【If side 】
会議が再開して15分ほど。ないこが全く話さない。今日、というか最近あまり調子が良くないようだった。なんというか、声を出すのを躊躇っているように感じる。今もあにきとか俺が「こういう企画やってみない?」とか「これからこういうこともやっていこ」という提案にも、「そうだね」とか「いいね」とか、淡白な反応しかしない。いつもならもっと積極的に話を広げようとするのに。
「ないこどうしたん?調子でも悪いんか?」
俺が疑問に思っていることが目で伝わったのか、あにきが単刀直入に、ないこに問いただす。
「あぁ~……そうなんだよね。喉の調子悪くてあんまり話せないんだよ」
「ほなあんまし無理して声出す必要ないからな」
あにきは納得したような顔をして、それ以上ないこにその話をすることはなかった。しかし、兄貴の目は俺に、あとで集合な、と言っている。あにきもないこが下手な嘘をついていることくらいわかっているようだった。
「お前らも……とくにほとけな、ないこ今喉の調子わるいらしいからあんまり騒ぐなよ」
俺はぎゃあぎゃあ騒ぐほとけにベーっと舌を出す。
「じゃあほら、会議続けんで」
あにきの言葉で会議は再開された
「じゃあそろそろ会議終わりにする?」
「そうやね。ないこも体調悪そうやし」
「ごめんね、迷惑かけちゃって
」ないこは足早にリビングを去り、作業部屋に籠ってしまった。そのあとをりうらが追いかける。
「しょーちゃん、今から一緒にごはんいこ!」
いむしょーは呑気に飯を食べに行くらしい。
「りうちゃんもいくー?」
ほとけが聞くが、
「ごめーん!今日はりうらないくんの看病するからいけない!」
と大声で返事が来た。結局相談メンバーは俺とあにきだけらしい。
《会議も終わりIfの家にて》
「なぁ、今日ないこなんかおかしくなかったか?」
「なんか今日あんまし喋らへんかったよな」
「声出すの躊躇ってる感じ……」
「それについて調べてみたんやけど、全然出てきいひんのよ」
あにきがスマホを俺に見せる。『喉 爪立てる 苦しい』と検索欄に入れてあるが、絶対に違うであろう動物のなんかのサイトや超絶怪しげなオカルトサイトっぽいものまで、病状を説明するようなものはまるで出てきていなかった。
「新しい病気なんかな?」
「直接ないこに聞く以外方法ないわけやし……」
「「どないしよ……」」
頭を抱えていたところにウィルが俺の膝を踏み台にして、あにきの頭の上に座った。最近のウィルのお気に入りの場所だ。
「どうしたんウィル」
あにきが質問するも、ウィルは何も答えずにただ頭の上で目を細めている。
「しゃーないやんな、猫やし」
「取り敢えず明日また様子見る他ないんよね?」
俺は心配で、情けない声が出る。自分がこんなにも何もできないことに、ひどく落胆した。
――『あなたが本当に大切だと思っている人のことは、必ず守りなさい。心も身体も、労ってあげなさい。』
母親からこんなふうに言われたのはいつのことだっただろう。まだその時は大切な人なんてわからなくて、適当に話を流してたような気がする。
心を労わるなんて知らなかった。そもそも労わるということすらわからなかった。
ないこに出会って、初めてその気持ちをわかった。
もしいなくなったら。二度と会えなくなったら。そう思うだけで胸が苦しくて息ができなくなる。
はにかむような微笑みも、元気づけられるようなあの声も、眩しくて俺はないこに到底敵わない。きっと俺はないこの隣には並べなくて、人生で初めて愛した人とは一緒にはなれないのだ。ならせめて、俺ができることは一つしかなかった。
ないこを最大限守る。心も、身体も。
そう胸に誓った。