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「なあ、またきちんと会議で通達するけど、今後冬のブラフェアの模擬挙式が終わったらすぐに室内に移動するようにしてくれ。こんなふうに社員が風邪を引くのはありえない。ドレスを見せる必要があるなら室内で。チャペルを見せるのはその後でもいいだろ?」

芳也の言葉に、始も頷いた。

「フェア自体は好評だったが、式の内容はもう少し見直すところがあるな」

「ああ、せっかくのチャペルが最大限に生かされていないな」

芳也もその始の意見に同意した。

「ああ、まず神父を見直した方がいいと思わないか? 神父はどう思う? 片言の外国人か、言葉を大切にしたいから日本人にするか……」

「俺は、日本人でもいいと思うぞ。牧師は派遣だから絶対この人って決められないだろ? だから余計に外国人だと差が出る」

「今って、牧師の指定はしてないのか?」

「基本、どうしても模擬挙式とかで見たあの牧師先生がいいとかで指名が入った時以外は、派遣先が決めてくる」

「そうか……専属で雇用するとか考える必要もあるかもな」

ふたりで仕事の話をしていると、カタンという音がして二人は音の方に目を向けた。

「すみません。迷惑かけて……私……?」

どうしてベッドの上にいたのか理解できないようで困惑したような表情で、ゆっくりと麻耶はリビングへとやってきた。

「水崎さん、何か食べられそうですか? 少しお腹に入れますか?」

「あれ? 館長!」

キッチンに立つ始に驚いたように、麻耶は声を上げた。

「お前、俺が帰ってきたら玄関で倒れてて、医者に診てもらって点滴してもらった。体調はどうだ?」

芳也のその言葉に、麻耶は頭を下げた。

「そうだったんですね……。随分いいです。ありがとうございます。すみません」

「そんなことはいいから、ほら座れ」

芳也は立ち上がって、麻耶の肩を抱くとソファに座らせた。

「始がお粥作ってくれたぞ。食べられるか? 食べたら薬飲んだ方がいい」

「はい。少しなら。館長もすみません」

そっと芳也は麻耶の額に手を当てると、「だいぶ下がったな」そう言って麻耶の瞳を覗き込んだ。

「模擬挙式、今度からは終わったら室内に移動に変更するから。風邪をひかせて悪かったな」

「そんな……別に社長が悪いわけじゃないですから」

始がテーブルに置いてくれたお粥を一口咀嚼すると、麻耶は芳也を見た。

「あっ、社長はご飯は? 食べました?」

「ああ、始が作ってくれたから」

「それならよかった。館長が料理するから、調理道具そろってたんですね」

ホッとした表情で言った麻耶に、始は「女だと思った?」ニヤリと笑った。その言葉に、麻耶はギクッとして慌ててお粥を口に運んだ。

「おいしいです……」

全く違う返事をして、麻耶は話を変えた。

「社長と館長の関係ってなんですか? 同じマンションに住んで、言葉遣いも会社とは違いますよね?」

麻耶のもっともな疑問に、芳也が口を開いた。

「始は中学からの親友なんだ」

「へえ、そうなんですね。だからか……」

「だからとは?」

始の言葉に、麻耶は、

「いえ、初めて二人を見た時からなんか、館長の感じが違うな……って思っていたので納得です」

うんうんと頷く麻耶を見て、「よくわかったな」と芳也も麻耶を見た。

「それより水崎さん、明日休んでいいよ。ひどくなって長く休まれる方が嫌だから」

「え! でも……」

始の声に、麻耶は慌てて始を見た。

「明日は特にフェアもないし、日曜日だし、担当の打ち合わせもないだろ? 新規の対応は誰か代わりに入ってもらうから、早く治して」

「そうしろ。下がったって言ってもまだ熱はあるぞ。お前さっきは39.5度超していたんだからな」

芳也にも言われて、麻耶は頭を下げた。

「すみません……」

軽く息を吐くと、「芳也、俺帰るわ」そう言って始は立ち上がると、ヒラヒラと手を振って玄関へと向かった。

その姿を芳也も追いかける。

「ありがとな」

「明日はお前も休みだろ?」

「ああ、ひどくなるようだったら、医者にみせるよ」

芳也の言葉に、「そうしろよ。おやすみ」そう言って始はドアの向こうに消えた。

「そういう意味じゃないんだけど……」

そう呟いた始の言葉は、芳也には届かなかった。

鍵を閉めて、ソファに座る麻耶の元へと戻ると、まだ熱があるのだろう、ぼんやりと夜景を見ていた。

キッチンへ戻り、坂野からもらった薬と水を持って麻耶の横に座った。

「ほら。ちゃんと飲め。また熱上がるぞ」

「はい。すみません……」

薬を受け取ると、チラリと向けられた麻耶の視線に気づき、芳也も麻耶を見た。

「あの……」

「なに?」

「着替えって……」

麻耶の言いたい事がわかった芳也は、小さくため息をつくと、

「仕方ないだろ? そんな堅苦しい服で寝かせとくのも、汗をかいたままなのもどうかと思うだろ?」

「ハイ……。すみません。色気のない、みっともない物お見せして……」

まだ朝のことを気にしているのかと思ったが、芳也は軽く麻耶の頭を叩く。

「そんなことより早く休め。ゆっくり寝ないと月曜からも行けなくなるぞ」

「はい。顔、洗ってきます」

芳也の言葉に慌ててバスルームへ向かう麻耶を、芳也は見た。

(とりあえず、大丈夫そうか……)

今まで安心できずにスーツのままでいたことに気づき、芳也は着替えに自分の寝室へと向かった。

いつも通りスエットに着替えて、カバンからやりかけの仕事を持ってリビングに行くと、麻耶が寝る準備を終えたようで、チラリとリビングに顔を出した。

「すみません……お仕事もありましたよね」

芳也の手元を見て、申し訳なさそうな顔をした麻耶。

「そんなこと気にするな。おやすみ。何かあれば呼べよ」

その言葉にホッとした表情を見せた麻耶に、芳也も笑顔を向けた。

「おやすみなさい」

(おやすみ……そんな言葉をかけて眠りにつく人を見送るなんてな)

そんなことを思いながら、芳也はパソコンに目を向けた。



メールをチェックしていると、イベントのスケジュールに目が留まった。

(アイリが来るな……)

そのことが芳也を憂鬱にさせる。

大きくため息をつくと、パソコンを閉じてバスルームに向かった。

ぱっとシャワーを浴びて、タオルで髪を拭きながら時計に目をやると、深夜の1時を回っていた。

最後に麻耶の枕元にスポーツ飲料のペットボトルを置き、麻耶を見下ろした。

麻耶がすやすやと眠っているのを見て、芳也も安堵してベッドに入った。


※※

少し差し込む光に、麻耶はゆっくりと目を開けた。

随分と体は軽くなっていたが、それでも少しの頭痛と倦怠感があり、ゆっくりと起き上がった。

時計を見ると、9時を回っていた。

(え? もうこんな時間!! やばい!)

そう思ったが、昨日の始の言葉を思い出して、大きく息を吐いた。

(普通ならアウトでしょ……連絡もせずに欠勤なんて……)

枕元に置かれたペットボトルと洗面器などを見て、改めて芳也に迷惑をかけた罪悪感があったが、体調の悪い時に一人じゃなかった安堵感を思い出し、芳也に感謝をした。

(社長はもう仕事に行ったのかな? 朝食できなかったな……)

カーテンを開けると、少しどんよりとした雲が広がり、雨が降りそうな空模様だ。

着替えようとして、目の前に芳也のシャツが目に入り、麻耶は芳也に着替えさせられたことを思い出し、頬が熱くなるのを感じた。

(昨日の社長……すごく優しかったな……)

熱であまり意識をしていなかったが、肩を抱かれたり、額に手を当てられたりと、心配してくれた芳也を思い出し、麻耶はベッドに倒れ込んだ。

(あんまり優しくしないでよ……。悪魔な社長の方が割り切れたのに……)

本当の芳也に気づいてしまって以来、麻耶の心は警告を鳴らしていた。

(好きになってはいけない人……私には手が届かない人……忘れちゃだめ)

ギュッと枕を握りしめて、自分自身に麻耶は言い聞かせた。

(シャワー浴びてすっきりしたいな)

麻耶は準備をすると、バスルームへ向かい、ガチャリと扉を開けて目を見開いた。

ドサッと下着などが下に落ちたのも気にせず、勢いよく扉を閉めた。

「社長!! すみません!!」

何も纏わず、タオルで髪を拭いていた芳也の姿が目に焼き付き、ドアの外にズルズルと座り込んだ。

「見たかったのか? 遠慮することないのに」

クスクスと笑い声と共に聞こえた声に、麻耶は真っ赤になると、

「そんな訳ないじゃないですか!!」

「ふーん」

その声とともに、開かれたドアから出てきた芳也は、上半身裸で、座り込んでいた麻耶を見下ろしていた。

「すみません……てっきりいないと思ってました」

俯きながら言った麻耶に、

「今日は日曜だし、特にフェアも入ってないから久しぶりの休みだよ」

(え? 休み……どうしよう……)

麻耶のそんな不安をよそに、

「おい、さっき落とした下着は置いておいたからな」

きちんと脱衣所に畳まれて置かれた自分の着替えを見て、麻耶はまた頬が熱くなった。

「はい、すみません……」

とりあえず謝罪し、立ち上がると芳也をそっと見た。

「そんなことより……」

そう言って芳也は麻耶の額に手を当てた。

「お前……完全に下がってる? これ……」

そう言われて麻耶も黙り込んだ。

「昨日みたいに体調は悪くないです。シャワーだけ、気持ち悪いのでどうしても浴びたくて」

小さな声で言った麻耶に、芳也もため息交じりに言葉を発した。

「まあ、シャワーぐらいは大丈夫か。無理せず入って来いよ」

ジッと麻耶の顔を見たあと、芳也は麻耶の頬から首筋にかけて触れると、バスルームから出て行った。

(本当に無意識にそういう気を持たすことしないでよ……普通なら完全に誘われてるって勘違いするわよ……)

芳也が触れた場所に、そっと手を触れると、麻耶は軽く息を吐き、バスルームに向かった。

汗でべっとりとした体を流すと、幾分頭もすっきりとした気がして、髪を乾かすとリビングの芳也に声を掛けた。

「しゃ……芳也さん、朝ごはんは?」

「そんなことお前が気にするな。昨日、始が買ってきたレトルトのお粥と、サンドイッチ。どっちがいい?」

キッチンでコーヒーを入れながら麻耶を見た芳也に、麻耶は慌てた。

「私がやります! すみません」

パタパタとキッチンに向かう麻耶を、芳也は軽く睨むと、

「体調悪いときぐらい大人しくしてソファに座ってろ。どうせ出すだけだから」

そう言って麻耶を制すると、芳也はコーヒーを自分のカップに入れて、麻耶にはオレンジジュースをコップに注いだ。

「はい。じゃあサンドイッチで」

「了解」

さすが始というべきか、有名店の定番のたまごサンドだった。

「お前は、コーヒーやめとけよ」

そう言って出されたオレンジジュースとサンドイッチを、麻耶は眺めた。

「はい、ありがとうございます」

まだ少しぼんやりとした頭でサンドイッチを口に入れると、芳也の視線を感じた。

「社長は?」

「俺も食べるよ」

当たり前のように麻耶の隣に座り、自分のサンドイッチを手にした芳也に、なぜかホッとした自分に麻耶は驚いた。

特に会話もないまま、映し出されたDVDを眺めて、二人で遅い朝食を取った。

食べ終わると、芳也は食器を片付けて、麻耶に薬を持って戻ってきた。

「なあ、薬飲んで今日はゆっくりしてろよ」

「はい……。ありがとうございます。芳也さんは?」

「俺もしばらく忙しかったから、ゆっくりしたい。いい?」

「え?もちろん」

「じゃあ、今日はDVDでも見ようか」

「はい」

当たり前のように一緒に過ごそうとしてくれる芳也の気持ちが嬉しくて、麻耶はその気持ちをごまかすようにソファに身を沈めた。

芳也もいつもよりリラックスしているようで、ソファの肘置きにもたれながらテレビに目を向けていた。

そんな芳也とテレビをぼんやりと見ていたところで、麻耶はゆっくりとまた眠りに落ちていった。

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