テラーノベル
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侍従が、赤い封蝋の押された封筒を差し出してきた。
私はすぐにその封を切る。
中の便箋に記されていたのは、几帳面で見慣れた文字だった。
『バイオレッタお嬢様。
ウィステリア伯爵領より、明朝から関所を封鎖するとの通告がございました。
名目は、疫病対策および領境警備の強化。
これにより、小麦、塩、薬草、燃料などの主要物資の流入が停止する恐れがあります。
領内ではすでに、一部の商人による買い占めと値上げの動きが見られます。
いかがいたしましょうか。――アイリス領 執事 フレッド』
「お姉さま……」
フローラが不安そうに、私の顔を覗き込んでくる。
「早いね。もう動くとはね……」
レオンが呟く。
アレクは拳を握りしめ、低く唸った。
「すぐに俺が兵を――」
「待って」
私は便箋を机の上に置いた。
相手の狙いは、アイリス領を混乱させること。
物流を止め、市場を混乱させ、領民の不安を煽り、領主である私への不満を高めることなのだろう。
「私、今すぐアイリス領に行くわ」
私はアレクへ視線を向けた。
「アレク」
「なんだ」
「謹慎中でも、親族か、それに準ずる身元保証人がいれば外出許可は下りるわよね?」
アレクは即答した。
「婚約者の俺が保証人になる」
「助かるわ。学院長への許可をお願い」
「すぐに取ってくる」
言うが早いか、アレクが動こうとしたので、私はすかさず彼を睨んだ。
「あなたは動かないで」
「……」
「怪我人が、どこへ走っていくつもりよ。部下にでも行かせなさい」
アレクは不満そうに眉を寄せたが、反論はしなかった。
「……分かった」
彼は扉の外に控えていたベルシュタイン家の騎士へ、短く指示を飛ばした。
「学院長に伝えろ。アイリス領への帰領許可を、俺の名で申請する」
「はっ!」
騎士が駆け出していく。
私は続いて、レオンへ視線を向けた。
「レオン。アイリス領の主要商会宛てに手紙をお願い。緊急で私が面会を求めている、とね」
「……分かったよ、任せて」
レオンはすぐに筆を取った。
私は最後に、フローラへ向き直る。
「フローラ。あなたに前もってお願いしておいた『備蓄の一覧表』を持ってきて」
「はいっ!」
毒事件のあと、私は彼女に頼んでいた。偽名を使い、いくつもの商会から少しずつ食料や医薬品を買い集めること。そしてそれらを仕分け、倉庫で保管すること。
私はフレッドの手紙を折りたたんだ。
「関所を閉じれば、私が慌てて頭を下げるとでも思ったのかしら」
レオンが筆を止め、驚いたように私を見る。
「君、まさか……」
「ええ」
私は、笑みを浮かべてみせた。
「アイリス領では――すでに領民一年分以上の食料品と医薬品を備蓄済みよ」
(いずれ王妃派と真正面からやり合うことになるだろうとは覚悟していたけど……最悪の事態に備えて、手を打っておいてよかったわ)
***
結局、アイリス領へは四人で行くことになった。
アレクは私の身元保証人だから仕方ないとして、レオンとフローラまで「私も行く」「僕も行く」と聞かなかったのだ。
案の定、四人で馬車に乗り込んだ瞬間から、爆発寸前の言い争いが始まった。
「今のアレクの怪我の状態じゃ、いざ敵に襲われたときにバイオレッタを守り切れないかもしれないじゃん? だから僕も護衛としてついていくよ!」
レオンが、にこやかな笑みでアレクを牽制する。
「右手が使えないなら、左手で剣を振ればいいだけだ。お前は邪魔だ。今すぐ降りろ」
アレクがレオンを睨みつける。
すると、私の腕に抱き着いていたフローラが、男二人を完全に『ゴミ』を見るような目で一瞥した。
「万が一、お姉様がお怪我やご病気をされたとき、この男どもでは絶対に役に立ちません。私がつきっきりでお世話して差し上げますね♡」
フローラは私を見上げると、天使の微笑みを浮かべた。
(笑顔は最高に可愛いんだけど……やってること、何気にめちゃくちゃキツいわね……!?)
私は頭を抱えた。
領地を襲う物流封鎖。王妃派たちに対抗するための次の一手。
考えなければならないことは山ほどある。
けれど――。
「お願いだから、馬車の中くらい静かにしてちょうだい……!」
私の切実な願いは、残念ながら誰にも届かなかった。
***
その頃、アイリス領では――。
関所封鎖の噂が広まり、市場は不穏なざわめきに包まれ始めていた。
コメント
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第59話、読み終えたわ!バイオレッタの先見の明が光る回だったね。“すでに一年分の備蓄済み”のくだりで思わず「やった!」って声が出たよ。毒事件の後から準備してたって伏線が回収される感じ、めっちゃ気持ちいいわ。あと馬車の中のアレク・レオン・フローラの三人の牽制合戦、シリアスな展開なのに思わずクスッときた。笑顔で毒を吐くフローラ、めっちゃ好き。次の一手がどう動くか、続きが気になる🔥