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ちえはいい子なのです。 晩ごはんのときはお皿を出してお手伝いします。

かけっこではいつも1番をとります。

ママのお腹が大きくなって、パパも病院に行ってしまって一人になっても泣きません。

ちえはとってもいい子です。


「…うん、でもね…?」


はい。


「……好き嫌いは、良くないかな…」


そう言うのは、ちえより3回りくらいおおきなおじさんです。 『ばあこおどはげ』なる頭に、先っちょのまぁるい角が生えています。ピンク色のふわふわのスカートの上には入りきらなかったお腹をのせていて、背中にはちょうちょのような羽までありました。

ちえは今食卓に座っていて、机の上には空っぽのお皿と開けられていない納豆があって、そして向かいに座っているそんなおじさんとお話をしています。

今朝、パパはあわてて病院に行きました。ママが大変らしいです。ちえも行きたかったけど、今はパパを困らせちゃうと思って黙っていました。ちえは空気の読める子です。

いってらっしゃいをしたあと、朝ごはんを食べようと思って食卓につきました。そしてご飯やお味噌汁のはしっこにあるものを見て思わず「げぇ」と言ってしまいました。

そこには納豆がありました。ちえは納豆が嫌いです。息を止めても嫌いです。

とりあえず他のやつは全部食べましたが、一つ残った納豆がすごくじゃまです。でもちえはかしこいので、とても良いことを思いつきました。パパもママもいないなら、 捨てちゃってもバレないということを。ちえはいい子だから、そんなちえが嫌いな納豆はきっと悪い子です。捨てても平気でしょう。

ちえがそう考えた、その時でした。

ピンク色の弾丸がリビングの窓を打ち破ったのは。

ちえはあんまりにびっくりして、さっきまで考えていたことも忘れて口を開けたままそれを見ていました。すると、やけにふりふりとしたピンクの塊がガラスの欠片をパラリと落としながらゆっくり起き上がりました。

それは『ばあこおどはげ』と呼ばれる髪型の、めがねのおじさんでした。

ちえはまたびっくりしました。

ちえが黙っていると、おじさんは静かにちえの向かいに座りました。でもまだちえが何も言わないので、おじさんはためらいがちにお話をはじめました。


「やぁ、ちえちゃん……おじさんはね、納豆の妖精さんだよ…」


ちえはまたまたびっくりしました。どうしてちえの名前を知っているのでしょう。

と、そこでさっきまでちえが何を考えていたか思い出してバツが悪くなってしまいました。きっとそれに怒ったに違いないとすぐにわかったのです。

おおあわてで弁解しました。こうして、1番最初に戻ります。


「好き嫌いは悪いことですが、嫌いなものは嫌いです」


ちえがそう言うとおじさんは眉毛を下げました。ちえはハッと、おじさんにきらいと言うのはだめだと、ひどいことだと気が付きました。


「ご、ごめんなさい、言い過ぎました」

「ううん、大丈夫だよ…ちえちゃんは、納豆のどこが嫌いなのかな……?」


どこが?……どこなんでしょう。ネバネバしているところ?でもちえはオクラは大好きです。困ってしまいました。なんだか不安になってきます。どこも思いつかないなんて、ちえは本当は納豆が嫌いじゃ無いのかもしれない……。

いや、そんな事ありません。ちえはたしかに納豆が嫌いなんです。

そう、例えば……


「味にキレが無いところです」

「味にキレが無いところ!!?む、難しい言葉を知っているんだねちえちゃん………」


ちえは賢い子ですから。

そう言って胸を張ると、おじさんは目をぎゅっとつむってうなってしまいました。この勝負、ちえの勝ちですね。そう思っていると、おじさんがカッと目を開いて、


「納豆のネバネバは体に良いんだよ!食べないなんて良くないんじゃないかな!?」


と言いました。

どうだと言わんばかりにこちらを見てきます。ですが……


「なら、ちえは大好きなオクラを食べます。わざわざ納豆は食べません。」

「ぐあああああああああツツッ!!!」


おじさんは机に崩れ落ちました。まるでダイレクトアタックを受けたようです。いや、おじさんは精神ライフで受けたのかもしれません…この決闘を。ならばこの勝負、最後までやりきるのが流儀というものです。

生き残るのは、ちえです。

ちえが静かに覚悟を決めるのと同時に、おじさんがのろのろと顔を上げました。ちえは確信しました。最後の攻撃が来る…!

ちえが緊張していると、おじさんはぽつりと言いました。


「君は、お姉ちゃんになるんだろう…? お姉ちゃんとして、弟の手本にならなくちゃいけないんじゃないのかな…… 」

「……………」


そのとおりです。

ぐうの音も出ない、せいろんです。


「……まけ、ました………」


ちえはガックリと下を向きました。


「わかってくれたら良いんだ… 」


おじさんはホッとしたようににこにことしています。けれどちえの気分はちっともにこにこではありません。うらめしい気持ちを込めておじさんを見つめると、おじさんはちょっとびくっとしました。いいザマです。

おじさんはこほんとせきばらいして、


「さ、さぁこれからは納豆を食べるんだよ…おじさんとの約束だ」


とやさしく言いました。

しかし今のちえには、それより気になることがあります。


「ねぇおじさん」

「うん?」

「おじさんは、納豆が嫌いな子のところに出てくるのですか?」


そうきくと、おじさんは少しむずかしい顔をしました。


「う〜ん……と、いうよりは、 納豆を食べない子、かなぁ……」

「じゃあちえ納豆食べません」

「えぇ!?」


だって。

パパもママも、最近はいっつもお腹の中の弟のお話ばっかり。ちえのことちっとも見てくれない。ちえはいい子だから、わがままは言えないし言いたくない。……けど、さびしい…。


「……だから、おじさんがちえのことしっかり見てくれてとっても嬉しかった。弟が生まれたら、パパとママはもっといそがしくなるんだって。ちえ、今よりもっとさびしくなっちゃうんだよ。だから……」


……おじさんにまた来て、こうしてちえとお話してほしいの。

おじさんは下を向いたまま黙ってしまいました。

やっぱりわがままなんていっちゃだめなんだ、おじさんに嫌われちゃったらどうしよう、とちえは怖くなりました。

涙がこぼれちゃうな、と思った時、おじさんが勢いよく自分の角を引きちぎりました。

ブチィッという音が静かなリビングにひびきわたります。

びっくりのあまりに、ちえの涙は引っ込んでしまいました。

何を言えばいいのかわからなくてただオロオロするちえの手に、おじさんは席を立って、角をぎゅっとにぎらせてきました。ちえには意味がわかりません。


「お、おじさんこれは…?」


と聞くと、


「…自責の念だよ……」


とかえってきました。じ、じせきのねん、ですか。

おじさんがふいにしゃがみこんで、あいかわらず意味がわからないちえの肩をつかみます。そして、


「……ごめんね」


それはいつか、パパとママがちえに言ったものととても似ていました。 そういえばあの時も、こうやって肩をつかまれた覚えがあります。その手から必死さが伝わってくるのです。だからちえはわがままなんて言えない。パパとママが、本当はちえとも向き合いたいと思っていることがわかるから。

この時のおじさんからも、それに似たけはいを感じました。


「君の気持ちも知らずに、お姉ちゃんとしてなんて言って…… ごめん」

「……いいんです。ちえだって、すてきなお姉ちゃんになりたいですから」


ちえが笑ってそう言うと、おじさんは手をはなしてちえの目をしっかりと見つめてきました。その目には、つよい決意の光があります。


「ちえちゃん、おじさんは絶対ちえちゃんにまた会いに来るよ。約束する。だから、納豆を食べてくれないか」

Γ…約束ですよ…… 絶対ですよ」


おじさんはやさしくほほえんで、ゆっくりうなづきました。そしてゆびきりげんまんをして、ちえとおじさんは約束しました。

ちえは納豆を食べる。おじさんはちえに会いに来る。

ちえはその約束を誰にも言わないでいようと決めました。ちえだけの大切な宝物にしよう、と決めたのです。

そうして数日後、ちえはお姉ちゃんになりました。


「なぁなぁ姉ちゃん、納豆も買っていこうぜ」

「はぁ、また!?本当に納豆好きなんだから……まだ家にあるでしょ」

「今朝食べきったよ! 姉ちゃんだって別に嫌いじゃないだろ?」

「いや嫌いだよ」

「えぇ!?」

「でも食べるよ」

「ふーん……ま、約束したもんなぁ」

「そう、約束s………


…………えっ?」

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