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「ねぇ。さっきの、どう思った?」
夕食を終え、自室へと戻る廊下。不意にナギから投げかけられた言葉に、蓮は小首を傾げた。
「さっきのって?」
「だからさ。ゆきりんと弓弦君のことだよ」
「あぁ。……うーん、僕はお似合いだと思うんだけどな」
蓮がそう答えると、ナギは「だよねぇ」と同意しつつも、困ったように眉根を寄せた。
あのお披露目会の後、弓弦はよほど気まずかったのか、逃げるように自室へ引きこもってしまった。雪之丞はそんな彼を心配するばかりで、二人の仲が劇的に進展する気配は今のところ皆無だった。
「雪之丞は、多分……怖いんじゃないかな」
「怖い? 何が?」
ナギが不思議そうに聞き返すので、蓮は苦笑いを浮かべて言葉を紡ぐ。
「自分で言うのもなんだけど。あいつ、僕のことをずっと好きだったって言っていたから……。いいなと思っていても、『また拒絶されるんじゃないか』と考えると、なかなか一歩を踏み出せないんだよ、きっと」
かつての恋愛が原因なのか、それとも彼自身の臆病さゆえか。雪之丞が弓弦の真っ直ぐな好意に応えたくても応えられない理由は、蓮にも完全には分からない。けれど、なんとなくそんな気がした。
「そっか。そう、だよね……」
「それに、年齢差もあるだろ? そう簡単にはいかないよ。なんたって相手はあの、草薙弓弦なんだから」
弓弦はまだ現役の高校生であり、将来を嘱望される人気俳優だ。対する雪之丞は控えめで気弱。自分から積極的に攻める姿は、どうにも想像しづらい。
「それにしても……。随分と雪之丞たちのことを気にかけているじゃないか」
蓮がからかい交じりに尋ねると、ナギは口を尖らせて視線を落とした。
「そりゃそうだよ。結果的にゆきりんがフラれたのって、俺が原因みたいなもんだし……」
「……」
「だからさ。ゆきりんには、絶対に幸せになってほしいんだ」
「……優しいんだね、ナギは」
蓮が思わず足を止めると、ナギは小さく首を振った。
「優しくなんてないよ」
口元は笑っているのに、その瞳にはどこか寂しげな色が混じっている。その横顔が、妙に蓮の胸を締め付けた。 いつも明るく振る舞っているナギだが、内面ではこれほどまでに悩み、責任を感じていたのか。
(もしかして、自分と付き合ったことを後悔しているんじゃないか?)
ふいに過った不安に、蓮は言葉を失った。ナギが今、心の奥底で何を考えているのか――それを知るのが、一瞬怖くなる。
「ゆきりんが弓弦君とくっついたら、『お兄さんは俺だけのもの』じゃん。だからそうなったらいいな、なんて……。結局、自分のことしか考えてない酷い男なんだよ、俺は」
「ナギ……」
その本音を聞いた瞬間、蓮は迷わず腕を伸ばしてナギを抱き寄せた。一瞬、驚きに肩を跳ねさせたナギだったが、すぐに力を抜いて蓮の胸にそっと身を預けてくる。腕の中に伝わる彼の体温が、驚くほど温かかった。
「馬鹿だな。僕はもう、とっくに君しか見てないのに」
ナギの柔らかな髪を撫で、耳元で静かに囁く。ナギはピクリと肩を震わせて顔を上げた。その瞳は潤み、頬は茹で上がったタコのように真っ赤に染まっている。
「……わかってる。最近のお兄さんが変わったなっていうのは、ひしひしと感じてるよ。……でも、それでも時々不安になるんだ。信じてないわけじゃないんだけどさ」
ナギは蓮の顔を覗き込むようにして見上げてきた。不安げに揺れる琥珀色の瞳が、愛おしくて堪らない。
(ああ、好きだ)
他の誰でもない、このナギという存在が、たまらなく好きなのだと改めて痛感した。
「本当にバカだなぁ……。僕がどれだけナギのことを好きで、仕方のない存在だと思っているか、分かってないだろ」
照れ隠しに悪戯っぽく笑ってみせると、ナギは弾けるように破顔した。
「うん、知ってる。……俺も、お兄さんのこと大好きだよ」
ぎゅうっと抱き着き、甘えるように胸元に顔を擦り付けてくる。
「……なんだか、猫みたいだな」
「えぇー、何それ」
クスクスと笑い合い、そのまま自然に吸い寄せられるように唇を重ねようとした、その時――。
「あー……ゴホン」
「ッ!?」
突如背後から聞こえてきた鋭い咳払いに、二人は心臓が飛び出るほど驚いて飛び退いた。 ギギギ、と錆びついたロボットのような動きで振り返ると、そこには呆れ果てた表情の凛が、深いため息を吐きながら立っていた。
「……全く。年甲斐もなく、廊下で何をやってるんだ、お前たちは」
凛は眉間に深い皺を刻みながら近づいてくる。
「いちゃつくのは構わんが、場所を考えろ。このバカップルども」
「ぅ……返す言葉もないよ」
「ごめんなさい……」
「まぁ、仲が良いのは結構だが、あまり人の目に触れるところではするな。全員が好意的な目で見ているとは限らんのだからな」
凛の正論すぎる小言に、二人は揃って項垂れるしかなかった。彼はもう一度大きなため息を吐く。
「全く……人の気も知らないで……」
「ん? 何か言った? 兄さん」
「……いや、何でもない」
凛は一瞬だけ目を伏せた。その横顔に翳りが差した気がしたが――蓮がそれを追求する間もなく、彼は話題を切り替えた。
(兄さん……?)
胸の奥に小さな違和感を覚えつつも、蓮は問いを飲み込んだ。
「あぁ、そうだ、蓮。俺は少し早いが、戻らなくてはならない急用ができた。支度が済んだらすぐに出るから、部屋は好きに使え」
「え? あぁ、分かった」
「……あまり盛り上がりすぎるなよ? 隣には仲間たちがいるんだからな」
「なっ!?」
凛はそっと蓮の耳元で囁くと、自嘲気味な笑みを浮かべて去っていった。
「……すみません。調子に乗りました」
「もぉ~。本当にお兄さんって変態だよね。……でもまぁ、そういうところも嫌いじゃないけど」
「えっ?」
不意に落とされたナギの言葉に顔を上げると、ほんのりと頬を染めた彼がいた。
「……後で、部屋に行くから」
それだけ言い残し、ナギは逃げるようにその場を去っていった。
蓮はしばらく惚けたようにその後ろ姿を見送っていたが、やがて我に返ると、緩みきった頬を両手で押さえ、その場にしゃがみ込んで悶絶した。
(なんだ今の……可愛すぎないか!?)
「うわっ、びっくりした! おっさん、こんなとこにしゃがみ込んで何やってんだよ」
突然の声に振り返ると、そこには心底呆れた顔の東海が立っていた。
「いや……。うちの相棒が可愛すぎて、色々としんどくてね」
「あー、そういう……」
東海はすべてを察し、盛大なため息を吐いた。
「たく、紛らわしいんだよ! 俺はてっきり、具合でも悪いのかと……」
「なに? 心配してくれたのかい?」
「はぁ!? ち、違うし! 心配なんてしてねぇよ! 邪魔だっただけだし!」
慌てふためく東海の様子に、蓮はニヤリと笑う。相変わらず、分かりやすい子だ。
「ふふ、ごめんごめん。心配してくれてありがとう。案外優しいところがあるんだね、はるみん」
「っ! はるみんって呼ぶなって言ってるだろ!!」
「はるみーん、何してるの? 遅いわよ」
遠くから美月の声が響き、東海はチッと舌打ちしながら頭を掻いた。
「今行くって! たく、なんであんなにせっかちなんだよ……」
文句を言いながらも、その表情はどこか嬉しそうだ。
「なんだ、デートかな?」
「はぁ!? ちげーし!! ただ買い物に付き合わされるだけだ! 変な勘違いすんなよ、おっさん!!」
ムキになって否定し、東海は美月の元へと走っていった。その耳がわずかに赤くなっているのを見逃さず、蓮は微笑ましく二人を見送った。
「……青春だなぁ」
撮影が進むにつれ、メンバー同士の関係性も少しずつ、だが確実に変化している。それはグループにとって、この上なく喜ばしいことだ。 雪之丞も、この流れに乗って前へ進めればいいのだが。
(あの二人も、上手くいくといいんだけどな……)
それは一人の友人としての、あるいはリーダーとしての、勝手な願いかもしれない。けれど、雪之丞にも弓弦にも、心からの幸せを掴んでほしいと願わずにはいられなかった。
ふと、ナギの顔が脳裏に浮かぶ。
「……本当、ずるいくらい大切に思っちゃってるな」
夜の廊下に溶けるような小さな独り言を残し、蓮はナギの待つ部屋へとゆっくりと歩き出した。