ないヨ
もう一度、あの音色を奏でたい。たとえ、それで命を落としても。
そう思いながら、私は防音室に入り、グランドピアノの上に置かれたヴァイオリンを手に取った。
ここは防音室。がむしゃらに弾いても誰にも迷惑かけない。
何を弾こう。てか確か青海高校ってオーケストラ部あるよね?
入部、しようかな。まだ1年生で仮入部明日からだったはず。
でもなんでだろう。どうしてこう私は急にヴァイオリンを弾きたいと思ったのだろうか。
朱音だ。朱音に届いて戻ってきてほしいという願いだ。
朱音は私の大事な一部で、私の生きがいで、好きな人。
いつまでも一緒に居たい。死ぬまで一緒に居たい。私の、好きな人。
物理的にも精神的にも届かないこの音は、どこに行くの?
そう思いながら私は弦の調弦を始めた。
一体詩音の家から出て何日経ったのだろうか。
私はまだ電車に乗らず、近くの公園に住み着いていた。
本当の家に帰るのもなんか嫌だし、詩音の家なんて帰ったらそれはそれで気まずいだけ。
私、バカだなぁ。好きな人が泣いてるのを見て怒るとか。せいぜいそこは慰めるとかできないのかなぁ。
今後悔してももう遅い。どうにかしないと。明日ちゃんと家に行って謝ろう。そして___
朱音がいない私の家は、とても静かだった。
朝ごはんを作ってくれる人もいない、”おはよう”って言ってくれる人もいない。
今日が土曜日でよかった。しっかり考えられる。
私は、これからどうすればいいのだろうか。どうしたらこれから楽しく生きれるのか。
答えはもう決まっていた。
オーケストラ部に入部して、ヴァイオリンをがむしゃらに演奏してコンクールに出て……青春する。
明日の仮入部…絶対オケ部に入るんだ。
突然、お父様から変なURLが送られてきた。
そこはどうやら”青海高校”っていう学校の公式ホームページだった。
それとセットにメッセージも来ていた。
『お前がいるところでいいのは青海高校だ。そこのオケ部に入るといい。俺も変にきつく当たってしまった。卒業するまでそっちに居なさい』
青海高校オーケストラ部……?ここに居て良い?
詩音………。やっぱ”ごめんね、ばいばい”で終わらせずに抵抗すればよかった。
此処に居場所なんてない…はずなのに。
『転校手続きもした。どうせ今野宿しているだろう。近くに青海ホテルがあるからそこに泊まりなさい』
まあ、野宿…だね。今はだけど。とりあえず今日は青海ホテルに行こう。どうせ制服とかセットはそこにあるだろうし。
ここから歩いていける距離だ。ちょうどいい運動にもなりそう。
少し複雑な感情ながら私は目的地――青海ホテルに向かった。
「朱音様、お待ちしていました」
ザ・高級ホテル感半端ない青海ホテル。ここも一条財閥が所有してい(るらしい)てセレブな人とご主人様が使う感のところっぽい。
「こちら、青海高校の制服、体操服などすべて入っております。部屋は902号室でどうぞ」
「あ、ありがとう……」
902って9階…最上階じゃん。ちょっと。スイートルームだし。
まあ、いっか!使っていいなら、ね!
「みなさん、おはようございます。今日はみんなに転校生を紹介します。入ってちょうだい」
転校生か…。高校に転校生って、そうそうないよね。みんな遠距離通学の方選ぶみたいだし……。
「じゃあ、名前と一言!よろしくね」
「はい」
朱音……!?いやいや、似てる人とか双子のお姉さんか妹かもしれないし!!
名前、だよね……?やっぱ。(?
「一条朱音です。一言…特にないです。よろしくお願いします」
必要最低限のことだけ言った朱音は綺麗に一礼をした。
やっぱ、朱音だ。一条朱音。一条財閥のお嬢様。
「転校生、美人~お前と違ってなぁ?詩音?」
「うっさい。性格が違うんだよ」
このからかってウザいヤツは唯一の同中、三島だ。
この通り、女に弱い。
「なんかクール感があって清楚で……可愛い。襲いたい」
気持ち悪いけど同感できる。クールで清楚で美人だもん。
てか、どこからその制服どもは出てきた。一条財閥こわー。
「詩音…ごめんね……」
「朱音……後でゆっくり話そう」
「んなっ!!お前、知り合いかよ!!先越されたァァ!!」
「先越されたもクソもないでしょ」
「はーいそこ静かに!ホームルーム始めるよー!」
如月詩音。ケンカ別れした一条朱音と再会しました。
この制服…可愛い。白のブラウスに、紺色の斜めに白線が入ったネクタイ…そして薄いグレーのベストに濃いグレーのミニスカ。これがもう、私が思う”JK”に近かった。
転校か。小学校でも中学校でもしたことがないから少し緊張する。
どんな性格で行こうか。ギャル?クール?優等生?それとも、お嬢様?
その答えは決まっていた。もちろんクールしか勝たん。
多分一番私に近い性格だと思った。
「みなさん、おはようございます。今日はみんなに転校生を紹介します。入ってちょうだい」
入室の指示があった。ふー……やっぱ緊張する。
勇気を振り絞って扉をガラガラッっと開けた。
うわ。同じ服着てる人がいっぱいいる。まあ当たり前か。制服だもん。
あれ…詩音……?そっか、詩音って青海高だった。前助けた時。
寄りによって同じクラスとか。気まずいって。
「じゃあ、名前と一言!よろしくね」
「はい」
まあ、同じクラスなら無理に距離が生まれることはないのかな?いや、あるのか……?
どうでもいいや。
「一条朱音です。一言…特にないです。よろしくお願いします」
こうして私の転校生活が始まった。
昼放課。人生で一番気まずい昼放課な気がする。
「朱音ちゃんって、どこから来たの?」
「それって言う必要ある?」
「え?わ、私はただ朱音ちゃんと仲良くしたいだけで……」
「ああ、そうゆうこと?私、は……」
どこから来たのか。『家出でーす』なんて言えたもんじゃない。
詩音…助けて……!
「ねえ、朱音困ってるでしょ?やめなよ」
「ご、ごめん…ただ私は……」
「迷惑」
「ごめん……」
詩音がこんな睨みつけるところ、初めて見た…。
「朱音、行こ」
「う、うん…」
「何よ、あいつ(ボソッ」
「で、朱音。なんでここに転校してきたの?」
「お父様から勝手に此処に転校手続きされて、ほぼ強制的で……」
「違う。そうじゃないって。もう、心配したんだから、さ………泣」
「し、おん……?」
「心配したじゃん!!そんなすんなり家出てくとか聞いてないし!!」
泣いて怒鳴りながら私の胸辺りを殴ってくる。
そして、力尽きた彼女はしゃがみこんで、掠れた声で言った。
「あんだけ私は、朱音のことが好きなのに……誰かと話してるの見るの、嫌だよ………ッッ」
「……っえ?」
詩音が、私のこと…好き……?
いやいや、そんな大げさだって。”異性”としてじゃなくて”友情”としての”好き”だよね…?
でも、もしも。詩音が”異性”として私のことが好きだったら、どれほどいいのだろうか。
一緒に暮らして、一緒に学校に行って、休日はデートでどっか遊びに行って……。
いいことしかない気がする。
「だから!私は!!朱音のことが好きって言ってるじゃん!!!」
「す、好きって……?」
「朱音のことが一人の女の子として好きだし、一緒に好きなことしてもう朱音の全部全部私のものにしたい!!」
「詩音にとって好きなことって、なに……?」
「私、元々ヴァイオリンやってて……青海高校にオケ部あるって聞いたから、入ろうっと思ってて……」
「なんで言ってくれなかったの!?」
「え?だって…やってただから……」
「だったら一緒にオケ部入ろうよ!一緒に好きなことしようよ!!」
「い、いの……?」
「うん、いいの!これが私にとっての”青春”だと思うから!」
「あ、ありがと……」
「仮入部って今日からって聞いたけど、今日から行く?」
「う、うん………!!」
「あ、早く教室戻ろ?お弁当食べる時間ない____」
「あ、あのさっきの質問……」
「質問?なんてあったっけ?」
「だ、だから…朱音は私のこと、どう思ってるの……?」
「あ、え、っと……」
確かに私は詩音のことが好き。でもそれが”異性”として好きかは分からない。
そもそも”恋愛感情”が分からないから好きになれない。
もし、このまま自分を偽って『好きだよ』って言ったらどうなるか。
自分が辛くなるし、詩音がそれを知ったら悲しむ。嫌なことしかない。
「私、あまりっていうか殆んど恋愛感情分からなくて、今まで恋したことなくて…確かに詩音に対する”好き”って気持ちはあるけど、それが恋愛感情かは、分からない。だから…期待に沿えない、かも……」
「……ッッ、そっか、、笑」
「ごめん………」
「仕方ないよね、恋愛感情知らないのは、仕方ないよ、ね……ポロッ」
「た、たとえ恋愛感情が分からなくてもこれからもずっと一緒だし、もしかしたらまた一緒に暮らせるかもだし……」
なんてことを私は言ってしまったのだろうか。口を塞いでも発言の取り消しは出来ない。
「詩音、ごめん……」
「ううん、いいの。朱音の言ってることはごもっともだし、また一緒に暮らせるのを目標にするし、なによりも……」
「なによりも…?」
「朱音が恋愛感情を持ってるか持ってないかなんて関係ない。いつか思いっきり振り向いてもらうんだから!覚悟してて!!」
「え?うん?分かった…?」
「あー絶対分かってないやつだけどまあよし」
キーンコーンカーンコーン
「お弁当食べれなかったじゃん…」
「ごめんよ~~…」
「反省してないでしょ」
「まあね笑」
「ねえ、屋上でサボろ!」
「えぇ、転校初日にサボりはキツいって……笑」
「まあいいの!!早くお弁当持って屋上行こ!!」
「まあいっか!早く行こ!」
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