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一方のアリシアは再び眠り姫のもとを訪れていた。
改めて観察しても、エリスはピクリとも動く様子はない。
アリシアは腕を組み、息を一つ吐いた。
「どれだけ見ても、意味はないわね」
とはいえ、現状打てる手は少ない。アリシアは少しでも手がかりを得ようと、再び眠り続けるエリスをつぶさに調べ始める。
「熱心ですね」
背後から声がかかったのは、そんな時だった。
確かに、アリシアは集中していた。
確かに、誰かが来る可能性を排除していた。
――だが、だからといって。
真後ろで声を出されるまで気づかないというのは、異常だった。
「どなた?」
アリシアは平静を装って、振り返らずに尋ねる。
「シウム、と申します」
その名前は、テオドアから聞いていた。
テオドアの甥であり、そして、唯一の親族。
すなわち、クリスとエリスが婿を迎えれらない場合、家督はすべてこの男のものとなる。
「……っ!」
そこまで情報を整理した時点で、アリシアは後ろへと拳を放った。
空気を切り裂く音が響く。しかし、何かに当たる音は、ない。
「乱暴ですね」
いつの間にか声は、横からに変わっていた。
焦ってアリシアは大きく後ろへと跳ぶ。一撃を避けられる自信はないが、少しでもダメージを緩和するためだ。
だが、その予想していた一撃は来なかった。
アリシアの視線の先で、シウムはただ、余裕の笑みを湛えて立っていた。
「落ち着いて下さい。私はただ、話をしに来ただけです」
「この件から手を引け、という話でしょう?」
アリシアは内心にたぎる怒りを必死に抑えながら、応じる。
シウムはいかにも驚いた、という表情を見せた。それが作り物のようで、またアリシアの癇に触る。
「女性なのに頭の回る方ですね。そうです。もちろんタダで、とは言いませんよ」
魅力的な提案だった。正直、危険が大きな仕事を避けて、割のいい仕事を受ける。それが悪いとは、アリシアの考えではない。
だが、このシウムという男との取引は、ない。
――この男は、自分を嘲笑っている。女だてらに頑張っている程度の存在、と。
それがわかる。そしてそれを許せるほど、アリシアは達観していない。
「断るわ」
その返事を予想していのだろう。シウムはそれ以上交渉を続ける気もないように、ただ頷いた。
そして、やれやれ、と首を横に振る。
「どうも私は交渉が下手ですね。あなたの美しい姿を、暴力で汚したくないだけだというのに」
瞬間、アリシアは沸点を超えた。
ダンッ! という激しい踏み込みの音と共に、アリシアの身体が一気に加速する。シウムが腰の剣に手を伸ばすが――遅い。
走りながらの前蹴り。アリシア自身が最速と考えている一撃だ。シウムは剣を抜ききれず、体を横に捌いてやり過ごす。
しかし、それはアリシアの計算のうちだった。
「さああっ!」
相手が態勢を崩したところへ、後ろ回し蹴りを放つ。狙いは、澄ました顔の上、こめかみ。
だが、それもシウムには読まれていた。
シウムは身体を沈めてかわし、抜刀の勢いをそのまま、一撃へと変えた。
剣はアリシアに吸い込まれるように、的確に軌跡を描く。
アリシアの身体が剣の腹で叩かれて吹き飛び、なすすべもなく石造りの壁へと叩きつけられる。
「う……」
かろうじて顔を上げたアリシアを見下ろして、シウムは告げる。
「手を引きなさい。次は、これだけではすみませんよ」
口調は優しげなまま。
笑みを浮かべたまま。
それがアリシアには途方もなく気に食わないが――。
彼女はどうすることもできず、意識を失った。