき、そう叫びたかった。
若井に否定される、拒絶されると分かっていながら真実を伝えた涼ちゃんの強さとやさしさに、記憶のない若井に応えろなんて言うつもりはない。ただ、いくら記憶がないといっても、たとえ当時の若井が涼ちゃんを苦手としていたとしても、言っていいことと悪いことはあるだろう。
現在の若井と涼ちゃんの関係を否定するようなことを言うにしたって、吐き出す言葉は選べたはずだ。ただただ涼ちゃんを傷つけるためだけに選び抜かれた言葉は、俺にとっては聞くに耐えないものだった。
涼ちゃんに止められなかったら、震える声で懇願されなかったら、一発くらい殴っていたかもしれない。
俺を睨みつけた若井に、お前が要らないなら俺がもらうから――そう言おうとしたらマネージャーが戻ってきた。抜群に最悪で格別に最高のタイミングだった。
今思い出しても笑いそうになる。あと数秒遅かったらそう吐き出していた自信があった。そして若井はなにも考えずに俺に許可を出しただろう。最低な言葉で、涼ちゃんを俺にくれただろう。
その翌日にギターを持ち込んだときだって、涼ちゃんがいなければ、あんな風になにもなかったフリなんてするつもりもなかった。涼ちゃんがいるから俺は俺でいられるのだ。
自嘲気味に笑って再び軽く頭を振って切り替える。若井からも涼ちゃんからも連絡はない。マネージャーから家に送り届けたという連絡は入っていたから、連絡がないということはひとまず二人の間で問題は起きていないのだろう。強硬手段が功を奏するといい。これもちゃんとした本音だ。
ソロ活動の打ち合わせや雑誌のインタビューなどをこなし、翌日のスケジュールを確認して家へと送ってもらった。明日からはしばらく涼ちゃんと二人で動くことになりそうだな、と思いながらエレベータを降りると、俺の家の扉の前で小さくうずくまる人影を見つけた。
え、だれ? こわ……。
すぐには近付かず、じっと目を凝らす。色落ちして春の水面のような髪色と、項垂れているからだけではないなで肩に、もしかして、と瞠目して駆け寄る。
「涼ちゃん!?」
俺の声にのろのろと顔を上げた人影は、泣き腫らした目で俺を見つめ、もとき、と消えそうな声を上げた。
「なにしてんの!?」
地面に膝をついて涼ちゃんを覗き込む。俺の顔を見てぐしゃりと顔を歪めた涼ちゃんの目からぽろぽろと涙がこぼれた。
とにかく家に入ろうと促すと、はだけた胸元が目に入って固まる。涼ちゃんのことだからどこかに引っ掛けた可能性もあるけれど、それならこんな顔してここでうずくまっている説明がつかない。
「何があったの!?」
「……っ、ぅ、わか……い、……ッ」
しゃくりあげながら出てきた名前に、ひとまず本当に最悪ではなかったことに安堵する。見ず知らずの他人に暴行されたわけじゃないようだ。だからと言って聞き捨てならない名前に奥歯を噛み締める。
「……話は中で聞く」
「……ぅ、ん……」
頷いた涼ちゃんを立ち上がらせて、抱き寄せながら玄関の鍵を開けた。そこでふと、
「中入っててよかったのに」
涼ちゃんにはこの部屋の合鍵を渡していたことを思い出す。何のための合鍵だと思ってるの、エントランスだけくぐって扉の前で待つって何の意味もないじゃん、と言葉にせずに視線を向けると、泣き腫らした目を困ったように伏せた。
涼ちゃんのことだ、いざ開けようとして俺がいないのに勝手に入るのが憚られて、さらに言えば家に置いてきたのだろう若井のことも気になって扉の前を選んだのだろう。俺の帰宅がもう少し遅かったらなにもなかったように家に戻って、明日俺に会ったときもなにも悟らせないように接したに違いない。
間に合ってよかった、涼ちゃんに飲み込ませなくてよかった。
リビングのソファに座らせて、濡らしたタオルを涼ちゃんに渡す。ありがと、と受け取って目に当てるのを見届けてから荷物を部屋に置きにいった。冷蔵庫から水を持ってソファに戻り、涼ちゃんの横にぴったりとくっついて座った。
改めて涼ちゃんの姿をそれとなく確認すると、ボタンがいくつか引きちぎられたような形跡はあるが、それ以外は特に外傷もなさそうだ。いくばくか安心するも、これから明かされる内容を予測するだけではらわたが煮え繰り返りそうだった。
それでも、確かめなければならない。この事態を招いた要因となった俺の選択の責任を果たすために。
「……なにがあったの?」
タオルに顔を埋めたまま、涼ちゃんが嗚咽を堪えた呼吸を繰り返す。辛抱強く待っていると、顔をあげた涼ちゃんが、へにゃりと笑った。ほわほわの俺が大好きな笑顔ではなくて、苦しくて辛くてたまらないのに、どうしようもないから笑うしかない、ってときに見せる、諦めの笑顔だった。
「若井がね、俺の作ったご飯見て、またきのこ? って言ったんだよね」
「えっ?」
びっくりする俺に涼ちゃんも笑う。苦痛は消えていないけれど、どこか安心したように。だけどそれ以上に寂しさを滲ませて。
「俺もびっくりしたし若井もびっくりしてた。思い出したわけじゃなさそうだったし」
思わず口をついて出たのか。今の若井が覚えていなくても、心が、本能が、涼ちゃんを“知っている”んだ。俺を止めるために涼ちゃんが抱き締めたときに眉を寄せたのも、息苦しさだけじゃなくて本能が拒絶したのか。
「……ねぇ元貴、やっぱり一緒に住まなきゃだめかな? 若井にとってすごくストレスだろうし、俺も気まずいよ」
本当のことを話す気がないらしい涼ちゃんの言葉に目を細める。そのシャツのボタンの説明はしてくれないんだね。泣きじゃくりながら俺のところに来た理由を話す気はないんだね?
涼ちゃんの言葉に考える素振りを見せて、小さく息を吐く。若井にとってストレスなのは分かっていたし、涼ちゃんが気まずいだろうことも分かっていた。それでも記憶を戻す手立てが思いつかない中で、縋るようにしてとった選択だ。
――だってそうしなければ、俺の中にしまい込んだ感情があふれてしまいそうになるから。
「……まだ1日目じゃん」
「そうだけど……」
お願いだから俺に隙を見せないでよ。俺に漬け込む余地を与えないでよ。
俺の胸中など知らない涼ちゃんは視線を逸らし、自嘲するように笑った。
「俺のせいだと思うんだよね」
「なにが? 記憶がなくなったのは涼ちゃんのせいじゃないじゃん」
不測の事態に過ぎないこれを、涼ちゃんが背負う必要はない。
そうじゃなくて、と首を振る。
「俺が、若井を探しちゃう、から。違うって、わかってるのに……っ、俺が……滉斗を、求めちゃう、から……ッ!」
再びぼろぼろと泣きながら、それでも笑顔を作る涼ちゃんの悲痛に満ちた言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けた。
どれだけの想いを涼ちゃんが飲み込んできたのか、俺は分かっていなかった。
自分を見る冷たい目を受け止めて、自分を厭う態度を受け入れて、自分を拒絶する最愛の人と過ごすことを強制されて、涼ちゃんが傷つかないわけなんてないのに。
手を伸ばせばいい、と囁く声がする。
傷ついた彼を甘やかして蕩かせて、自分のものにしてしまえと唆す俺がいる。
その声を振り払うように頭を振って涼ちゃんを抱き締めると、震える指で縋るように俺の服の袖を握りしめた。
「……1ヶ月」
「……?」
「1ヶ月だけ、頑張ってくれない?」
すぐにでも俺の家に住めばいいと言いたかった。傷ついて苦しんでいる涼ちゃんに、これ以上酷な真似をしたくはなかった。
ごめんね涼ちゃん。わがままな俺を許して。そして少しだけ、若井のことを待ってやってよ。俺は若井も大切で、涼ちゃんのことも大切で、二人のことを愛しているからさ。
「1ヶ月経っても若井の記憶が戻らなかったら涼ちゃんの言う通りにする」
少しだけ、猶予をあげてよ。若井にも、自分自身にも。
すぐに結論を出したくなるくらい傷ついているのは分かっていて、酷いことを強いる俺を許して。
顔を上げた涼ちゃんが涙に濡れる目で俺をじっと見て、ややあってから小さく頷いた。きっと俺の気持ちを考えてくれたんだよね。俺の決定を尊重してくれたんだよね。
涼ちゃんの頭を撫でながら、ありがと、と囁くと、くすぐったかったのか身をよじった。反応が可愛いんだよね。
「今日は泊まっていきな」
「いいの?」
「いいよ。服、あるよね?」
「うん」
涼ちゃんに合鍵を渡しているのは、俺がどうしようもなく孤独を感じたときに助けてもらうためだ。何も言わずに、何も聞かずにただ傍にいてほしいときに家に来てもうときに使ってもらうためだ。そのときは泊まってもらうことが多いから涼ちゃんのお泊まりセットは常に置いてある。
この習慣は若井と涼ちゃんが付き合う前からのもので、付き合い始めた後も定期的にあった。気にならなかったわけじゃないだろうが、何も言わずに涼ちゃんを寄越してくれた。そこには俺に対する信頼と、涼ちゃんが自分のものだという自信があったのだろう。
だからその信頼には応えてあげるから、その自信が揺るがないものだと証明してみせろよ。
「お風呂入る?」
「ん、もらおうかな」
「一緒に入る?」
「えぇ……だめ」
いや、じゃなくて、だめ、なところに若井への愛を感じる。いっておいでと微笑みかけ、涼ちゃんがお泊まりセットを取り出してバスルームに向かう背中を見送る。少しは元気になったかな。
ひとりになった部屋で深く息を吐く。涼ちゃんに無理をさせるのだから、俺の方でもできることをしなければならない。
まずは状況の確認、若井がしでかしたこと……虫唾が走るほど想像に難くはないことを確かめて、仕事に復帰するタイミング、それから、1ヶ月の期限を伝えようか。
そう、1ヶ月。1ヶ月だけ猶予をあげるよ。これはお前にとっても悪い話じゃないんだよ。不慮の事故だ、若井が悪いわけじゃないからそこには温情をかけるべきだよね。
お前が言った7月8日、それまでは待ってあげる。その日を超えた瞬間、涼ちゃんを俺のものにするから、嫌なら必死に戻ってこい。
お前の世界で一番大切な宝物、いつまでも眠ってないでさぁ、早く探しにこいよ、若井。
誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに(藤原興風)
続。
まだね、まだ待ってくれてるからね。
宝探しがんばろうね。
コメント
6件
やばい、叫んじゃいました。 魔王がどれだけ藤澤さんのことを大切にしてるかが伝わりました! 藤澤さん、やっぱり若井さんのこと諦めきれないですよね...めちゃくちゃ若井さんのこと好きだから。😆 若井さんの記憶が戻って...みたいなのも気になるけど戻らなくて...みたいなバージョンも見てみたいですね...😶
「俺がもらうから」に私からリアルダハァ出ました🤤笑 やっぱり魔王ですね!まだまだこれからですよね?轟く声は私の心の声ですかね?🤣 私のテンションがおかしいのでそろそろ黙ったほうがいいのかなと思うんですがついついコメントしてしまいました笑 💛ちゃんの涙にギュン😭てなりながらこの先の展開をついつい期待しちゃってます✨
魔王降臨、最高でした🥹 今すぐにでも💛ちゃんを!と魔王を後押ししたいです。笑 でも💙への愛情もあるところも素敵で✨ このお話の魔王が好きすぎて、活躍を願います🙏