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ホームに入ってきた電車に乗り込むと車内は帰宅ラッシュなのか、サラリーマンやOL、学生らしき人たちの姿がみえた。
たまたま扉の直ぐ近くが空いていたため、そこに立ち窓から外の景色を眺めた。
いつもだったら学園の生徒会室で業務をしている頃だろうか……それか家で机に向かっている時間帯だ。
まさか自分がこんな行動に出るとは昨日までは思ってもいなかった。
とても変な気分だった。
ここにいて電車に乗り、遊園地に向かっているのは確かに私なのに、ここにいて電車に乗っているのがどうしても私とは思えない。いつもと違うことをしているというだけで別人になったような気分だった。
なんてこんな変な事を考えているのは恐らく私だけなのだろう……
そう思うと少しだけ笑みがこぼれた。
帰ったら怒られるだけではすまないこともわかっているのに今だけは全てがどうでもいいような、そんな気持ちだった。
電車は定刻通りに目的地であるY駅に到着した。
この駅は片方の出口がほぼ遊園地と直結しているような造りになっているため、ここで降りる人はあまりいないみたいで、私を除くと各車両から1~2人だった。
それでも降りた人たちは遊園地出口とは逆方向の出口へと歩いていき、私だけが遊園地側へと向かった。
改札口を出ると遊園地のキャラクターらしき物の銅像やそれをモチーフにした噴水、色とりどりの三角旗など華やかな雰囲気になっていた。
日が暮れてきたため見ずらいところもあるが、それでも昼間であればここで写真撮影をしたりと一種のスポットになっているのかもしれない。
遊園地方面へと進んでいくと花で造られたアーチがありそれが入口へと繋がっているようだった。そのアーチを潜り抜けて入口へと向かう。
ゆっくり周りの風景を楽しみながら進んでいくと入口に着くまでに時間がかかってしまった。
入口は西洋風の造りでゲートができており、遠くにはこの遊園地のシンボル的なアトラクションであろうものが見える。
(着いた……けれど……)
やっぱりというか遊園地は閉園後で人もいなければ明かりも全て消えていた。
期待はしていなかった。閉園時間は知っていたし、今更という気持ちで来たからこうなる事もわかっていた。それでも寂しいと思ってしまうのは仕方ないことなのだろうか……
少しでもこの寂しい気持ちを無くそうと近くにあったベンチに腰掛けた。目を閉じて想像してみる……
アトラクションに乗っている姿、カフェで食事をしている姿、お土産コーナーでにらめっこをしている姿。
どれも想像できなさすぎて笑ってしまった。
きっと自分には不釣り合いの場所だったのだ。そう思えば今感じているこの気持ちも楽になるような気がした。
「帰ろう……」
ずっとここでこうしているわけにもいかずベンチから立ち上がり歩き出した。
「やっと来たのか」
歩き出した……足を止めて振り返るとそこに居たのは会長だった。
「ナ、ナニヤッテルンデスカ……?」
あまりの出来事に状況が飲み込めずカタコトになってしまった。そこにはオリエンテーションが終わって、とっくに帰っていたであろう会長が立っていた。
「えっ?本当に何やってるんですか?もしかして学園に戻るバスに置いていかれました?」
「お前は……そんなわけあるか。学園にはバスで戻ったし、オリエンテーションもちゃんと締めた。その後で別件があって戻ってきたんだ。何でもかんでも変な方向に持っていくな」
「はぁ……」
と言われても未だに頭がついていかないので気の抜けた返事しかできなかった。それにしても別件とはなんだろうか?
もしかして今回のオリエンテーションを行う上で何か起きたのだろうか……そうだとしたら運営業務を担っていた生徒会役員である私も無関係ではない。
「何かありましたか?学園側が何か粗相を……?」
「いや、学園は関係ない。用件は個人的なものだからな」
会長が言った言葉にホッとした。何か問題があったとしたらそれは学園の名前に泥を塗るところだったのだ。それは生徒会役員として避けなければいけない事態だ。
そうなると逆に気になるのは会長の個人的用件というところだった。
「そうですか……それでは私はこれで失礼しますね。また明日」
気にはなるが個人の事情に立ち入るつもりは無いので挨拶をして立ち去ろうとした。
けれど何故か会長は私の手を取り駅とは違う方向へ歩き出した。その感じが先程の駅での出来事を思い起こさせ、そういえばあの男の手は暖かかった、とか変なことを考えてしまった。それに比べれば今手を引いている会長の手はとても冷たかった。
「あの……どこに行くんですか?」
今日は似たようなことがよく起こる。こんな質問もしたような気がする。
「どこって中に決まってるだろう?お前は何の為にここに来たんだ」
「なか?何のなかですか?」
会長の足は何故か目の前に存在している遊園地の方へと進んでいるが気の所為だろうか?
「中は中だ。園内。」
予感は当たってしまったみたいだ。でも閉園している遊園地内にどうやって入るつもりなのだろうか?
「お前、忘れてないか?俺とここの支配人、佐伯鈴音(さえきすずね)さんが知り合いだってこと」
「いえ、それは覚えていますけど……それとこれとは関係ないのでは?」
「大いに関係ある。そのお陰で閉園後の園内に入ることができるんだからな。俺に感謝しろよ」
「そう思うなら感謝したいと思わせてください……」
どうしてこう……一言多いのか。最後のが無ければ素直に感謝できたのに。
それでも、そこが会長らしいんだろうな。
正直に言うと昨日の電話の内容に触れられると覚悟していた。けれど触れてほしくないことを察してくれたのか会長がその話題を出すことは一切なかった。
会長に連れられて園内に入ると、さっきまで消えていた明かりが一斉に点いた。
それはまるで魔法みたいで……なんて子どもっぽいことを考えてしまうくらいには言葉を失っていた。
「……きれい……」
「さすがに日が落ちたあとだし、アトラクションは安全面を考えて乗ることはできないけど園内を廻るのは好きにしていいとよ」
「いえ、いえ、充分です。この景色が見れただけで……来て、良かった……」
今まで生きてきた中でこんなに感動したのは初めてだった。私が知らなかっただけでこんなに素敵な景色があったんだ。
赤や緑、オレンジ、青、鮮やかな色たちがそれぞれの色を主張して、でも決して他の色より目立とうとかそんなことはない。
全ての色がお互いを引き立て合いながら素敵な景色を創り出している……
「志藤生徒会長。ありがとうございます……」
「……ああ」
私は会長が声をかけるまでずっとその光景を眺めていた。
「澪。そろそろいいか?」
「あっ……申し訳ございません。一人で楽しんでしまいました。会長は支配人とお知り合いなのでこれは飽きるくらい見ていますよね。お付き合い頂いてありがとうございます」
「……熱あるのか?お前が素直にお礼を言うなんて……」
「また辞書で殴られたいならそう言ってください」
「おっと!電話だ!ちょっと待ってろ!」
この人は……せっかくの気持ちが台無しだ。私が素直にお礼を言うことの何がいけないのか。
お礼ならいつも、いつも……いつも…………言ってないな。
まぁ、そんなに言っても軽くなってしまうし、私と会長はこのぐらいの距離感がちょうどいいんだろう。
まだ電話を続けている会長には聞こえないように改めて『ありがとうございます』と言ったのは秘密だ……