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「菅生さん、お加減いかがですか」
朝、看護師さんの声で目が覚めた。
昨晩は、身体の痛みもあったけれど、それ以上に、「また何かされたら」と考えてしまって、緊張してなかなか寝付けなった。
それでも、空が白み始めた頃、ようやく眠る事が出来たのだ。
「少し、熱っぽいかもしれません」
なんだか体が重たくて、熱い感じがする。
渡された体温計を看護師さんに返すと、それを確認した看護師さんは眉をひそめた。
「うーん、少しお熱が高いですね。先生に伝えて置きますので、お薬が追加されると思います」
解熱剤なら痛み止めの作用がある物が、処方されるのだろうと思い頷いた。
「お願いします」
看護師さんが、病室から出て暫くすると、ノック音が聞こえる。
追加のお薬が来たのかと「どうぞ」と返事をした。
すると、現れたのは意外にも野々宮先生だ。
ケガをした私は、整形外科病棟に居る。普通に考えて内科の野々宮先生が来るのはあり得ない。
そう言えば、野々宮先生はスーツ姿で白衣を着ていなかった。
それに気づいた私は、少し緊張する。
「野々宮先生、おはようございます」
咄嗟に出たのは、挨拶だった。
「おはようございます。朝早くから、お訪ねして申し訳ございません」
そう言って、野々宮先生は腰を折る。
本当は、健治と果歩の話をしたい所だけれど、いきなり切り出すような内容じゃない。ひとまず、野々宮先生の用件を聞く事にした。
「いえ、私に何か?」
野々宮先生は、少し言い難そうに話を始めた。
「実は……。昨日菅生さんがおケガされた件ですが……。防犯カメラを確認しました所、菅生さんが落ちたタイミングの防犯カメラに、私の妻である果歩が映っておりました」
ああ、やっぱり。
と、思った。
この病院内で、私に危害を加える人間なんて、果歩以外に居ないのだから。
「そうですか……。実は、もしかしたら……って思っていました」
と、答えてから気がついた。
緑原総合病院の副院長という立場を使えば、『防犯カメラの映像には、何も映っていなかった』と、もみ消す事も出来たのに、野々宮成明という人物は、それをしなかったのだと。
「本当に申し訳ございません。菅生様には、大変なお怪我を負わせてしまって、お詫びのしようもございません」
今も私に深々と頭を下げている。
「あの……。聞いてもいいですか?果歩さんが、私を押したって事をどうして教えてくれたんですか?」
私の質問に野々宮先生は、意外そうに目を見開いた。
「どうしてと言われましても……」
「だって、私が訴えたら果歩さん……先生の奥様は、警察に捕まるかもしれないんですよ。そうしたら、緑原総合病院にとって大変なスキャンダルになってしまいますよ」
野々宮先生は、細く息を吐き出した。
そして、眉をひそめ、話し始める。
「妻の果歩とは同級生とおっしゃっていましたよね」
「はい、大学の学部が一緒でしたが、親しくはありませんでした」
そう私が言うと、野々宮先生は、うなづいた。
そして、窓の外へと視線を移し、遠くを見ながらゆっくりと語り始めた。
「それでも、果歩がどういう性格かはご存知だと思います。甘やかされて育った彼女には、誰も良い悪いを説く人がいなかったようで、感情のままに行動を起こして、周りを振り回してしまう所があります。そして、誰かを傷つけても反省をするどころか、保身ばかりで……」
野々宮先生の顔には、苦悩の色が浮かぶ。
その横顔は、果歩の夫でいる事で、辛酸を嘗めた経験があるのではないかと思わせた。
私は、野々宮先生の話を聞いて、彼の事を信用しても大丈夫だと思った。
それに、元から健治と果歩の関係については、相談したいと考えていたのだ。
「実は……私の夫が大学の頃、果歩さんとお付き合いをしていました。そのせいか、果歩さんには、会うと嫌味を言われて……」
私は大きく息を吸い込み、言葉と共に吐き出した。
「そして、最近……夫と果歩さんがホテルから出て来るのを、見てしまったんです。その事を夫に言ったら、果歩さんとは別れたって言っていたんですけど……私、まだ別れていないと思っているんです」
「そうですか……。果歩がご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
野々宮先生は、再び深々と頭を下げた。
そんなつもりじゃなかった私は、慌ててしまう。
「頭をあげてください。それについては、夫も同罪ですので、私も菅生の妻として、野々宮先生に謝罪をさせて頂く立場なんです。今回お話しさせて頂いたのは、ふたりの不倫の証拠を手にいれたくて……。野々宮先生と協力できたらと思ったんです」
「不倫の証拠ですか?」
「はい、一度は許そうと思ったんです。でも、最近、疑わしい事が何度かあって……二度目となると、もう、許すとか無理です。ふたりで居る未来が見えなくなってしまいました」
私は、ケガの無い右手をグッと握り込んだ。
「離婚をされるおつもりですか?」
その質問に私は、野々宮先生を真っすぐ見据え答える。
「証拠がでたら、そうなると思います」
「実は、私も果歩との離婚を考えております」
「えっ⁉」
野々宮先生からの意外な言葉に驚いた。
だって、野々宮先生が果歩と結婚をしたのは、緑原総合病院を継ぐためだったのでは?と疑問が浮かぶ。
私の疑問が顔に出ていたようで、野々宮先生が困ったような顔をした。
そして、ゆっくりと話しだす。
「私が果歩と結婚したのは、野々宮の父に親が借りた借金があって、結婚の話が出た時に断れなかったんです。それでも、結婚当初は上手くやっていこうと努力はしたのですが、どうしても許せない事がありました。それ以来、私は果歩に何かを期待するのをやめたんです」
「そうでしたか……」
緑原総合病院のトップに立つために、果歩と結婚した訳ではなかったのだ。
望まぬ結婚で、自由奔放な妻に振り回される生活。
パートナーを信じられずに、期待もしない。そんな状態では、夫婦で居る意味が無いのかも知れない。
私が健治に感じたように、 野々宮先生も果歩と一緒に居る明日が見えないのだろう。
野々宮先生は、果歩と婚姻関係を続け、緑原総合病院を継ぐよりも、自由を望んでいるように感じられた。
「幸い医師免許がありますから、果歩と別れても、食いつなぐぐらい出来ます。ただ、私が辞めたら|緑原総合病院《この病院》のスタッフに迷惑がかかるのが心配です。野々宮の父のワンマン経営に振り回されるのはスタッフですからね」
それを聞いて、私はゾクッと粟肌が立つ。
院内で起きた傷害事件、私が果歩を訴えたら……。
その責任を問われるのは、果歩の夫の野々宮先生だけじゃなく、緑原総合病院医院長である果歩の父親にも話しが及ぶだろう。
野々宮先生は、果歩の父親を医院長の座から引きずり下ろすために、共倒れ覚悟で私の元に来たのかも知れない。