テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ちゃのざき
かわそ🍼💙 ☁️💫
3,048
D a i ©
556
遠くから走ってくる、必死な足音。
僕の名前を何度も、何度も呼び続ける声。
けれど、深い闇の底へと沈んでいく今の僕には、その声すら届かない。
冷たい恐怖に全身を支配されて、ただ身体を小さく丸めて震えることしかできなかった。
次の瞬間、背後から強い力で抱きしめられた。
――こわい。
耳元で、誰かが必死に何かを叫んでいる。
だけど、自分の激しい心音のせいで、何を言っているのかまったく聞き取れない。
ただ、大きな雑音が鼓膜を容舎なく叩きつけてくるようで、パニックがさらに加速していく。
まるで自由を奪われ、拘束されているかのような恐怖。
耐えかねた僕は、狂ったように身体をねじり、その手を必死に弾き飛ばした。
「、嫌……っ、や、めて……!!!……」
必死にその手から逃れようとするのに、足がすくんでうまく動いてくれない。
いつの間にか靴が脱げ、足裏に鋭い痛みが走って血が流れるのも構わず、僕はただ、その手から必死に逃げ惑った。
けれど、どんなに足掻いても暗闇は僕を逃がしてはくれなくて、すぐに後ろから力強く捕まってしまう。
また……?
やだよ、こわい、助けて……!
「……ご、めん……なさい……ごめ……ん……さい……やめ、て……」
暗闇に向かって、何度も、何度も、声を枯らして許しを請う。
涙で視界が歪み、息の吸い方すら分からなくなっていく。
その時、僕を拘束していたはずの腕の力が、ふっと優しく変化した。
「……ゅう、!!……だ……じょう……から、!!」
……あれ……?
鼓膜を容赦なく叩いていた雑音の奥から、聞き覚えのある響きが滑り込んでくる。
「じゅう!! 俺やから!! 舜太やから!!!」
耳元で、記憶の一番温かい場所にある、あの優しい声が響いた。
しゅん……た……?
張り詰めていた身体の糸が、ぷつりと切れたように、すっと力が抜けた。
「じゅう……大丈夫、大丈夫やよ!!!ごめん、驚かせてごめん。大丈夫やからな、もう大丈夫や……」
目の前には、ボロボロと大粒の涙を流している彼の顔があった。
ずっと僕の名前を叫び続けてくれていたのだと、掠れきったその声を聞いて、初めて気がついた。
「……ごめ、……俺……っ……」
恐怖から解き放たれた安堵と、申し訳なさで胸が詰まる。
「なんで謝るん?なーんも謝ることないで?大丈夫やよ、じゅう」
その腕は、ひどく取り乱して今にも粉々に壊れてしまいそうな僕を、この世界にしっかりと繋ぎ止めるように、強く、深く、抱きしめていた。
僕は彼の胸に顔を埋めたまま、子供のように声を上げて、ただ泣きじゃくることしかできなかった。
どれだけ時間が経っただろう……。
風で木々が揺れる音が聞こえるくらいに辺りは静まり返っていて、僕の呼吸も、ようやくいつものリズムを取り戻しつつあった。
冷たい地面から離れようと、なんとか立ち上がろうとする。
けれど、身体にはまったく力が入らず、情けないほど無様にその場にへたり込んでしまった。
「ほら、じゅう。おんぶしたるから」
僕の様子にすぐ気づいた彼が、汚れてしまった僕の浴衣をそっと優しく手で払ってくれる。
そして、僕の前に回り込み、大きな背中を向けてぽつんとしゃがみ込んだ。
「ほら、おいで」
促されるまま、僕は彼の背中にそっと身体を預けた。
彼は僕を軽々と背負い、一歩一歩、地面を踏みしめるような確かな足取りで歩みを進めていく。
もう二度とあの暗闇に引きずり込まれないように、彼から二度と離れてしまわないように。
僕は後ろから彼の首に腕を回し、ぎゅっと必死に抱きついた。
「じゅう、軽いなぁ」
静まり返った夜道に、舜太の少し寂しそうな声が優しく溶けていく。
「……そう?」
「こんな細くて……ほんま心配になるわ」
「大丈夫だし……しゅんだって、細いじゃん」
少しでも彼を安心させたくて、掠れた声で小さな軽口を返してみる。
「あほー!! これでも一応、ちゃんと筋トレしてるんさ!」
背中越しに、彼の胸が小さく震えて笑うのが伝わってきた。
確かに、衣服越しに触れる彼の身体は、しなやかなのにどこかがっしりとしていて、僕のそれとは全然違っていた。
「いいな……僕も、強くなりたい……」
自分を自分で守れるくらいに。
彼をこれ以上、心配させないくらいに。
そうぽつりと溢した僕に、彼は歩調を緩めることなく、前を向いたまま穏やかな声で言った。
「そうやな〜。でも、俺がじゅうを守ったるから。無理に強くならんでもええんよ?」
「、でも……」
「大丈夫。俺がいるから、な?」
何にも大丈夫じゃないって、自分でもちゃんと分かっている。
それでも、僕を背負う彼の背中があまりにも大きくて、お互いの境界線からじんわりと伝わってくる体温がどうしようもなく心地よくて。
今はただ、その甘い言葉に全部甘えてしまいたくなった。
「ん……ありがと」
「うん……」
僕の小さな呟きに応えるように、舜太は僕を落とさないよう、お尻を支える腕に少しだけきゅっと力を込めてくれた。
そのどこまでも優しい温もりに包まれながら、僕たちの重ね合わせた影は、温かい明かりの灯る旅館の部屋へと向かっていった。
to be continued………
コメント
4件

気づかない内にめっちゃ投稿してくれてる、!!よかった見つけてくれて😭!!