宇宙、天文学で距離を現す単位は光年。これは光の速度で1年かけて進める距離で、kmで現したら9兆4600億km。スケールが大きすぎてイメージが難しいよね。
でも、これが宇宙で一般的に使われる単位。それだけこの宇宙は広いんだ。
幸い距離の感覚は惑星アードも地球と同じで、此方では1光年を1パースと呼ぶ。
で、地球があると思われる場所は銀河の反対側。ここが本当に天の川銀河だとするなら、直径は10万パース。
つまり10万光年あるんだよねぇ。当然反対側となれば地球は惑星アードから10万光年彼方にある事になるんだ。
私が光の速度で移動したとしても10万年掛かる距離だよ。いくら長命なアード人でもそんなに長生きは出来ないし、何よりそんなに時間が掛かったら地球の文明が残ってるかも分からない。
これには絶望したけど、その問題はあっさりと解決した。
「距離の問題なら心配しなくて良いわよ。宇宙開発が活発だった時代に、ワームホール転送装置を銀河のあちこちに配置してるみたいよ」
お母さんの何気無い言葉が私の心配を吹き飛ばしてくれた。
ワームホールとは点と点を直接結ぶトンネルみたいなもので、どんなに距離が離れていても短時間で移動できてしまう場所。
宇宙開発最盛期に重力の研究に転移魔法の理論を組み合わせて完成させたんだとか。科学と魔法の融合はどんな難題でもクリアしてしまうから凄いよ。
このワームホールを用いた転送装置を銀河のあちこちに配置したら、宇宙開発は一気に進歩したみたい。転移魔法の理論を応用した超光速航行可能な宇宙船もあるしね。
で、ここからが大事なんだけど地球があると予想されるエリアにも転送装置はあった!でも宇宙開発最盛期には地球を発見できなかったみたいなんだよね。
何だかんだで宇宙は広いし、天の川銀河だって数千億の恒星があるんだから全部を調べることなんて不可能に近い。
でもこれで距離の問題は解決できた。後は予想されるエリアを探索して地球を調べるだけなんだけど。
「残念だが、調査隊を派遣する予算はない。諦めたまえ」
私の探索計画は、宇宙開発局のザッカル局長から予算を理由に拒否された。威厳ある喋り方してるけど、見た目は二十代半ばのイケメンなんだよなぁ。どうでもいいか。
「そんな!どうにかなりませんか!?」
「君の情熱は買うが、こればかりはな。政府も今さら宇宙開発に予算を付けたりはしないだろう」
そう、今のアード政府は宇宙開発に消極的だ。宇宙開発局だってかつての遺産を管理するだけの組織と見なされてるし、当然予算も少ない。
最盛期に遭遇した最悪の存在は、アード人に強い警戒心を育ててしまった。
けど、今の緩やかな滅びへの道は惑星アード内部じゃ解決するのは難しい。危険を冒しても外部との交流が、強い刺激が必要なんだ。
「では局長、私一人なら問題ありませんよね?お金も掛かりませんし、小型の宇宙船一隻だけで事足ります」
私の提案にザッカル局長は怪しむように私を見た。
「正気かね?確かにそれならうちの余剰した予算でも可能だが、君一人で?ティアンナ女史が許すとは思えんが」
「母は私が必ず説得して見せます。だから局長、お願いします!私を行かせてください!」
「ううむ……」
ザッカル局長も悪い人じゃない。このままじゃアード人は滅びるだけだってこともちゃんと理解してる。その為にもう一度宇宙へ飛び出す必要があることも。
「ティアンナ女史の説得が出来たなら、計画を許可しよう。ただし、今は人員を回す余裕すらない。本当に君一人でやって貰うことになる」
「覚悟の上です」
私はそのままお母さんの研究室を訪ねた。幸いお母さんは一息吐いてたから、休憩時間なんだと思う。だから手短に計画についての話をした。
「銀河の反対側、三年前からよね?あそこにティナを引き付ける何かがあるのね?」
お母さんは直ぐに私の目的を聞いてきた。でも、いくら魔法の世界と言えど死者は蘇らないし、惑星アードには転生なんて概念すらない。どうやって説明すれば良いか悩んでいると、お母さんは優しげな笑顔を浮かべた。
「言いたくないならそれでも構わないわ。貴女が求めるものがそこにあるなら、行きなさい。探求心を満たすのが学者の性よ」
あっさり許して貰えた。
「良いの?」
「ただし、定期的に帰ってくること。帰らなくても必ず連絡を入れること。これを守れないなら許しません」
「わかった、ちゃんと言い付けは護るよ。お父さんは許してくれるかな?」
溺愛されてる自覚はあるんだよね。
「私が説得しておくわ。助言をするなら焦らずじっくりと腰を据えて取り掛かること。ある程度絞り込めているみたいだけど、宇宙は貴女が考えているより遥かに広いの。それを忘れないで」
「うん。ありがとう、お母さん」
それから数日後、私はザッカル局長と一緒に外を歩いていた。
「政府から正式に探査の許可が出た。来なさい」
「はい」
ザッカル局長は翼を大きく広げて羽ばたき、私も同じように空へと上がる。
惑星アードでは浮遊した人工島がたくさんあって、空港や港なんかは全部人工島にあるの。広さが必要な施設だからね。そうすれば大地を圧迫しなくて済むんだよ。私達飛べるし。
で、一緒に飛んでるんだけど何故かドッグじゃなくてハンガーの方に向かってる。
「局長?そっちはハンガーですよ?」
「残念だが、小型とは言え艦船の使用は許可されなかった。今の私ではコイツを用意するのが精一杯なんだ。済まないな」
「嘘でしょ……」
通されたハンガーにあったのは、X型スターファイター。
見た目は、遥か彼方の銀河でドンパチしちゃう映画に出てくるライトサイドの有名な戦闘機に良く似てる。いや、むしろそっくりで、初めて見た時は◯ウィング!?なんて叫んだのは良い想い出……じゃなくて!
「局長、これスターファイターですよ?」
「そうだな、スターファイターだ。今となっては無用の長物だな」
「これで行けと?」
「“トランク”の使用を許可するから、それで我慢してくれたまえ」
「えぇ……」
快適とは程遠い宇宙の旅になりそうだね、これ。
「必要なものは全て収納してある。そして、管制局にも話を付けておいた」
ん?
「えっ、今すぐに出発ですか?」
「時間が惜しいだろう?ティアンナ女史の許可は貰っているから安心したまえ」
私の意思は?
「はーい……」
私は半ば憂鬱になりながらコクピットに座ってシステムを立ち上げる。ちなみに宇宙服はあるんだけど、魔法で短時間なら環境に適応できる。つまり真空だろうが活動できる。私は万が一があると怖いから宇宙服着るけどね。
で、アニメとかじゃ翼を消せたりするけど私達アード人にそれは無理。つまり畳まないといけない。背中も長時間背もたれに押し付けてると痛くなる。結構不便なんだよね。
システムを立ち上げていると、機械音声が聞こえてきた。映画のあっちじゃドロイドを積んでたけど、こっちにはこれが、まあつまり高性能AIのナビゲーターがついてくる。
『ごきげんよう、マスター。貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
うん、女の人の声だ。
「ティナだよ」
『登録しました。ようこそ、マスターティナ。これから貴女をサポートさせていただきます』
何だかくすぐったいなぁ。
「ティナで良いよ。堅苦しいのは苦手だしね。貴女の名前は?」
『私はナビゲーションAIです。名前はありません』
それだと寂しいかな。
「じゃあ、私が勝手に名付けても良い?」
『ティナの意思のままに』
おっ、名前で呼んでくれた。融通が効くタイプだね。それじゃあ……。
「貴女の名前はアリア。どうかな?」
前世で好きだったアニメの水先案内人の猫社長の名前から取ってみた。
『ありがとうございます。大変素晴らしい名前です。以後アリアと名乗らせていただきます』
「うん、よろしくね?アリア」
AIだろうと私の大切な相棒になるんだからね。
『では、ティナ。既に管制局からは飛行許可が出ています。早速出発しますか?』
「あはは、ちょっと慌ただしいけどね。行こっか、アリア」
宇宙へ!
『分かりました、ティナ。システムオールグリーン。出力正常。発進します』
次の瞬間、私は強いGを感じて背もたれに押し付けられた。翼が挟まって地味に痛い。そしてスターファイターは物凄いスピードでどんどん高度を上げていく。
「アリア!ちょっと痛いよ!」
『もう少し我慢してください、ティナ。間も無く大気圏を離脱します』
「もう!?」
まだ1分も経ってないよ!?
驚いていると、私は周囲の景色が変わったことに気付いた。それは前世で夢見て、そして叶わなかった光景。何処までも広がる星の海。たくさんの恒星の輝きに彩られた幻想的な世界。
『ティナ、どうされましたか?痛みが消えませんか?』
気付いたら私は涙を流してた。と言っても無重力だから水玉が出来ただけなんだけどね。
「ううん、感動しちゃって……よぉし!行こう!アリア!星の海へ!」
『はい、ティナ』
地球を目指して、この星の海を渡る!私の旅は、ようやく始まったばかりなんだから!
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