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休憩スペースの簡易ソファに腰かけ、くられは膝の上に広げた本に目を落としていた。ページをめくる手先は静かに動き、表情には穏やかな集中の色が浮かんでいる。肩の力は自然に抜け、体の緊張もない。ツナっちはその横で少し距離を置きながら、くられの姿を静かに見守っていた。
外は冬の冷たい風が吹き、窓の隙間から少しだけ室内に入り込む。休憩スペースの空気は冷え込んでいて、ツナっちは思わずブランケットを手に取った。手を少し握り直し、くられのもとへそっと歩み寄る。
「先生、風邪ひきますよ。これ、かけてください」
くられはページから目を離さずに、軽く肩をすくめるようにして答えた。
「大丈夫だよ」
その声には自然な落ち着きがあり、無理に安心させようとするニュアンスはない。ツナっちは少し肩の力を抜き、膝にそっとブランケットを広げてかけた。くられは手元の本を持ち上げ、ゆっくりとページをめくりながら、かすかに微笑む。
「寒くないですか?」
「うん、平気だよ」
くられの声は軽く、柔らかく響いた。ツナっちはブランケットの端を軽く整え、手を離す。微かに揺れる布を見つめながら、心の中で安堵する。あの時のことを思い出さずにはいられない――倒れたくられを支え、冷たくなった手に触れたあの瞬間。体調が戻ってからも、ふとした手元の動きや小さな揺れに、無意識に注意が向いてしまう自分に気づいた。
くられはページを読み続け、手元も揺れず、呼吸も落ち着いている。午後の日差しは差し込まない時間帯だったが、室内の照明と、静かな空気が二人を包み込む。ツナっちは背中越しにくられの肩のラインを見つめ、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
時折、くられの指先がページの端を押さえる小さな動きに目をやる。確かな動き、穏やかな呼吸、微かなページをめくる音。どれも、あのときの不安が遠くに感じられるような静けさだった。ツナっちは心の中で静かに呟く。
――大丈夫、先生。ほんとに大丈夫だ。
くられは本に没頭しつつも、目の端でツナっちが見守っていることを感じているのか、時折小さく微笑む。静かな呼吸のリズムと本をめくる音だけが、この一瞬を満たしていた。二人の間には言葉は少なくても、落ち着いた安心感が流れている。午後の冷たい風を避けたブランケットの温もり、そして互いの存在のささやかな支えが、ゆっくりと時間を刻んでいく。
くられはページを閉じ、ソファの背もたれにもたれかかる。その姿を眺めるツナっちは、静かな笑みを浮かべる。過去の不安も、手元の小さな揺れも、今はただの背景に過ぎない。穏やかな日常の一コマ――研究室の片隅で、二人だけの静かな時間が、静かに流れ続けていた。