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それが、私の湧きあげる好奇心を消化させる。これ以上聞いても、また悲しい顔をさせてしまうのだと。
「もう、いいよ。それ以上、言わなくて」
目の前の紅茶は、色があせ、感情をなくしてしまったキリンさんを見ているようだった。
底が見えているはずなのに、また知らないことが浮いてくる。
紅茶に一口。
先程とは、違う風味が私の喉を潤す。
「キリンさん……」
私の知りたかったことは、全て知ることが出来た。
先程の答えは予想外ではあったけれど、私が考えていた結果を覆すことはなかった。
結果は確実なものとなった。
そして、新たに底知らない感情が渦巻き出す。
私は、全てをキリンさんに告げる。
「キリンさんは、私に望まれた者だったのね」
その言葉にキリンさんが、顔を上げる。
私が言葉を重ねても救うことが出来なかったその目が。
この世界の事実を述べた瞬間、その目が私を見つめた。
そこには、喜びも悲しみも浮かんでいなかった。
そういう事なんだ、と思う。
「この世界は私の夢の中。つまり、全部私が思い描いたものなんだね」
感情を押し殺し、事実だけを述べる。
これまで得てきた全てを、本のタワーのように積み上げていく。
キリンさんとの間に壁を隔てるように。
「私が現実の辛さから望んだ、ずっと傍にいて、愛してくれる人。それがキリンさんだったんだ」
夢は、脳が現実の出来事を整理する過程で、見ることがある。
つまり、友人を失った現実の苦しみを逃避するために、夢に溺れようとした。
夢でなら、ロボットでも出来なかった、愛を紡ぐ人物に出会うことが出来るから。
「でも、キリンさん自身に記憶はなかった」
私は、愛してくれる人と出会うために夢日記を書き、明晰夢を見たがった。
キリンさんは、実際、私を守り、傍に居ること以外のことは知らなかったんだ。
本に書かれていること以外、知る必要がなかったんだ。
「私が望んだから、それを忠実に実行していた。そこに、キリンさん自身の意思はなかった……」
私は、胸の奥が苦しかった。
キリンさんの表情は、言葉を重ねても変わらない。
「私が貴方に対して質問をした時、答えられないことが多かったよね。はぐらかしていたよね。それは、貴方自身では答えを生めなかったから」
私が、望んで創り出した者が己の意思を持って、自分の過去を言えるわけがなかった。
「私が望んだのは、愛してくれる人。だから、その存在だけは変わらなかったと思う」
大切にされていると思った。
傍にいて、守ってくれていた。
辛い時は、優しい言葉をかけてくれたし、それで実際、救われていた。
私は、傷だらけになった彼の手をとる。
ぬくもりも、呼吸も。
本当に存在している人間のように。
「でも、それは貴方自身の優しさじゃなかった。
私がそう望んだから優しかっただけ……」
頬に涙が伝う。
苦しくて喉が焼ける痛み。
「全部なんだよね。キリンさんを好きになったこの気持ちも。キリンさん自身も」
全部、私が最初から仕向けたこと。
愛してくれる相手を好きになるのも当然。
出来レースだったんだ。
彼は、片手で涙を拭いながら、そっと手を握り返してくれる。
その行為すべてが嬉しいのと同時に、悲しかった。
何も答えようとしないのも、答えることが出来ないのも。
事実を肯定していた。
来訪者を導くことも、ローズではなく、私を選ぶ理由も。
私がキリンさんに与えた設定で、現実で愛されたいという願いを叶えるための手段でしかなかった。
途端、部屋全体が揺れる。
その振動で本棚から、本が落ちてくる。
それを合図に、さらに大きな地震が世界を揺らす。
私は机に必死にしがみつき、頭を守る。
周りから物が倒れる音がする。
揺れるティーカップの音が悲鳴をあげている。
怖いと感じた。
夢の世界でありながら、現実のようにリアルだった。
夢の中で死んでも痛くないのだろうか。
目覚めて結局は、助かるのだろうか。
そんな事を考えていると、揺れが落ち着いていく。
その時、私の肩を大きな手が包んだ。
「ここにいるのは危ないかもしれません。逃げましょう」
自分の腕の中から顔をあげると、私に覆い被さるように、守ってくれているキリンさんがいた。
「さあ、立ち上がりましょう」
差し伸ばされた手をとり、私達はすぐさま、書斎の扉をくぐり、部屋を出ていく。
扉の先は暗い闇が包んでいた。
いつもの暗闇のトンネルだ。
「ここは大丈夫そう……」
ここは、書斎と比べて揺れがなかった。
安堵で息がこぼれる。
「そうですね、ここなら……」
突如、彼の足が止まり、大きな背中にぶつかる」
「どうしたの?」
彼の背中から覗くと、暗闇の中でも異質に光る真新しい扉があった。
夢の出口だと、そう感じた。
「これをくぐれば、夢から目覚められるさ」
声の主は、扉の後ろから現れた。
まるで、初めからそこに立って待っていたように。
「ロイ……」
目深に被った帽子の中は、見えなかった。
「君がここに、彼女を連れてくることは分かっていたよ」
私は、無意識にキリンさんの手を握りしめていたらしい。
キリンさんが、そっと握り返してくれた。
「ええ、それが私の使命ですからね」
淡々と告げられた事実が、胸の奥を苦しめた。
来訪者を導くこと。
それがキリンさんの設定。
私の視界が僅かに暗くなる。
頭に、優しい手が乗った。
「キリンさん?」
私は、キリンさんを見上げる。
そこには、悲しい顔をしたキリンさんがいた。
なんで、そんな顔をするの?
私は思った。
もしかすれば、その驚きは、心の中で収まらず、口に出ていたかもしれない。
だって、キリンさんが、今ここでそんな顔をする理由がないからだ。
彼の使命も意思も私が全て創造したもの。
私を、来訪者を、現実世界に帰すことが使命である彼には、そんな表情をする必要がないのだ。
別れを惜しむような、作り物ではない、本当の人間が寂しがるような顔に見えた。
途端、背後から怪物の唸り声が聞こえる。
振り向こうとした時、私の身体が持ち上がる。
「えっ、なに」
見覚えのある背中が私を抱き上げていた。
「ロイ!なにするの!」
私は必死に手を伸ばし、あがくが、それは虚空を舞うだけで届かなかった。
「あいつは夢の住人だ!君も取り込まれるぞ!」
ロイは私を抱えながら、扉へと走り出す。
「そんなこと、どうでもいいよ!キリンさんが!」
怪物がキリンさんにすぐ傍まで迫っていた。
そんな中で、キリンさんの目が、私を見つける。
まるで、時間が止まっているようだった。
私にだけ微笑むキリンさんの笑顔は、今までよりもずっと輝いていた。
白い百合の花が、花開く瞬間を見るような。
それは、一瞬の出来事だった。
キリンさんの微笑みが咲いた時、私の肩で何かが白く光った。
それは、辺り一面を白銀の世界へと包み込む。
思い出も夢も、全てを跡形もなく、消し去るような白色の世界。
何も見えなくなったその中で、一人だけ脳内に浮かんだ人物がいた。
微笑みをこちらに向けて、優しく傍にいてくれるような誰かが。