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前回までのあらすじ
土中深く封印され全ての感覚器官を失った存在は、自身の弟からの念話だけが外界を知る唯一の方法であった。
娑婆(しゃば)の様子に一喜一憂したのは遠い昔の事、現在においては地上に対する一切の興味を失くしていたのだが……
この日齎(もたら)された情報を得た瞬間、存在は数百年ぶりに魂が燃え上がるような高揚感を感じてしまうのであった。
念に興奮が混じらぬように、細心の注意を払いながら弟に尋ねるのであった。
『では、本当に魔神王ルキフェル様である、と?』
対して弟の念は昂ぶりを隠そうともしていない。
『ああ、そういう噂で持ちきりだ! 既にかなりの悪魔、魔王種達を支配下に招聘(しょうへい)したんだと!』
『ほう……』
『驚くのはここからだ兄者、なんとルキフェル様の傍らには弟の魔神アスタロト様が、更には別格の魔王と呼ばれるアムシャ・スプンタ達も挙って(こぞって)寄り添われているらしいぞ!』
『なんとっ!』
『な、驚いただろ? その上でだ、どうやらあいつ等も戦列に加わったらしくてな』
『あいつ等?』
『大口の犬っころと楽々森(ささもり)のエテ公、それに留玉(とめたま)のお雉の方様もだとよ』
真っ暗な深い土中で何も見えないというのに、その存在は大きく目を見開いていた。
暫しの沈黙の後、存在は弟に念を送ったが、その念は既に丸出しの興奮しか感じられなかったのである。
『よし、準備だ! 氏子の女房共に釜を磨いて貰わんといかんな! おい王丹(おに)! お前も金棒の手入れを急ぐのだ! ルキフェル様が迎えに来られてから慌てては体裁が悪いぞ!』
『…………』
『どうした? 次は我らの番であろうが! どうした王丹?』
『実は言い難いのだが…… どうやらアーティファクト探しは終わったようなんだよ』
『なっ! ば、馬鹿な…… 嘘、だろ?』
『いやー本当らしい、御伽噺(おとぎばなし)は効率が悪いって事でアニメ? とか言う分野に方向転換したらしいんだよ』
『…………』
『兄者? おい聞こえてるのか? 兄者?』
『もういい…… 帰れ……』
『お、おう、まああんま考え込むなよな、又来るぞ、じゃ、じゃあな』
『……おう』
土の中、無念の歯軋りを響かせて唸り声を上げ続ける彼の名は、温羅(うら)……
真金(まがね)吹く吉備(きび)の冠者(かじゃ)、格別の鬼の王者であった。
若松公園から幸福寺へと帰還した二人を出迎えたのは、仲良さそうに本堂の広縁に並んで腰かけるアスタロトとトシ子のバカップルと、三匹の狼たちであった。
幸福寺の土蔵に収納されていた桃太郎一味を記したであろう巻物の絵を回し見てはゲラゲラと笑い声をあげている。
「ただいま帰ったのでござる、楽しそうでござるな」
「おお、善悪にコユキお帰り、どうだ? 良い物が手に入れられたのか?」
アスタロトの問いに笑顔で答える善悪。
「まあね、早速披露するでござるよ、ちょっと準備してくるから、待っててねん」
そう言うと、準備が必要らしい善悪は足早に庫裏(くり)の中へと消えて行くのであった。
コユキは留守番組のメンバーと同じように広縁に腰を降ろすと誰ともなく語り掛けるのである。
「それでさっきの笑い声はなんだったのん? 随分面白そうだったじゃないのよ」
トシ子が四枚の巻紙の内、猿女君の臣(さるめのきみのおみ)、鳥飼辺の臣(とりかいべのおみ)が描(えが)かれた二枚をコユキに渡しながら答える。
「この絵に関して聞いていたんじゃよ、フフフ、ほれ、猿が電気ビリビリさせとるし、鳥も派手な炎に包まれておるじゃろう? フフっ!」
よほど面白かったのか吹き出しながら言っている。
コユキは巻紙を確認してから言葉を返した。
「うん、こないだ善悪が聞いてたわよね? だけど口白(クチシロ)は否定してたっけ、何だったの? 昔の人が適当に盛ったとかかな?」
「プフフ、それを口白が思い出したんじゃよプフフ、アハハハハっ♪」
トシ子はツボったらしくて笑ってばかりいる。
二度目のサパ入りワインで見た目は四十位、つまりコユキや善悪と同じ位迄若返って見えるが、中身は九十の老婆、ツボが浅いのも老人の特徴である、仕方が無い事であろう。
話にならなそうなトシ子に変わってアスタロトが説明を引き継いだ。
「それがな、集合した肖像を描いた後、ラーまでは順調に書き終えたんだそうだ、だが待たされて落ち着きを無くした猿、フンババが動き回ってしまったらしくてな、絵師に頼まれて口白が雷撃で痺れさせて動きを止めた所を描いた物がそれなんだとさ」
言われて改めて絵を見つめたコユキは以前は気が付けなかったのだが、こちらを向いて牙を剥くフンババの表情が、狂気では無く感電の苦しみに因る(よる)物である事をハッキリと見て取れたのである。
「ああ、なるほど~、それでこんなに目を剝き捲ってんのね…… んでカルラの炎はなんなの?」
今度の問いにもアスタロトがニヤニヤしながら答えてくれる。
「それカルラじゃないんだとさ、成敗した鬼の王、温羅(うら)という奴だったんだそうだが、雉に化けて逃げたらしくてな、腹が減っていた口白が焼いて食べようとしたんだと、火球を打ち出しつつ神速で追いかける口白から必死に逃げる温羅のイメージ図らしい、それを鳥飼辺の臣、カルラの肖像に転用した、まあ、そういう話なんだよ」
コユキは首を傾げて質問を重ねるのだった。
「え、それでカルラは良かったのん? 活躍した自分の肖像画じゃないんでしょ?」
アスタロトが愉快そうに答える。
「だって見えないじゃないか? だろ?」 ニヤリ
「ああ、そう言う…… ふふふ、なるほど面白いわね、なははは♪」
「「「わははは、わんわん」」」
「アハハハハハハ」
「クフフフフ」