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緑の草の香りが鼻を突く。俺はシートもひかんと草の上に寝そべった。この丘に向かう途中までは燃える様やった空も、着けば完全に真っ暗になっとった。どうしてここに来たんかって言われても理由は無くて、ただ何となくやった。
少し街からは離れとるから周囲には街灯が少なく、空には俺の住んでるとこからは考えられんくらいの星が瞬いとる。
今日から俺は中二になった。まあ大して今までと変わるとこはあらへん、もしあるんやったらクラスが変わったくらいや。結局去年のクラスメイトの名前とか全員覚えられへんかったし、多分今年もそうやわ。他人にはあんま興味無い。有るとしても部活仲間くらい。
一応季節は春やのに、暗くなると白い息が出るくらいには寒い。特にここは丘の上やし風が強い。かじかむ指に息を吐いて少しでも和らげよう思ってもあんま意味無い。温めるのを諦めて俺はまた星空に集中する。
星座とか全く分からんし、覚える気も無い。
只、星が見たいだけやった。何やロマンチストみたいやな俺。
「吃驚した、此処に誰か居るなんて」
急に上から降ってきた声に俺は頭を上げる。いつの間にか傍に女が居った。俺は無視してまた上を見る。女は俺が無視したのを構いもせんと勝手に隣に座った。
「あそこ見て、」
と女は南東の空を指差す。つられて俺もそっちに目を向ける。指は沢山の星がある中の1つ、純白に輝く一際明るい星を指していた。
「あの純白の星はスピカ」
スピカだよ、と繰り返し女は言った。沢山ある星ん中でどうしてスピカなんかも、無視しとんのに話し掛けんのも理解できひんやった。
「スピカは春の大三角の1つでね、」
「なあ」
俺は女が喋るんを遮って口を開いた。
「何で俺に話すん」
「何でだろうね」
女は何が可笑しいんか知らんけどくすくすと笑った。
「俺もう帰るわ」
立ち上がって背中に貼り付いている草をはたく。はたいている間女はスピカをじっと見とった。星の微かな光で女の顔はどこか青白く見えて、儚げに思えた。
「ねえ、」
俺が丘を下ろうとした時、女はまた口を開いた。俺は何や、とだけ返事をする。
「スピカ、忘れないでね、…財前くん」
「は、何で俺の名前…」
知ってるん、と言おうとして止めた。女が泣きそうな顔で笑っとった。
ほんまに儚げで今にも消えてしまいそうやった。でも今まで見たどんな女よりも綺麗で、俺は何も言えんくなった。
何も言わんで女に背を向けて丘を下る。下る途中に頭をよぎるんはあの綺麗な笑顔やった。
丘を下り終わってチャリを全速力で漕ぐ。偶然が必然か、俺のチャリを漕ぐ方向の真っ正面にはスピカがあった。
たった一度で星の位置なんて覚えられる訳無いのに、俺の目はしっかりとスピカを捉えとった。
純白の星があいつの顔の白さと重なった。また会えるやろか、そんなことを考えて俺はまたチャリを漕ぐ。