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戻るなり血相を変えたクリスに案内され、フリッツがその部屋を開けた時に見たものは、およそ彼が想像すらしていなかったものだった。
主人であるアリシアが、ベッドに横たわっている。
ほとんど万能にさえ思える彼女がこのような姿になっている。
「え……?」
自然、呆然とした呟きが漏れた。
「アリシアさん?」
フリッツはその声を、我ながら情けないと思った。
「何という声を出しているのです」
一方、横のビットはそのフリッツに呆れた声をかけて、ベッドへと歩み寄る。
「アリシアさん。意識は?」
「……あるわよ」
ビットの声に、アリシアが即座に反応する。その声は、フリッツが初めて聞く、どこかふてくされたものだった。
イエスマンのはずのビットは容赦せず、言葉を続ける。
「それでは、どうでした?」
何が、などとは尋ねない。それでも二人は確実に意志を通じ合っているのがわかる。
キャラバンに参加してから、時折感じる疎外感。
それを今も感じて、フリッツはわずかに眼を逸らした。
「完敗だったわ。わたしのプライドを粉々にされるくらいには。こうして生きていることを、含めてね」
ぎり、と歯ぎしりの音さえ聞こえそうな、何かを押し殺した声が、アリシアから紡がれる。
「敵は、シウムよ。夢魔とのつながりはわからないけれど。それは調べればいいこと」
シウム。自分の背後を取った相手。
そのシウムは、アリシアをも打ち倒して、自分たちの敵となっている。
果たして自分で勝てるだろうか? フリッツの心に不安と緊張がざわめきとなって響き渡る。
思わず拳に力が入る。眼を閉じ、瞼の裏に浮かぶシウムに向けて、構えを取る。
そこで、フリッツは視線に気づいた。
にやにやと笑みを浮かべる二人と、何故か青ざめている一人の視線に。
その視線の意味がわからず、フリッツがきょとん、としているとそれぞれが口を開いた。
「闘気をむき出しにして、やる気充分ね」
「流石は荒事担当、頼もしいですね」
「というか、出す前に一言言いなさいよ! びっくりしたわ……」
言われて自分が何をしたのかをようやく理解し、フリッツは頬が熱くなるのを感じた。
どう考えても自分らしくないその状態を、慌てて取り繕うとする。
「いや、これは……」
「でも、その闘気はしまっておきなさい」
考えすらまとまっていない言い訳を口にしようとするが、それよりも早くアリシアが言葉をかぶせてきた。
「あの男への借りはわたしが返す。他でもない、わたし自身の、手でね」
いまだベッドに身体を預けながらも、力のあるその言葉。
フリッツは、初めて知った。
アリシアは、カリスマもあるし腕も立つ。そして、頭もよく、意志も強い。
それらを持ちあわせた商人が、彼女そのものだと思っていたが――
すべてフリッツの偶像にすぎない。
アリシアもまた、力を求める一人の人間であり。
自らの腕と意志によって商人を選び、立つ。
世界を旅する、自分となんら変わらない存在なのだと、初めて知った。
「癒しを、わたしに」
アリシアは言葉と共に自ら生み出した光で、自らを包んだ。
一瞬で光が消え、アリシアは立ち上がる。その姿は以前と変わらず、凛々しい。
だが、フリッツには少しだけ近くなった気がした。
もし、彼女を打ち倒したシウムを自分が、超えることができたなら――
もう少しだけ、彼女に近づけるかもしれない。それは、フリッツにはとても魅力的なことだった。
アリシアが見ているはずの、高みから見える景色を、見てみたいから。
いつの間にか、フリッツの口元には強い笑みが浮かんでいたが。
今度は誰も、茶化さなかった。