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(やばいかも……)
寒気と頭痛のする自分の体の異常を感じながらも、必死に平静を装っていたが、
「麻耶ちゃん、大丈夫? 顔赤いよ?」
美樹の言葉に麻耶は顔を少ししかめた。
そして美樹は麻耶の額に手を当てると、「熱っ!」と声を上げて、慌てた様子で麻耶を見た。
麻耶は笑顔を作ると「大丈夫です」とだけ答えて、パソコンに目を向けた。
しかし、パソコンの画面がぐらりと揺れて、麻耶は目を瞑った。
「いや、大丈夫じゃないよね? あっ、館長!」
美樹は始を見つけると、なにやら話をしているようだった。
チラリと二人と視線が合い、麻耶は慌てて目を逸らした。
「水崎さん、もう今日は帰りなさい」
「え……でも」
いつの間にか側に来ていた始に言われて、麻耶も曖昧に言葉を濁した。
「定時はとっくに過ぎているし、ありがとう。後はこちらでやります」
有無を言わせない始の言葉に、麻耶自身も限界を感じ、パソコンをシャットダウンした。
「すみません」
それだけ言うと、麻耶は重たい体を引きずりながら駅へと向かった。
土曜日の夜ということもあり、寒い中でも人が多い。
ふらつきそうになるのをこらえながら、人を避けてなんとか駅にたどり着いた。
熱が上がってきたのであろう、寒さで震えが止まらなくなり、
(これはまずいな……)
そうは思っても、土曜日で病院もやってはいないだろう。
(とりあえず眠れば治るよね……)
麻耶は必死にマンションまでたどり着き、部屋のドアを開けたところで意識が途切れた。
芳也はブライダルフェアを見た後、すぐに改善したい所を見直すために、土曜日だが本社へと戻っていた。
【着信 始】
その文字を見て、芳也は仕事のことだろうと、スマホのボタンをタッチした。
「もしもし?」
『お疲れ様。今大丈夫か?……周りに誰かいるか?』
「大丈夫だ。どうした?」
仕事の話ではないと、始の言葉から感じて芳也も社長室のソファにゆっくりと腰を下ろした。
『お前、今日は遅いのか?』
「え? なぜ?」
少し間が空いて、始は黙り込んだ。
『なあ、お前。水崎と一緒に住んでる? もしくは泊める関係?』
急に言われた言葉に、今度は芳也が言葉に詰まった。
「どうしてだ?」
『今日、朝エレベーターで会ったぞ』
「そうか……。でも、お前が思っているような関係じゃない」
『ふーん。でもお前が家に女入れるなんて今までにないだろ?』
黙り込んだ芳也に、
『まあいいや。今日もお前の家に水崎帰るのか?』
「どうした?」
『今日寒かったせいか、熱があって1時間ぐらい前に帰った。お前の家にいるなら、少し気にかけてやってもらおうかと』
「なんでお前それを早く言わないんだよ!」
声を荒げた芳也に、『いい傾向だな』そう呟く始の声が聞こえたが、芳也はそんな言葉も無視して言葉を続けた。
「1時間前? 随分経つじゃないか!」
『そうは言っても俺も接客してたからな』
平然と言った始に苛立つも、
「分かった。様子を見に帰る」
『頼んだぞ』
すぐに電話を切ると、家に持ち帰る仕事をまとめ、地下駐車場へとエレベーターで降りた。
本社から芳也のマンションまでは車で20分ぐらいだ。
帰宅ラッシュを少し過ぎた時間だったが、土曜日の繁華街は車の通りが多く、芳也は少しイライラして、トントンとハンドルを叩きながら時計を見た。
いつもより幾分時間がかかり、駐車場へ車を止めると急いで家へと向かった。
ガチャリとドアに手を掛けると、鍵が開いていることに気づき、「不用心だろ……」そう呟きながらも玄関に足を踏み入れた。
(あれ? なんで暗いんだ?)
部屋が暗いことに気づき疑問に思いながらも玄関に入ると、目の前に倒れ込んだ麻耶の姿が目に入り慌てて抱き起こした。
(熱い! いつからこの寒い部屋でこうしてたんだ?)
「おい! 水崎!」
(救急車? 夜間?)
呼びかけたが返事のない麻耶をとりあえず抱き上げ寝室へと運ぶと、
苦しそうに顔を歪める麻耶を見下ろし、芳也はスマホを手に電話を掛けた。
「もしもし。急病なんです。すぐに来れますか?」
「とりあえず、これで様子を見よう。肺炎は起こしてなさそうだし、たぶん熱が下がれば楽になると思うよ。」
程なくして現れた医師は麻耶に点滴を施し、芳也に笑顔を向けた。
「坂野先生……急なことなのにすみません。救急に運ぶより早いと思ってしまって」
頭を下げた芳也をまっすぐに見つめると、
「芳也君から連絡をもらえてうれしかったよ。まだ私のことを覚えてくれて」
「先生には大変お世話になったので……でもこのことは……」
縋るように坂野を見た芳也に、
「わかってる。誰にも話さないから安心して」
坂野は芳也が小さい頃から家に来ていた医師だ。もうすぐ50歳になろうというところだ。
父の友人だったこともあり、家族ぐるみの付き合いで、厳しい父より芳也を可愛がってくれていた。
今の自分のことなどを少し話しているうちに、点滴も終わり坂野は帰る支度を始めた。
「ありがとうございます。先生」
頭を下げた芳也に、坂野はまっすぐに芳也を見据えた。
「そんなことより、この子をきちんと見てあげなさい。たぶん薬が効いてきて楽にはなると思うが、まだ油断はできないから。明日になってもまだ熱が高いようなら、また連絡して」
坂野は麻耶に目を落とすと、芳也に向かって言った。
「はい。ありがとうございます」
芳也はホッとして、麻耶の顔を見ると、幾分楽になったような表情で眠る麻耶がいた。
そっと額の上に乗せていたタオルを氷水で冷やすと、また麻耶に乗せて軽く息を吐く。
「随分大切にしてるみたいだね」
「そんなことは!」
坂野の言葉を慌てて否定しようと、声を上げた芳也に、「静かに」それだけを言うと芳也の肩をポンと叩いた。
そして坂野は優しい微笑みを向ける。
「別にどういう気持ちであれ、病人を大切にすることは素晴らしいことだよ。だからきちんと面倒をみてあげなさい。じゃあ、私はこれで失礼するよ」
坂野の言葉に芳也は頷くと、坂野は踵を返した。
芳也は坂野を見送ると、麻耶の元に戻って麻耶の顔色をうかがう。
解熱剤と点滴が効いているのか、深く眠る麻耶の姿があり、安堵してリビングに戻るとソファに深く腰掛けて大きく息を吐いた。
「坂野先生、変わってなかったな……」
ぽつりと自分で言った言葉に、芳也は自嘲気味な笑みを浮かべた。
そこに来客を知らせるインターホンが鳴り、すぐそこで鳴る音から、始だということがわかって立ち上がった。
「これ」
予想通り玄関を開けると紙袋を持った始が立っており、中を覗くと料理の材料が入っていた。
「入れよ。この量、お前の分もあるんだろ?」
「ああ」
そう言うと、勝手知った様子で中に入ると、そのままキッチンへと向かった。
「水崎さんは?」
「眠ってる」
「大丈夫なのか?」
「ああ、坂野先生に診てもらって、点滴をしてもらって熱も随分下がったよ」
「それはよかったよ」
そんな会話をしつつ、慣れた様子で食材を出す始をチラリと見て、芳也は声を掛けた。
「何も聞かないのか?」
「聞いてほしいのか?」
ニヤリと笑った始に、芳也は肩をすくめた。
「水崎さん、意外と料理するんだ」
冷蔵庫を開けながら、始はトマトや増えている調味料を手に取って意外そうに声を上げた。
「ああ。なんでも旨いよ」
「へえ、それで最近顔色がいいんだ」
意外な言葉に、芳也は始を見た。
「顔色?」
「ああ、気づいてない? 芳也、前より体調良いだろ?」
そう言われて初めて、この頃ゆっくり眠れるし、前のように体が重かったり、ひどい頭痛に悩まされることもないことに気づいた。
「そういえば……」
「だから食べることは基本だって昔から言っただろ?」
慣れた様子で、パスタを茹でてソースを作りながら始はクスリと笑った。
「きちんと食事を取らされてるんだろ?」
「ああ、まあ。作ってくれるから食べないと悪いかなと思って……」
「夕飯は?」
「食べて帰らない日は、怒りながらも何か作ってくれてる」
ボソッと言った芳也に、始は一瞬無言になる。
「怒りながらって……それは笑えるな。お前がきちんと夕飯いるって言わないから怒られるんだろ?」
そう言った始に、芳也はクックッと肩を揺らした。
「始は女子力高いな。このパスタも旨い」
「嫌味か?」
不機嫌そうに言った始に、芳也はクスリと笑った。
「お前まで俺に付き合って、女を作らないとかなしだぞ?」
「うぬぼれるなよ。俺に見合う女がいないだけだ」
「ならいいけど」
始は固い印象を受けやすいが、整った顔立ちな上に、スマートな対応でよくモテる。
しかし、何故か特定の彼女を作らない事で有名だった。
「ビール飲むか?」
始は立ち上がり冷蔵庫の前に行くと、芳也に声を掛けた。
「俺は今日はやめとく。アイツになにかあったら困るし」
肩をすくめた芳也に、「そうか」そう言って、始は自分の分だけ缶ビールを取ると、プルトップを開けてまた芳也の隣に戻った。
「ところで、どこで水崎さんと知り合ったんだ?」
「やっぱり気になる?拾ったんだよ」
クスリと笑った芳也に、始は怪訝な表情を向けた。
「拾った?」
「ああ、式場の前で酔っぱらって眠ってるのを」
「連れて帰ってきたのか?」
「まあ、そうだな」
「お前が?」
芳也も始の言いたい事は分かった。
「ああ、何故かわからないけど、アイリの事もあったし……アイリ除けにいいかなと思ったんだよ」
「それが思った以上にうまくいってるみたいだな」
「それは……あまり害にならない女だし、アイツはアイツで男と別れたばかりだし、そういう面倒な関係にはならないと思ったんだよ」
「ふーん」
(思った……ね。芳也、お前、過去形って気づいてるのか?)
始がこのことを言うと、芳也は今すぐにでも同居をやめると言い出すような気がして、言葉にするのを止めた。
「ごちそうさま」
「ああ」
芳也は食べ終わった皿をシンクに持っていきながら、皿を洗いだした。
作ってもらったら、片付けるのは芳也の仕事だった。
昔からの二人の関係性だ。
「もう一本飲むか?」
芳也は始に声を掛けて、手を止めた。
「もういいよ。簡単にお粥だけ作っておくから、後で目が覚めたら水崎さんに食べさせてやれよ」
「ああ、ありがとう」
皿を洗い終え、キッチンを交代すると、芳也はチラリと麻耶の部屋に目を向けた。
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