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#曽野舜太
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2,036
※モブ視点
ついに夢にまでみた、現場での初仕事当日。カメラマンを目指して入った業界であったが、まだアシスタントとも名乗れない未熟な自分は、今日はほぼ見学という形で現場に入らせてもらった。
雑誌の表紙撮影に加え、セットと衣装を変えて三パターン撮るらしい。撮影チーム全員で段取りを確認し、各々が準備に取りかかった。自分も指示に沿ってセットの運搬や小道具の準備を始めようとした、その瞬間だった。
芸能人ってのは纏うオーラも違うんだ、なんて。スタジオ入りしてきた二人を、そんなありきたりな感想を抱きながらぼうっと見つめていた。
そのうちの一人と視線が合った。慌てて頭を下げたが、くすくすと楽しそうな笑顔を見せながら徐々にこちらへと近付いてくる。
失礼をしてしまっていたのだろうか。変な顔になっていたのかな。そんなことを考えながら突っ立っていると、アシスタントの先輩が隣に立った。
「すごい若い子が居るなーと思って。フレッシュでいいですね」
「今日やっと現場の許可が降りたんで勉強させてます。仕事らしい仕事はこれからですけど、どんどんコキ使ってやってください」
「それ今のご時世だとパワハラって言われちゃいますよ。まぁよろしくお願いしますね。……頑張ってね?」
最後に俺の目を見て、キラキラした笑顔のまま彼は颯爽と打ち合わせに入っていった。
カメラの勉強ばかりしていた自分は芸能人についての知識に乏しく、少し偏見もあった。なのに彼は全く威張らず、寧ろ優しい口調で人当たりが良い。そんな印象を持った。
じっと彼の姿を目で追っていた俺の肩を先輩が叩き、携帯の画面を見せてきた。
「あの二人のグッズなんだけど、見て。ピンクのライオンと、黄色のウサギ。よく分かってるわぁ……ピッタリだよね」
さっき話しかけてくれた彼は、ウサギ。そして隣に立つ彼より身長の大きい男は、ライオン。それぞれの色はメンバーカラーだと先輩が教えてくれた。
「そろそろ撮影始めまーす」
スタッフの声によって一気に空気が変わった。セットの前に立つ芸能人の二人を見つめながら、これがライオンとウサギか、なんてぼんやり思った。
いや、今は勉強だ。しっかり学んで帰らないと。すぐに意識を切り替えた俺は、被写体の彼らではなくカメラマンの方に目を向けた。
「ごめん、これ届けに行って!」
セットチェンジのため二十分間の休憩時間が設けられていた。先輩や他のスタッフが任された仕事を進める中、手が空いていた俺は忘れ物を届けに彼らの控え室に向かっていた。
扉の前に立ち、ノックする。中から返事があり、部屋へと入る。
失礼します、と言いかけた声が止まる。
「しーっ」
ソファに座ったライオンと、その膝を枕にして眠るウサギ。ライオンの方が唇の前に人差し指を立てている。その姿に、俺はそれ以上声をかけられなかったのだ。
「ごめん、仁人寝てるから静かにお願い。持ってるの何?あぁ、仁人が飲みかけてたやつね。机の上置いといてくれる?わざわざありがとう」
囁くような小さな声で、彼は的確に指示をする。言われた通りに持っていたペットボトルを机に置いたが、なんとなく目が離せなかった。
ウサギのその無防備な寝顔を隠すように、彼は頭を撫でていた手をするりと顔の前に翳した。
「一応アイドルだから、あんまり見ないでやってね。昨日遅くまで収録だったから寝れなかったって仁人言ってたわ。まぁ仁人はすぐスタミナ切れ起こすし、こうやってこまめに休憩貰える方が今は有難いんだけどねぇ」
不躾な視線を投げてしまっていたようで、俺は素直に謝った。彼は薄く笑いながら首を振る。
「普段楽屋とかなら勝手に丸くなって寝てんだけどね。こいつ昔さ、泊まりに来た時俺の布団入ってきたんだよ。寂しいと人肌求めちゃうんだって。今もそうなっちゃったんかなぁ。自分では言わないけど、スケジュール的にもいっぱいいっぱいなんだろうな。……あ、まずい。えっと、忘れて?聞かなかったことにしてね。俺が後で怒られちゃうわ」
どこが失言だったのか分からないが、とりあえず俺は頷いた。
「君、さっき仁人が話しかけてた子でしょ?見てたよ。今日からなんだって?大変だね」
彼も気付いていたのかと思いながらも、少し言葉を交わす。撮る仕事と撮られる仕事で反対の立場にいながらも、目指すものは同じだ。いかに美しく映ることができるかと研究するのも仕事のうちなのだと、彼はそういった意識の話もしてくれた。
華やかで人を惹きつけるオーラを纏っている。でも、話してみれば人の良さや秘めた情熱も感じられる。
まさしく彼はライオンなんだ、と画像で見た小さなぬいぐるみを思い出した。
「ん、ぅ……?」
ライオンの膝枕で静かに眠っていたウサギが、もぞもぞと動き始めた。
ゆっくりと上体を起こし、彼の方に顔を向けている。いや、彼が手で頬を包み込んでいるから、強制的にそちらを向かされているという方が正しい。かけられていたブランケットがはらりと床に落ちそうなところで、彼が再度かけ直す。今度は俺からは見えないように、寝起きのウサギの表情を隠すかのように。
「起こしちゃったね、おはよ」
「んん……じかんでしょ?」
「そろそろかな。準備しよっか、仁ちゃん」
覆われたその頭をぽんぽんと優しく撫でながら、彼はこちらに視線を戻す。
「俺たちも準備するわ。じゃあ、ありがとね」
彼はひらりと手を振って、俺も控え室を出た。
撮影前に読んでいた彼らの資料には、下積み時代が長く、ようやくブレイクしたアイドルグループと書いてあった。休憩時間に眠ってしまうほど、忙しいスケジュールで日々を過ごしているのだろう。
それでも、異性ならまだしも同性の膝枕は……自分には考えられない。どちらも平然としていて、終始当たり前のような空気感が漂っていた、気がする。自分には経験が無いことだから分からないだけで、きっと何年も家族同然に一緒に居ると、さっきみたいな距離感になるのだろうか。
撮られる側の被写体にあまり興味を持つことは無かったけれど、彼らのことは興味深いしもっと知りたいと思った。
休憩明けの撮影も楽しみだな、なんて思いながら軽い足取りでスタジオへ戻った。
スタジオでの撮影は着々と進み、スタッフは慌ただしく動き回っていた。途中、自分も手伝いに回りながら、合間にカメラマンや先輩の動きを見て学ぼうとしていた。
そして、彼らのことも密かに観察していた。
スタジオ内は空調の効きが悪く、スタッフは汗を拭いながら動いていた。手持ちの小型ファンでは涼みきれないからと、扇風機を移動するように言われて、彼らが座っていた場所へ運んだ。
水を飲みながら、ニットを着込んだ彼らが振り返った。
「一気に涼しくなった!」
「ありがとね、助かるよ」
にこやかに微笑む二人を見て安堵する。
「勇斗暑そう。大丈夫?」
「今んとこギリかも。でも珍しく仁人も汗かいてるじゃん」
「え、どこ?」
「首んとこ」
自分の持っていたタオルで、相手の首元を拭う。その動きはあまりにも自然だった。
「自分のタオルあるって」
「いいから。あ、仁人の方に風向けたげて」
二人の空間に見入っていて、声をかけられたのが自分だと気付くのが遅れて、急いで風の向きを変えた。
多忙な彼らの分刻みのスケジュールを妨げまいと、スタッフは次のセットでの小道具や動きの打ち合わせをしながら、ヘアメイクも同時に直していく。経験豊富なプロの動きに圧倒され、これが現場かと感動しながらも、何もできない自分は邪魔しないように見守るしかなかった。
自分の仕事を終えた先輩が壁に凭れかかって静かに息を吐いた。お疲れ様です、と声をかけると、じっと見つめられた。
「……ねえ、あんたは何も思わないの」
端的に問われたが、あまりに言葉不足で意味が分からず、言葉を詰まらせる。
「あの二人、めちゃくちゃ距離近くない?衣装や髪の乱れも、自分より相手の方がすぐ気付くし、なんかずっとお互いの動きを見てる感じがするわぁ。さっきもペットボトルの蓋開けてあげてたけど、あれは慣れてる動きだったね。もう声も無いの、目だけで相手の言いたいことが分かったって感じ!」
まだ息も整わないだろうに、先輩は自分に余程言いたかったのか早口で熱弁した。
堅苦しさの無い自由なソロショットの撮影に入った。彼らは少し離れた場所から、お互いの撮影風景を見つめている。カッコいい、可愛い、とお互いを褒め合ったり、角度やポーズの指示をしたり。お互いに撮影の完成度を高め合ってるように感じた。
確かに衣装のシワやヨレに気付くのが、スタイリストやヘアメイクよりも早い時がある。それだけ集中して撮影に取り組んでいるんだな。そのプロ意識の高さが自分にも伝わってくる。
不慣れな自分には先輩と同じ視点で現場を見られず、先輩の言葉に頷くことはできなかった。とりあえず曖昧に笑って流すしかなかった。
「うそ、分かんない?結構分かりやすいと思うけどなぁ……まぁ、あんたは今のままでいいわ」
苦笑いを浮かべた先輩が優しく肩を叩いて去っていった。さっきの控え室での出来事を話せば良かったのかもしれないが、本人から直接忘れてと言われたし、自分の心に留めておいた。
スタジオ内に響き渡る二人の笑い声を、陰でひっそりと聞いていた。楽しそうなその声に、少し自分も笑ってしまった。
撮影も無事終わり、片付けや撤収作業に入る。スタジオの出入り口で指示された作業を進めていると、肩を叩かれ振り返る。
「お疲れ様。初日大変だったでしょ。どうだった?」
今日最後の衣装、メンバーカラーの黄色のコートを羽織った彼が、美しく微笑んでいた。
自分のような下っ端の人間が、もう一度話せるなんて予想もしていなくて、慌てて作業の手を止めて頭を下げた。
「そんな畏まらないでよ。あ、俺邪魔しちゃった?仕事しながらで大丈夫だよ」
最初の印象と変わらず、この人は丁寧で優しい。
どうして彼はまた話しかけてくれたのだろう。そんな疑問を抱きながら、なんてことない会話をしていた。
「わーやっぱ若いね、肌ツヤが違うわ。そういえばあの人のところで勉強してるんだって?厳しいって聞いたことあるよ。大変だね。写真撮るの小さい頃から好きだったんだね。どういうの撮ってるの?俺見たいなぁ」
きらりと目を輝かせながら言われ、俺はポケットに入れていた携帯を取り出して、自分が撮った写真用のフォルダを見せた。
「へぇ、すごいね。もっと見ていい?」
肩がすぐ触れ合うような距離で、彼は携帯の画面を覗き込む。彼が使っている香水なのだろうか、少し甘い香りがした。
最近、自分が撮った写真を見せて褒めてもらう機会がなかったせいか、彼が褒めてくれる言葉ひとつひとつが嬉しくて、もっと頑張ろうと思えた。
「ほんと上手だね。俺もこんな風に撮ってもらいたいなぁ」
画面を見ていたその視線が、俺に向く。
モデルとして様々なポーズを取って、色んな表情を見せていた。そんな彼を遠目から見ていた自分でも、気付く。
今日の撮影で見た、どの瞳とも違う色彩で、俺を捉えていた。
「ね、俺いつでも被写体になってあげるよ。いつがいい?……今日でもいいよ?」
少し上目遣いで、彼は甘えたような声色で話す。
彼の魅力に意識を持っていかれてしまいそうな、視界が狭まっていくような感覚になる。今日初めて見る彼の表情をじっと観察しながら、ふと思い出した。
ーーーウサギだ。
俺は思わず、口に出していた。
「えっ?」
「なに?二人で飯でも行くの?俺も混ぜてよ」
彼の後ろから覆い被さるようにして現れる、ライオン。その存在によって、周りの音や色が一気に入ってきた。彼が放つ不思議な魅力で二人きりの世界に取り込まれそうになってしまい、危なかった、とホッとする自分もいた。
人肌恋しくなるほど寂しがるウサギに見えた、なんて言えるわけがない。
ウサギのお腹に手を回し、囲い込んむように抱き寄せたライオン。その表情はイタズラが成功した子どものようだった。
「仁ちゃん、まーた人たらしなところ出てるよ」
「勇斗には関係ないでしょ。二人で行くの!」
「今日はだめ、俺が空いてないもん。今度三人で行こーね」
「なんでお前が勝手に決めんだよ!」
足をバタバタさせて怒る様子はまさにウサギそのものだ。
このライオンはいつから俺たちの会話を聞いていたのだろう。知らない間に近くに居たのだろうか。
「ほら、俺たちもう行くよ。早く衣装脱がないと。じゃあまた今度ね!お疲れ様」
囲い込んでいた長い腕をするりと解き、ウサギの腰に手を置いて出入り口の扉の方へエスコートする。その動きがあまりにも自然で、俺はただただ黙って見つめていた。
扉を開けたライオンが、一瞬だけ俺の方へ振り返る。
唇の前にあてた人差し指。その動作は、控え室で見たあの時と同じ。
「 」
聞き取れない。いや、彼は声を出さず、口の動きだけで俺に何かを伝えてきた。彼はニヒルな笑みを浮かべ、扉は静かに閉まっていった。
口の形から、伝えられた言葉を探る。そして、気付いた。
ーーーおれのだよ。
そうだ。彼は、ライオンだった。
「……あんなん彼氏の動きじゃん」
また知らない間に人が居たらしく、先輩が後ろでぼそりと独り言を呟いた。
彼氏。その言葉はライオンであるあの男に相応しいのか。なんだか似合わない、そんな気がして首を傾げる。
「あーそうね、あんたは分かんないもんね。さっさとそこ片付けてねー」
先輩の声でまた片付けを再開しながら、その途中何度も手が止まった。
寓話に過ぎないが、強いライオンは草食動物である弱いウサギを捕食せず、あえて傍に置き続けることがあるという。ウサギは逃げられるはずなのに、他の肉食動物から標的にされることを避けるため、あえてそこに居続ける。
ライオンは何が目的なのだろうか。大好きなご馳走を目の前にして、どうして食べずにいられるのだろう。どうして、手放さないのだろう。
彼らが過ごしてきた長い年月に、きっと答えがあるのかもしれない。もし次に会う機会があれば、もっと知れるのかもしれない。
そんな、彼らの仲の良さに。
「俺がいない方が良かった?」
互いに衣装を脱ぎ、私服に着替えているその途中。あとは上を着るだけ。そんなタイミングで、貪り合うようなキスをする。
ウサギの腕がライオンの首に回る。肯定も否定もせず、ただむっと口を尖らせた。
「わざとらしいことして、俺に嫉妬してほしかったの?可愛いね」
今度はふっと微笑む。その満足そうな笑みを見て、ライオンは後頭部と背中に長い腕を回して、耳元でそっと囁いた。
「今日はだめ。俺がいるでしょ?」
低くあまい雄の声に、ウサギは身体を震わせた。それはもう、食べごろだとライオンに教えているみたいに。食べられたいんだと、その身で訴えているように。それでも、ライオンは捕食せず、ただ愛でるために傍に置く。彼らは彼らの世界で成立する。
……それが周囲から不自然に見えたとしても。
ウサギの白い首、鎖骨、肩。微かに残る噛み跡は、全てこのライオンがつけた傷。そこに歯を立てる。たったそれだけで、ウサギの身体は簡単に熱を持ち始める。
その先は、誰も知らない、ふたりだけの秘密。
コメント
1件
うわ、めっちゃ良かったです…!「ライオンとウサギ」ってキャッチーな括りから入って、実際の二人の距離感がじわじわ見えてくる構成が上手いなと思いました。特に控え室の膝枕シーン、あの“しーっ”の空気感だけで関係性の深さが伝わってくる。最後の口パク“おれのだよ”には声出そうになりました。なるほど、そう来るか、と。寓話の引用も含めて、設定のレイヤーが重なって面白かったです。続き、気になりますね…!