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夜しか来なくなって、何日経ったのか。
もう二人とも正確には覚えていなかった。
マンションの壁に書いていた日付も、途中からぐちゃぐちゃになっている。
「これ昨日書いたっけ?」
「たぶん一昨日」
「終わりだ」
そんな会話が増えた。
ある夜。
悠真はソファでだらけながら、古いタブレットをいじっていた。
「……あ」
「ん?」
蒼はキッチンでカップ麺を作っている。
「YouTubeまだ動いてる」
「え?」
蒼は振り返った。
悠真は画面を見せる。
本当に動いていた。
ホーム画面。
おすすめ欄。
昔の動画。
更新は止まっている。
けれどサイト自体は生きていた。
「なんでだよ」
「知らん」
悠真は適当に動画を開く。
『高校生のモーニングルーティン』
明るい声。
朝日。
学校へ向かう風景。
“朝”。
その単語だけで、少し胸が変な感じになった。
悠真は途中で動画を止める。
「……なんか別世界だな」
蒼は黙っていた。
しばらくして。
悠真が突然言った。
「俺らも動画あげる?」
「は?」
「ルーティン動画」
蒼はカップ麺を持ったまま固まる。
「誰が見るんだよ」
「わからん」
「人類いないぞ」
「でもサーバーはある」
「理屈が終末世界すぎる」
悠真は笑った。
でも目は少し本気だった。
「なんかさ」
「?」
「記録残したい」
その言葉に、蒼は何も言えなくなる。
静かな部屋。
冷蔵庫のモーター音だけが響いていた。
次の日。
二人はショッピングモールの家電売り場からカメラを持ってきた。
「犯罪感すごい」
蒼が言う。
「今さら」
「それはそう」
三脚も持っていく。
照明まで持っていこうとして、蒼に止められた。
撮影初日。
リビング。
カメラの赤いランプが点いている。
悠真が小声で言う。
「……どう始めんのこれ」
「知らねえよ」
「お前喋れ」
「嫌だ」
沈黙。
カメラだけが回っている。
数秒後。
悠真が吹き出した。
「無理だろこれ」
蒼も笑ってしまう。
その笑い声が、部屋に広がった。
結局、動画はゆるかった。
『夜しか来ない世界で過ごす高校生二人の一日』
朝(夜だけど)起きるところから始まる。
寝癖のままソファにいる悠真。
無言でカーテンを開ける蒼。
真っ暗な外。
コンビニで朝ごはんを選ぶ映像。
誰もいない道路。
水族館。
屋上。
夜空。
編集も適当だった。
字幕も途中で面倒になって減っていく。
でも不思議と、二人とも嫌じゃなかった。
投稿ボタンを押す瞬間。
悠真は少し緊張した顔をしていた。
「……行くぞ」
「何に緊張してんだ」
「わからん」
動画がアップロードされる。
0回再生。
当然だった。
世界にはたぶん、二人しかいない。
でも。
「なんかさ」
悠真が画面を見ながら言う。
「これで“俺らがいた”って残る感じしない?」
蒼は少し考えてから頷く。
「……まあ、わかる」
誰も見ないかもしれない。
ずっと0回再生のままかもしれない。
それでも。
記録に残すことで、“今日”がちゃんと存在した気がした。
それから二人は、時々動画を撮るようになった。
『誰もいない遊園地行ってみた』
『深夜のショッピングモールでかくれんぼ』
『終末世界で作るフレンチトースト』
コメントはない。
再生数も0。
でも二人は普通に続けた。
動画を回している時間だけ、少しだけ「生活」が形になるから。
ある夜。
撮影を終えて、二人は屋上に座っていた。
カメラは横に置いてある。
「今日の動画タイトルどうする」
悠真が言う。
蒼は夜空を見ながら答える。
「“朝が来なくなってからの日常”」
「……なんかエモいな」
「適当」
「でもいいかも」
風が吹く。
遠くの街灯が滲んで見えた。
悠真はふとカメラを見つめる。
「いつか誰か見つけるかな」
蒼は少し考える。
それから静かに言った。
「見つけなくてもいいんじゃね」
「え?」
「俺らが覚えてれば」
夜空には星。
静かな世界。
誰もいない街。
それでもカメラの中には、二人の笑い声がちゃんと残っていた。