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17 - 春光のささやき(🐟×🦊)

2025年11月21日

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研究室の窓の外には、ほのかに花の香りを運ぶ風が流れていた。

昼下がりの光が器具や書類の間をやわらかく照らし、空気には静かな温もりが漂っている。

くられは机の前で資料を並べ、静かに湯を沸かしていた。


その姿を見ながら、ツナっちは自然と微笑んでいた。

「先生、また寝てないんじゃないですか? ちょっと顔色悪いですよ」

「ん? あぁ……少しだけね。でも、もう片付くから大丈夫」


くられは手元の紙を整えながら、小さく笑った。

その声音が柔らかくて、ツナっちはなぜか胸の奥が温かくなる。

何も言わず、机の端に積まれた書類を揃えはじめると、

くられがふと顔を上げた。


「助かるよ、ツナっち」

「いえ、別に。見てると気になっちゃうだけです」


ほんの短いやり取り。

それなのに、研究室の空気が少しだけ近づいた気がした。


湯の音が落ち着き、くられがポットを手に取る。

「ちょっと一息つこうか。緑茶でいい?」

「はい。先生が淹れるお茶、好きなんですよ」


くられはわずかに驚いたように目を瞬かせ、ふっと笑みをこぼした。

「それは光栄だな」


二人分の湯呑みに、淡い湯気が立ち上る。

その香りが静かに広がり、春の風と混じって研究室に溶けていった。


「外の桜、そろそろ散り始めてるみたいですよ」

「そうなの?」

くられが窓の外に目をやる。風に乗って花びらが流れ、

光の粒と混じるように宙を舞っていた。


「もったいないですよ。せっかく綺麗なのに、ずっとここにいたら見逃します」

「ふふ、そうかもしれないね」


くられは湯呑みを置き、ほんの少し迷うように視線を窓の外に向けた。

ツナっちはその横顔を見て、小さく笑う。


「行きましょうよ。少しだけ」

「……そうだね。じゃあ、少しだけ」


外に出ると、春の空気が頬をなでた。

くられが一度まぶしそうに目を細める。その仕草が、驚くほど穏やかで。

ツナっちは思わず声をこぼした。


「先生って、こういうとき、すごく柔らかい顔するんですね」

「そう?」

くられは少し照れたように笑う。

「春のせいだよ。きっと」


ツナっちはその言葉に微笑み、

風に舞う花びらの中で、指先が先生の袖の端にかすかに触れた。

すぐに引こうとしたが、くられは気づかないまま、

淡い光を見上げていた。


――この人は、春みたいだ。


ツナっちは胸の中でそう呟きながら、

もう少しだけ、この並んだ影が続けばいいのにと静かに思った。

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