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篠原愛紀
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春の雨は、桜流しと言われる。
三日三晩続いた雨は、その言葉通り、家の桜を流してくれた。
でも、そこまで胸が痛まないのはこの桜色の綺麗なワンピースのおかげかもしれない。
イベントの招待状を何度も何度も開きながら考えることは、彼の思わせぶりで優しい言葉たち。
余りにも招待状ばかり見ているとお弟子さんや母に不振がられるといけないので、服と靴は春屋堂のロッカーに隠すことに決めた。
「行ってまいります」
もうほぼ母の監視は無しに等しいけれど、油断も信用も二度としたくないから。
バス停を二回通り過ぎれば着く春屋堂間までの道のりで、服の箱を見つかられたくなかったのでバスで向かう。
本当は、乗り物を使うと母が怖いのだけれど、もう跡取りではない私に、そこまで人目を気にしろとは言わないはず。
春屋堂の和菓子が並べられた列の真ん中に、桜の花びらのような練り菓子がある。
春はこの和菓子の人気が高く、お寺さんや料亭、お茶会になど纏まった注文があるらしい。
咲き乱れ舞う桜の華麗な姿を桜すだれになぞり、桜葉入の道明寺羹にてあっさりとしたこし餡を包みこんだ和菓子。
ひな菓子や春の御祝いの席で人気が高い、春月屋の春の名物の一つでもあるのが頷ける、乱れ舞う桜を閉じ込めた和菓子。
そんなお菓子を眺めつつ、休憩時間になったので休憩室のパートさんたちと交代することになった。
シフトは、正社員とパートさんの組み合わせで組まれることになっているらしいが、パート二人さんは、日高さんより年配で此処で働いているのも長く、私の教育係も拒否したらしいので、私が慣れるまで正社員、パート同士でシフトが組まれている。
今日は午前中だけ出勤が無理だったらしく、珍しく半々で出勤になった。
「生活が掛っている正社員と違って、趣味程度にシフトに入るパートはお気楽でいいわよね」
サバサバしている日高さんが珍しく毒づくのだから、なんとなく仲が悪いのは分かった。
私の家でも、年功序列以外に母のお気に入りだの目をかけられているだのとギスギスした関係が出来る時もあったから。
――女だけの職場の宿命なのかもしれない。
「ええー!本当に? 嫌だわ。最近の若い人って」
休憩室を開けようとした手を止める。
日高さんは調理場の幹太さんと喧嘩のような会話を始めていて此方には気づいていないようだった。
「本当よ。本当。雨の日に、青い目をした外国人に迎えに来させてたのよ」
「まあ! 家元のお嬢さんは遊ぶ相手も派手ね。外人さんとだなんて」
ケラケラと休憩室で笑っているのは、――私の話?
怖くて扉の前で固まっていると、二人はどんどん話をエスカレートさせていった。
「でも全然遊び慣れてなさそうな、鈍臭そうな子だったわよ」
「案外遊ばれてるのに本気になってそうね。外国人には日本の女
なんてすぐ寄って来るようですしね」
遊ばれている?
私が?
急に心臓を鷲掴みされて、きゅうッと搾り取られた気分だった。
「だって、不釣り合いなぐらい素敵な外人さんだったのよ」
中に入るのが、怖い。雨の日に、デイビットさんに社員用の駐車場を案内してくれたから、見られてたんだ。
なんだか一人で舞いあがって、私、――恥ずかしい奴になっている。
冷や汗と、上手く息が吸えない緊張で体が動かなかった。
「日高さんのお腹の子も、怪しいわよねぇ」
「幹太さんにベタベタしちゃって、此処の店狙っているわよねぇ」
「ちょっと! 休憩とっくに終わってるんですから早く行って下さいよ!」
私の背中から手が伸びて、二回ノックしてドアを開けたのは――日高さん。
開けられた扉の向こう、テレビを見ながらお茶と御煎餅をそれぞれ持った二人が、こっちを見て固まっている。
いつの間にか、幹太さんも通り過ぎて、裏口のドアを開けていた。
「あら、もしかしてまた私の悪口でも言ってたんですか? 若くて綺麗でごめんなさいね」
ふふっと日高さんは二人に笑いかけると、私に早く着替えるように目で促した。
平常を装いながらなんとか二人に挨拶をすると、すばやく着替えていく。
ロッカーの中の洋服が入った箱を見られないように開け閉めを小さく素早くしながら。
女だけの職場って、怖い。でも、鋭いなって凹むけど納得出来てしまうから怖い。
デイビットさんには確かに私、賭け事で毎回上手く丸めこまれているのかもしれない。
もしそうなら、大人って怖い。
あんなに穏やかな目で、私で遊ぶのだとしたら。