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ルナとマリアがそれぞれの能力を駆使し、スウォームフライの群れと激しい戦闘を繰り広げる中、
守はただ呆然と立ち尽くしていた。火炎放射の轟音と、肉が焼ける異臭、
そしてけたたましい羽音が入り混じる非現実的な光景に、彼の全身は恐怖で固まっていた。
その時、母体の周囲にいた巨大なスウォームフライが一際大きな奇声を上げ
空気を震わせた。そこにいたのは、通常のスウォームフライとは比べ物にならない、
数倍もの大きさを持つ巨大な怪物だった。その体は、岩石か金属のような、分厚く硬い
外殻に覆われ、無数の赤い目が不気味に光り四枚の羽が猛スピードで羽ばたいて風を巻き起こす。
「ルナ、注意して!そいつは母体を守るガーディアンだ!」マリアが警告する間もなく、
巨大なスウォームフライが地面を強く踏みつけながら前進し、ルナに向かって突進してきた。
ルナはギリギリでその攻撃をかわし、素早く反撃しようと武器を構える。
しかし、相手の外殻はまるで鉄壁のようで、刃が弾かれる音が響いた。
「くっ……硬すぎる!」ルナが短く叫ぶ。
マリアも火炎放射でガーディアンを狙うが、熱い炎を浴びてもその外殻はわずかに黒ずむ程度で、
致命傷には至らない。ガーディアンは怒り狂い、さらに勢いを増して暴れ出した。
「フク!あんたも戦え!周りのスウォームフライを撃ち落とすんだ」
目の前で繰り広げられる非現実的な光景――怒り狂う巨大なスウォームフライとそれに
立ち向かう二人――に圧倒され、全身が恐怖で固まっていた。
頭の中に、小百合の姿が浮かぶ。助けなければ。しかし、その思いは、
彼を奮い立たせるのではなく、むしろ冷めた、諦めにも似た考えを呼び起こしてしまった。
どうやって?自分に何ができる?あの怪物相手に、こんな素手同然の自分が、一体何を?
無力感が、守の心を支配し、彼の足は地面に縫い付けられたままだった。
「……む、無理だよこんなの・・・」
小百合との出会いが脳裏に蘇る。出会い系サイトで知り合った彼女は、ただお金が目的だった。
自分を必要としてくれたのではなく、単に利用しただけ――そう思うと、体の震えは恐怖だけではなく、
虚しさにも起因していることに気づいた。
「……だいたい、ボクがここまでしなきゃならない理由なんてない。
それに、ボクはこんなヒーローみたいなことをするタイプじゃない。
ずっと誰とも関わらず生きてきたんだし……」
そうだ。これが自分だ。誰かを助けるために危険を冒すような、立派な人間ではない。
今までずっと、そうやって生きてきた。これからも、そう生きるべきだ。
守は震えながら、ゆっくりと後ずさりをした。
そして、逃げるための一歩を、ついに踏み出した。足元に転がる瓦礫が、小さく音を立てた。
「バカ野郎!!!」
マリアの怒声が、鋭い刃のように守の背中を突き刺した。
彼女の声には怒りと失望が混じり、まるでその場の空気すら振動させるようだった。
「逃げるのか?お前は小百合を救いたいって言ったんだろうが!」
その一言が守の心を抉った。そして、足が止まった。だが、彼の頭の中にはまだ、迷いや恐れが渦巻いていた。
守は目に涙を浮かべながら叫んだ。
「無理ですよ!ボクはマリアさんたちみたいに強くないんだ!!助けたくても、体が動かないんです!」
その声には絶望と自己嫌悪が混じっていた。立ち尽くしたまま震える守の姿に、
マリアは顔をしかめ「これだから男は役に立たないんだよ!」といい攻撃を続ける
そして、ルナが守に視線をむけた。冷たい、何もかも見透かすような、そして失望の色を帯びたその視線に、
守は心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われたがルナの目を見ることはできなかった。
「ル、ルナさんごめんなさい、ボクやっぱりできないよ・・・」
震える声で、謝罪と自身の限界を告げる言葉を絞り出した。
目の前の光景はあまりにも非現実的で、自分には対処できない。そして、何よりも、戦う理由を見いだせない。
次の瞬間ールナの目が、暗闇の中で鋭く、強く光った。
ルナが右手を上げ、その目に、何かが集束していくような気配を感じる。
「ルナさん、いったい何を?」守にはわからなかったが、
マリアが、ルナの行動に気づいて慌てた声をあげ顔にゴーグルをした
「うわっ、それまぶしいから急にやめてよ!」
そして、その直後だった。
辺り一帯が、一瞬にして強烈な白い光に包まれた。マリアの火炎放射の炎も、
その光の洪水の中に飲み込まれ、霞んでしまう。何もかもを洗い流すかのような純粋な白色が、
視界全てを埋め尽くした。
「うわ!!眩しい!!」
強烈な光を浴びて、周囲のスウォームフライの動きが一気に鈍くなった。
狂気的な勢いで羽ばたいていた無数の羽が、まるで機能不全を起こしたかのようにゆっくりになり
その奇妙な羽音もか細いものへと変わる。ガーディアンも動きを止め、巨大な体が光の中でぼんやりと浮かんでいる。
光の中でルナは迷わず守に近づいた。守はその気迫に圧倒され、反射的に身構えた。
「ひっ!」
「今すぐ逃げろ。」ルナは短く言い放った。
「え?」守は呆然としながら問い返した。
「これは長くは続かない。早く、ここから離れるんだ!」
逃げられる。その思いが、恐怖と混乱に支配された脳裏に一筋の光のように差し込む。
「は、はい!」守は半ば反射的に駆け出そうとした。その時、ルナが低く警告を付け加えた。
「小百合がモンスター化していても、絶対に近づくな。」
その言葉に守は一瞬足を止めた。
「小百合さんが……」
走り出しながら守はその言葉を反芻(はんすう)する。もし小百合が完全にスウォームフライになっていたら、
マリアとルナは容赦なく彼女を殺すだろう。その残酷な事実に気づき、胸が締め付けられるようだった。
「でも……もう僕にはどうすることもできない……」
守は自分を叱咤(しった)しながら走り続けた。
だが、焦りと混乱の中で足元の瓦礫に気づかず、思い切りつまずいた。
「うわっ!」
バランスを崩し、前のめりに転倒する。激しい痛みが手と膝に走った。
転んだ勢いで、ポケットに入れていたスマホが飛び出し、乾いた音を立てて床に転がる。
「痛っ、手が……膝も……」
守は痛みに顔をしかめながらスマホを拾おうと手を伸ばした。その時――。
手の甲に、ねっとりとした粘液がボタボタと落ちてきた。
「……え?」
恐る恐る上を見上げた守の目に飛び込んできたのは、半分スウォームフライ化した小百合の姿だった。
「!!」
小百合の体はまだ人間の面影を残しているものの、その顔には昆虫の触覚が生え、
目は赤く光っていた。腕や脚は変形し、昆虫のような節が目立つ。守は息を呑む。
そして、その小百合の背後には、無数のスウォームフライが闇に浮かび上がるように姿を現し、
守をじっと見つめていた――。