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まなこ〜友
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#ますしき
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「しないから、さっさと寝ろ」の返しが完璧でした。これまで身体だけの関係だと思っていた彼が、髪を梳く手つきの優しさと「もう離れなくて済むなら」という言葉で、ずっと夏帆さんだけを求めてきたんだと伝わってきて、胸がじんわり熱くなりました。クズなのに憎めない雅と、安心感に包まれて眠るラストの対比が素敵です。
結局、なし崩し的に私の家まで連れ帰られたけれど、私はどうしても落ち着かなくて部屋の隅に座り込んでいた。
そんな私の様子を、雅は不審者を見るような目で一瞥する。
「何してんのお前」
当の雅はといえば、当たり前のように私の家でシャワーを浴び、相変わらず上裸のままタオルで髪を拭いている。
「あんたこそ何してんのよ」と即座にツッコみたいところだけれど、今の私にはそんな余裕すらなかった。
これほどまでに雅の存在を意識してしまうのは、間違いなく帰り際に玲くんが余計なことを言ったせい。今まで思考の隅に追いやって見ないふりをしてきたものを、無理やり引きずり出されてしまった。
本当は、一瞬でも雅を好きかもと錯覚した瞬間が、過去に何度かあった。そのたびに感じた喉の奥に詰まるような違和感を、私はずっと気のせいだと言い聞かせ、無かったことにしてきた。
けれど、第三者から「そうなんじゃない?」と指摘されると、認めざるを得ないような、逃げ場を失った感覚に陥っている。
私はどうにか感情を落ち着かせ、壁際に縮こまったまま、こちらを伺う雅へと視線を投げた。
「何、泊まってくつもりなの?」
「そのつもり、明日ここに俺の荷物ちょっと運んでいい?」
「は? 何でよ」
「泊まりに来た時不便じゃん、お前の服入んないしさすがに」
入るわけないでしょ、気持ち悪い事言うなと、そう反射的に喉まで出かかった暴言を、私はどうにか飲み込んだ。
重い溜息を吐き捨ててから立ち上がり、私は着替えを掴んでバスルームへと逃げ込んだ。
雅がいようがいまいが、最初からいないものとして扱えばいい。気にする必要なんて何一つない。
温かい湯船に浸かっている間、そう自分に言い聞かせ、いつも通りに戻ろうとした。
けれど、平然を装ってはいられたのはそこまでだった。風呂上がりのの私を、奴は椅子に座らせ、丁寧に髪を乾かしてくれる。
私はされるがまま、スキンケアをこなしながら、鏡越しに雅を観察する。
ドライヤーの風を当てるために少し伏せられた目元、影を落とす長い睫毛。改めて、整った顔立ちだと思った。
顔面優良児が私の世話を焼いているという事実に、癪だけどたまらなく自尊心がくすぐられる。
鏡越しに雅の姿を追っていると、ふと彼が視線を上げ、鏡の中で視線がぶつかった。
「なんつー顔してんの」
緩みそうになる表情筋を必死に抑え込み、口角をキュッと引き結んだ不自然な顔を、案の定雅にツッコまれた。
雅がドライヤーのスイッチを切る。途端に、部屋に静寂が戻った。
彼は私の髪をひと房掬い上げると、いつものように優しくキスを落とした。それは以前から、この男が時折見せる癖のような仕草。
「あんた、私の髪好きね?」
「うん、好き」
その声音があまりに低く優しい声に、思わず胸が締め付けられた。
こんな些細な一言にときめいてしまうなんて、最近の私はどうかしている。もし本当に、玲くんが言うように私が雅を「好き」になりかけているのだとしたら。
……そんなの、あまりにも都合が悪すぎる。
「明日あんた仕事は?」
「あるよ、だから仕事前に一回家帰る。そんでまた来るわ」
「いや、明後日仕事なんだけど私」
「勝手に寝とけば?勝手に入ってくるし」
ここはあんたの家じゃない、と言い返したかったけれど、合鍵を預けてしまった過去の自分という最大の失態がある以上、文句は喉元で詰まった。
この男のやり口は、いつも卑怯だと思う。雅が悪いのは百間違いないのに、最終的に自分にも落ち度があったと思わされ、何も言えなくされてしまう。
私は小さく溜息を吐き、抗うのを諦めた。どうせここで抵抗したところで、雅の執拗さに体力を削られるだけだ。
「いいけど、静かにしてね。朝早いんだから」
「はいはい、ほら、寝るよ」
雅は事もなげに言いながら、私のベッドへと向かっていく。その後ろを何気なく着いていった私は、今さらながら、ある重大な事実を思い出した。
これまでは、こうして部屋で二人きりになれば、それは”そういうこと”だと暗黙の了解があった。互いに遊びだと割り切っていたからこそ、受け入れられた。
だけど、恋人になって合鍵まで渡した今、夜を共にする頻度はこれまでの比ではない。
てことは、そのたびに当然のように夜の情事が発生するということ……!?
そんな想像しただけで、背筋にゾッと冷たいものが走る。
今までの雅にとって、私と会う理由は”都合のいい遊び相手”だからだと思っていた。
だから、そのノリを毎日のように持ち込まれては、私の体力が到底もたない。
ぐるぐると思考を巡らせたところで、寝ないわけにはいかない。私は深呼吸してから覚悟を決め、ベッドへ向かい、先に横たわっていた雅の隣に滑り込んだ。
もしそういう雰囲気になったら「今日は勘弁して」と泣きつこう。流石の雅だって、それくらいは汲み取ってくれるはずだと言い聞かせた。
雅がスマートフォンの画面を閉じ、暗闇の中で私を抱き寄せようと腕を伸ばしてきた。その瞬間、私は反射的に彼の胸元をグイと押し返し、距離を置く。
雅は一瞬だけ虚を突かれたような顔をした後、眉間に皺を寄せる。
「あの…⋯、今日はそういう気分じゃないから」
「しないから、さっさと寝ろ」
私の懸念を即座に察したのか、彼は呆れたような溜息を吐きながらぶっきらぼうに呟いた。そして再び私の体をその腕の中へと引き寄せる。
「なんだその顔、ぶん殴るぞ」
その発言に目を丸くしていた私に、彼は眉を顰めた。
しないと即答してくれたことが、予想外すぎて動揺してしまった。
だって、この男にとって私とここにいる意味は、それしかないものだと思っていた。それなのに、私の意志を尊重してただ寝るだけという選択肢をしてくれるなんて思ってもいなかった。
「下半身に脳みそあるようなあんたが? 」
「お前本当失礼な。犯して欲しいなら犯すけど」
望んでもない提案に、私は思わず黙り込んだ。
その発言の割に背中に回された腕も、私の髪をゆっくりと梳く指先も、驚くほど優しい。まるで大事なものでも扱うようなその手つきに、私はどうしようもなく困惑した。
「もしこうやって気分じゃないって日続いたら浮気する?」
私の問いかけに、雅は「はあ?」と眉間に皺を寄せ、髪を撫でていた手を止めた。
「お前がいるのに他要らないって言わなかった?俺」
「言ってたけど、あんたの性欲に付き合わされるのはちょっと⋯」
「別に性欲がとかで遊んでた訳じゃないんだけど。お前凄い勘違いしてんな」
「じゃあ、私の代わりって何。旅館で言ってた事、増々意味わからなくなる」
雅は再会した時、女遊びをしていたのは私の代わりを求めていたからだと言った。
だけど、考えればすぐに私なりの答えは出ていた。付き合っていた頃は私という便利な相手がいたから遊び歩かずに済んだけど、別れてからはそのはけ口が必要になったからだろう、とそんな風に。
けれど、その解釈が違うのだとしたら、これまでのことが本当に意味が分からなくなる。
「夏帆を忘れさせてくれるなら何だって良かった。別に女遊びじゃなくて、趣味でも仕事でも。でもそんなの無かったから、他の女で上書きして忘れようとしたけど、ダメだったってだけ」
「忘れられなかったって、何で。私あんなに最低な振り方したでしょ。今だって最低なことしてる。あの時仕事が忙しかった雅の事理解出来なかったのに、今は私が仕事が楽しくて忙しくしてるとか」
「どうでも良いよ、もう離れなくて済むなら」
答えになっていないのに、その一言にすべてが詰まっている気がして、私は何も言えなくなった。
別れてからの長い時間、この男が本当に、ただひたすらに私だけを求めていたのだと、今の言葉で痛いほど伝わってきたから。
こんなの困る、とあれほど思っていたはずなのに、この男から吐かれた言葉で意外にも悪くないと感じてしまった。
雅の腕の中に収まり、頭を撫でられ続ける心地よさに身を委ねるうちに、意識はゆっくりと解けていく。
ずっと、この男の傍にいるのは危険だと思っていたけれど、今夜は一人で眠るよりもずっと、深い安心感に包まれた。