テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
次の日。
蒼が目を覚ましたとき、部屋は暗かった。
「……ん」
まだ夜かと思った。
時計を見る。
午前七時十二分。
おかしい。
カーテンを開ける。
外は真っ暗だった。
街灯の光だけが道路を照らしている。
まるで深夜二時みたいな景色。
蒼はしばらく窓の前で固まっていた。
後ろで、ソファから悠真の声がする。
「……今日、暗くね」
「いや普通に暗い」
悠真も起き上がって窓を見る。
二人とも黙った。
空には雲が広がっている。
でも、それだけじゃない。
“朝の感じ”がどこにもなかった。
鳥の声もない。
薄明るさもない。
夜が終わる気配そのものが消えていた。
昼になっても、暗いままだった。
午後三時。
外は相変わらず夜。
信号だけが律儀に色を変えている。
「停電とかじゃないよな」
悠真がベランダから空を見上げる。
「空そのものが暗いし」
蒼はスマホを確認する。
時間は正常に進んでいる。
ネットは相変わらず繋がらない。
ニュースもない。
誰も答えてくれない。
「……なんか」
悠真が呟く。
「本格的に世界終わってきた感ある」
蒼は苦笑した。
「今さら?」
「いや今までは“静かなだけ”だったじゃん」
確かにそうだった。
人はいなくても、世界はちゃんと朝になっていた。
夕焼けもあった。
季節も巡っていた。
でも今は違う。
世界そのものが、どこか壊れ始めている。
そんな感じがした。
その夜。
いや、“夜のままの時間”。
二人はショッピングモールへ向かった。
理由は単純だった。
「なんか怖いから、人がいた場所に行きたい」
と悠真が言ったからだ。
モールの自動ドアはまだ動く。
無音の店内。
BGMは止まっている。
広い空間に、二人の足音だけが響いた。
「夜のショッピングモールって怖いな」
悠真が小声で言う。
「ホラー映画みたい」
「ホラー要素ない世界でよかったな」
「それは本当にそう」
蒼は少し笑った。
でも心の奥は妙に落ち着かなかった。
外がずっと暗いだけで、世界はこんなに違って見える。
二人は大型家具店のベッド売り場に寝転がった。
天井の照明だけが白い。
「なあ」
悠真がぽつりと言う。
「もしもう朝来なかったらどうする?」
蒼はすぐには答えなかった。
「……別に」
「別に?」
「お前いるし」
悠真は少し黙る。
それから吹き出した。
「それ、俺の台詞だったのに」
「たまには使う」
「なんか悔しい」
蒼は小さく笑った。
でもそのあと、ふと真顔になる。
「でも本当に来ないのかな」
その声に、悠真も笑うのをやめた。
遠くのエスカレーターは止まっている。
店内の時計だけが、静かに秒針を進めていた。
数日経っても、朝は来なかった。
ずっと夜。
時間感覚が少しずつ狂っていく。
眠る時間も適当になる。
“今日”と“昨日”の境界が曖昧だった。
二人はマンションの壁にカレンダーを書き始めた。
忘れないために。
でも時々、どこまで数えたかわからなくなる。
ある日。
悠真はふとベランダで煙草を見つけた。
誰かが置いていったもの。
「吸う?」
冗談っぽく言う。
蒼は即答した。
「やめとけ」
「だよな」
悠真は箱を眺める。
「なんかさ」
「ん?」
「悪いことしても怒られない世界って変な感じ」
蒼は隣に立つ。
夜風が冷たい。
「でも怒られないと、やる気もなくなるな」
「それはわかる」
誰かがいるから、学校があった。
誰かがいるから、ルールがあった。
世界は人でできていたんだな、と今さら思う。
二人だけの世界は静かで自由で。
その代わり、少しだけ空っぽだった。
その夜。
二人は屋上にいた。
暗い空。
星だけがやけに綺麗だった。
街は眠ったみたいに静か。
「なあ」
悠真がフェンス越しに街を見る。
「もしこのままずっと夜だったらさ」
「うん」
「俺ら、最後には夜に慣れちゃうのかな」
蒼は少し考えた。
「……たぶん」
「嫌?」
「少し」
風が吹く。
悠真は空を見上げた。
「俺、朝の匂い好きだったんだけどな」
その言葉が妙に寂しく響いた。
蒼は隣で空を見る。
朝が来ない世界。
でも夜空だけは、どこまでも綺麗だった。
二人はしばらく何も言わず、星を眺めていた。
静かな終わりみたいな世界の中で。
38
101