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あの事件から3年────
東京の片隅にある、薄暗いネットカフェ。その一室は隣の部屋と簡易的な仕切りで隔てられているだけのものだったが、そこがチョモと砂鉄の今の住処だった。
当時12歳だったチョモは、中学に進学した後、砂鉄と共に島を出て、親と縁を切った。チャンネルで稼いだ汚い金は使いたくない。そう思い、日雇いで人と会うことが少ない仕事をお互いにこなしながら、食いつないでいる。
夜も更け、周囲のブースからは、ゲームの電子音や、誰かのいびきがかすかに聞こえてくる。チョモは、狭いブースの椅子に座り込み、膝を抱えていた。
昼間の日雇いバイトで疲弊した体は重く、心もまた、過去の記憶の重みに沈んでいた。眠ろうとしても、あの日の記憶が目に焼き付いて離れない。
「…チョモ」
後ろから、砂鉄の声が聞こえてきた。
「起きてたの」
チョモがそう返すと、砂鉄は少し身体を起こしてこちらを見た。砂鉄の疲れた顔が見える。
「うん。なんか、寝付けなくて」
砂鉄は、そう言いながら、上半身を起こし、チョモの方に近づいた。二人の間には、言葉にはならない、疲労感が流れていた。身バレするんじゃないかという不安、生活の不安、あげたらキリがない。まだ当時の傷も癒されてない。
「また、あの時のこと、考えてたの?」
砂鉄が尋ねた。彼の声は、いつもどこか諦めを含んでいるが、チョモを気遣う優しさが滲んでいた。
チョモは、小さく頷いた。あのふるはうす☆デイズの記憶は、彼らを常に追いかける影のようなものだった。
「…うん。あの頃の夢、よく見るんだ。チャンネルの存在がわかった瞬間とか、凛子の葬…」
チョモの声は、震えていた。「葬式」とはっきりいうとさらに鮮明に記憶が蘇るような気がして言えなかった。砂鉄は、何も言わずに、ただ肩にそっと手を置いた。その温もりが、チョモの心を少しだけ落ち着かせる。
「俺も、たまに見るよ。あの頃は、俺たち、ただの道具だったからな」
砂鉄の言葉は、チョモの心を深く抉るようでもあったが、同時に、自分だけが苦しんでいるわけではないという、わずかな安堵も与えてくれた。
「…いつになったら、この呪縛から解放されるんだろうな」
チョモがそう呟くと、砂鉄はふっと笑った。自嘲的な、しかしどこか諦めにも似た笑いだった。
「さあな。でも、少なくとも、俺たちはもう、あの島にはいない。あの親たちの言いなりにもなってない。それだけでも、十分だろ」
砂鉄の言葉に、チョモは顔を上げた。確かに、そうだ。僕たちは、あの地獄のような場所から、自らの意志で逃げ出したんだ。
「それに、俺たち、一人じゃないし。こうして、一緒に東京まで来たじゃん」
砂鉄は、そう言いながら、目尻が下がった優しい笑顔をみせた。彼の言葉は、チョモの心を温かく包み込んだ。お金はない。未来も不確かだ。だが、少なくとも、彼らにはお互いがいる。
「…そうだな」
チョモは、小さく微笑んだ。その笑顔は、まだ闇を抱えているが、そこには確かに、砂鉄という存在が与えてくれる、かすかな光が宿っていた。ネットカフェの薄暗いブースの中で、二人は寄り添い、静かに夜が明けるのを待った。
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