稲武終わったらテストの現実
期末テストムリムリムリムリムリムリムリ
私――朱音が詩音と出会ってから早1週間。
詩音の家に居候している私は家事を難なくこなしていた。
「ただいまああああああ!!!!!!!」
「なんでそんな大声出せるの?」
「なんでって、元気だから?」
「自分でもわかってないんだね」
「別にわかってなくても元気だったらいーじゃん!」
そう言って見せた詩音の笑顔は、どこか寂しく見えた。
「私、部屋に戻って課題進めるね!」
「うん、わかった…」
次の日。何か詩音と気まずい雰囲気になりながら詩音は家を出た。
もうすぐ帰ってくるかな。夕飯の食材を買いに行こうかな。
えっと……、いるものは玉ねぎと人参と……。
最近詩音の通っている学校の近くのスーパーで安売りしてるって聞いたから行ってみよう。
ついでに学校も見てみようかな!
忘れ物なし、財布持った!行ってきます!
「ねー詩音~なんか奢って~」
「で、でも……」
「は?逆らう気?」
「そんなこと、ない……ッッ」
「だったらなんか奢れよッッ!!」
「ご、ごめん……今日は、無理……」
あれって、詩音……だよね……?なんかヤバくない?
てか何あれ。めっちゃカツアゲってゆーか、向こうはカツアゲじゃないかもしれないけどカツアゲにしか見えない。
そもそも詩音めっちゃ困ってる時点でアウトだけど……。
「なんで無理なの?私達より大事なものある?せっかくこのグループに入れてあげたのに」
「そ、それは……」
あー出た。グループね。クラスの中でカーストが決まるめんどいやつ。
まあ、私には関係なかったことだけどね。
まあ、ここは居候の身だから助けようかな。
「詩音~!」
「あ、朱音……!?」
「は?誰あいつ」
「詩音、帰ってこないから心配したんだよ?」
「え?うん?ごめんね……?」
えなになにどうしたのって感じ。
「(あわせて)」
「(わ、わかった)」
「今日バイトがあるから早めに夕飯作りたかったのに、全然詩音帰って来ないから……」
「ご、ごめん……」
「ねえ、詩音。この人だれ?」
「(え?なんていえば……)」
「(なんでもどうぞ)」
「わ、私の従妹で大学生なの!今は居候してるの……」
「詩音、この人たちは?」
はいはい、いじめっ子ね。わかってます。
「え、っと…その……」
「私達は詩音の親友です!明美とこころです!」
「へえ、”親友”ねー…。じゃあさっきのは何?」
「は、さっきのって…何のことですか?笑」
「私、ずっと見てたよ?まるでカツアゲのように」
「……ッッな、なんのことですか?」
「なーんだ、まだ偽るつもりなんだ」
「偽るってなんですか!偽り呼ばわりですか!?しかも初対面で!!」
「確かにまあ、初対面で言い方はきつかった。それはごめんなさい。でも……」
「それ以上、詩音に近づくなら許さねぇぞ(ボソッ」
「ヒッッッ……す、すみませんでした!!!」
「さあ、詩音帰ろう?」
「で、でも今日バイトあるんでしょ?」
「え?ないよ?」
「嘘?」
「嘘だよ?」
「ふふっ、そっか!ありがとう!」
その笑顔は反則だって。可愛いかよ。
「な、なにがだよ…///」
「照れてる。かわいい……」
「う、うっさい!!!//////」
「今日のごはん何ー?」
「何食べたい?」
「うーん、ドリアがいい!」
「うん、ちょうど材料があるからいいよ」
「やったー!!」
「作ってるから部屋で休んでていいよ」
「うん、ありがと!ニコ」
か、可愛い。うん、可愛い。なんか変な扉開きそう。うん。
いやいや、そもそも同姓に恋愛感情持つのキモいじゃん!?
みんなこの時代はジェンダーだの同性結婚OKとか言ってるけど、正直…うん。
なんていえばいいか分からないけど、みんな認めないと思ってしまう。
て、てかまあ好きなじゃないし…こっちは居候の身なんだから、そんな気持ちは知ってはいけない。
今日は早くご飯作って食べて寝よう。疲れてるのかも。
「う~ん!おいしい~っ!!」
「喜んでくれてよかった」
ヤバい。可愛すぎる。天使が目の前に舞い降りているか?
もうどんどん食べて。マジ尊い。死ぬ。
……やっぱ私壊れた?
なんで詩音にこんな変な感情抱いてるわけ?
もし知られたら『は?キモ。出てけよ』って言われそう。
それはそれで無理。ヤバい。根本的に終わる。一条財閥に変な目つけられるかもしれない。
「朱音、最近なんかに悩んでる感じだけど大丈夫?」
貴方で困ってますなんて言えません。
「ううん、ただ詩音が心配なだけ……」
まああながち間違ってはないけど。
「わ、私は大丈夫だよ……!!朱音を巻き込むことでもないし……」
「詩音……!?」
「え?ポロッ」
「泣いてるよ?やっぱ一人で抱え込まないでよ!!!」
自分だけで解決しようと思っている詩音に怒って頭が真っ白になった私は、思わず怒鳴ってしまった。
「…あ、あ……ごめん、」
「朱音の顔なんか見たくない…出てって」
「……え、?」
「出てってって言ってるの!!!!早く荷物もって私の前から消えて!!!」
「ごめん、今までありがとう。ばいばい……」
ここは詩音の家だ。家主が出てけって言ったら出ていかないといけない。
私は無言のまま荷物をまとめて一人家を出た。
家が無くなる。これからどうすればいいのだろうか。
ここら辺は一条財閥がほとんどだから一回離れた方がいいのだろうか。
とりあえず今日は野宿するか。明日また探すとしよう。
どうして出てけなんて言ってしまったのだろうか。
本当は、朱音と一緒にずっと暮らしていたかったのに。
朱音が可愛くて変に怒ってしまって、それを真に受けてしまった朱音がいる。
これは完全に私が悪い。今どこにいるかも分からないからどうしようもできない。
連絡先は交換してるけど『よろしく』のスタンプのみ。普通にそこから『ごめんね』は気まずい。
ここら辺は一条財閥が占めてるからもうここにはいない?いや、無駄に動かないかな?
とりあえず今日は頭を冷やそう。早く寝て明日どうにかしよう。
久々にこの夢を見た。もう、縁を切ったはずなのに、私の頭から離れない。
私は幼いころ、音楽に恵まれていた。将来は音楽の先生、プロの奏者……とにかく音楽関係の仕事に就きたいと思っていた。
なのに。”あれ”があってから、縁を切った。もう、”ヴァイオリン”は私の心の中にないはずなのに。
どうしてこう懐かしいという気持ちが生まれるのだろうか。
もう一度、ヴァイオリン奏者に戻りたい?もう一度、楽しくヴァイオリンを弾きたい?
その願いは、叶わないって知ってるのに。叶わない夢を願うのは馬鹿げてる。
でも、もしも、もう一度ヴァイオリンが弾けるのなら。自分が満足いくまで弾きまくりたい。
“あの人”が許してくれれば、の話だけどね。
『今年も詩音ちゃんが賞総なめね。手も足も出ないわ』
『詩音さんの所と一緒にコンクール出るとなんかやる気が失せちゃうの、なんかもう……』
『”結末”が決まってるみたい』
「お前はもう、コンクールに収まる器じゃない。コンクールには出るな」
「な、なんで……!?」
「お前が”上手すぎる”んだよ。他のメンバーの気持ちも考えてみろ」
「で、でも、それってみんながもっと練習すればいいことじゃ____」
「うるせぇ。お前に拒否権はねぇよ」
「ごめんなさい………」
『ヴァイオリニスト奏者、如月乙哉死亡。死因は自殺か』
お父さんが死んだ。悲しいよりも嬉しいが勝った。
やった、やった。やっと解放される。好きなようにヴァイオリンを弾いていいんだ!
「失礼します。きみ、如月詩音さんで間違いないですね?」
「誰!?不法侵入!!!!」
「君のお父さんが死んだのはもうわかってるね?法律上子供一人いで住むのはダメだから今から児童保護施設に行こうね」
「児童保護、施設……?」
「そう、お友達がいっぱいいるんだよ。もう一人じゃないの」
嫌だ。一人がいい。一人で沢山好きなことをしたいのに。
「いやだ!私はずっとここにいるの!!変な人についてっちゃだめってお父さんも先生も言ってた!」
「ぼ、僕たちは変な人じゃないよ?全然怖くないから、さあ、こっちへ」
「いやだいやだいやだ……」
ずっと”いやだ”と言いながら泣いて、泣いて、泣きまくって…気付けば寝てしまって、次に目が覚めたら児童養護施設にたどり着いていた。施設は決まった時間に起床し、ラジオ体操第一、朝食はパサパサのパンで喉に全然通らず、芝生はあるくせに外に出してもらえない。まるで監獄のような生活だった。
でも、ある日そんな日常から助けてくれた人がいた。
私の第二のお母さんになって毎日おいしいご飯を作ってくれた。
ヴァイオリンを認めてくれた。
とても大好きなお母さんだった。
いつものようにお母さんとスーパーに買い出しに行って帰ろうとしたとき、一緒に横断歩道を渡ろうとした時、お別れの時が来た。居眠り運転の大型トラックが突っ込んできた。よくある交通事故だ。
でも大事な人を目の前で悲惨な形でひき殺されている姿を見ると”よくある交通事故”じゃすまなくなる、煮えたぎる怒りがフツフツと湧き上がってきた。轢いた人は捕まったけど、捕まったからってお母さんは帰ってこない。
お母さんが死んだ。また一人だ。でももう中学生だから児童養護施設に戻る必要はなかった。
それから毎日昼まで寝て、学校にも行かず、朝昼兼用のカップラーメンを食べ続けた。
気付けば1年経っていて、私も中学3年生に進級した。
受験勉強も何も、学校にも不登校で、今更顔なんか出せない。親がいないからなおさらだ。
でも、受験だ。人生の分かれ道になる。今止まったらいけない気がした。
嫌々ながらも、中学3年生…最後の学校生活が始まった。