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CASE 伊助
椿様に拾われたのは18歳の夏の時だった。
椿会の組員に喧嘩を売り、一方的にボコボコにされていた。
そんな中、熱苦しい季節なのにスーツ姿の男が現れる。
「お前等、ガキ相手に何してんだ」
「か、頭!?」
「このガキか俺達に喧嘩吹っ掛けて来たんすよ!!」
「見苦しいからやめろ」
男の一言で、組員達の動きが止まった。
この男は何者なのか。
ミーン、ミンミンミーン…。
夜なのに蝉の鳴く声が聞こえ、暗闇の中に真っ赤な髪が映えている。
「この辺で遊んでる奴等の一味だろ?他の奴等はどうした」
「仲間じゃねーよ、アイツ等は」
「へぇ、なら一緒にいたのは何でだ?」
「暇つぶし」
体の切り傷が痛い、口の中に血の味が広がって行く。
話すと傷が体に響いて仕方がない。
「この先の人生とか未来に希望なんかねーし」
「どうでも良いなら、俺に使ってみるのはどう?」
そう言われて、赤髪の男に視線を向ける。
「使い道がないなら、俺が使ってあげるよ。働きによっては、良い額の給料を出しも良い」
「バイトって事ですか?」
俺の言葉を聞いた男は楽しそうに笑う。
「永久就職ってヤツ、どうする?」
「良いですよ、別に。やる事もないんで」
「早速だけど、人殺しのバイトをして来てよ」
「え?」
男の言葉に耳を疑った。
人を殺して来いって言ったのか?
「裏社会に入ったんだから、殺しぐらい出来てもらわないとね」
そうか、この男はヤクザなんだ。
殺しとかが当たり前の世界にこの男はいる。
「もしかして、怖くなったのかな?」
「まさか、はっきりと分かったよ。俺が行こうとしてる世界が、どんなものかね」
「2、3日もしたら慣れるよ」
「分かったよ、アンタに従う」
俺の言葉を聞いた男は優しい笑みを浮かべた。
男の名前は椿恭弥。
椿会と言うヤクザの組を作り、数々の暴力事件を起こしていた。
椿恭弥はまず、俺の親を金で黙らせた。
何故なら、逃げ出せないように帰る場所を潰す為だ。
両親は目の前に積まれた大金に食い付く。
息子よりも金。
俺は両親に愛されていないと言う現実を叩き付けられた。
この時、父さんの経営していた会社が訴えられていた。
どうやら、他社の製品を真似したと難癖を付けられたらしい。
訴えられた所為で会社の経営が悪化。
従業員の給料さえ支払えなくなる状況で、親戚中に金を借りようとしてた。
親戚連中は父さんを門前払いし、金を断固として貸さなかった。
当然と言えば当然だが、父さんに世話になった人達もいるのに酷い話だ。
家に帰らない息子の心配と今後の心配をする母さん。
母さんにとって、俺はストレスの種の1つだったな。
父さんは俺に対して無関心で、弟の方に愛情を注いでいた。
手のかかる子供がいなくなっても、まだ物心が付いて
いない1歳の弟がいる。
両親にとっては、弟さえいれば良いのだろう。
後継問題やら教育問題から解放された両親は、俺の事を笑顔まで見送った。
椿恭弥は車に乗った瞬間、俺を見ながらこう言ったのだ。
「金で弱ってる奴等は扱い易い。君がご両親から愛情を受けていないのも明白だった。それから、君もご両
親に愛想を尽かしてる」
「1回会っただけで分かるものですか」
「分かるよ、ご両親の目が金と赤子の弟君にしか行ってなかった。まぁ、金を手に入れた所で同じ事の繰り返しだろうね」
「金の無駄じゃないですか?」
俺の言葉を聞いた椿恭弥は軽く口角を上げる。
「5000万円、君が仕事をして返してよ。元々、そのつもりだ」
「あぁ…、成る程」
「君の先輩になる子を紹介するよ。歳は16歳だけど、殺しのプロだ。側にいて勉強すると良い」
走り出した車が停車したのは、高級マンションの前だった。
運転手の男が降り、後部座席のドアを開け、椿恭弥を降ろす。
「今日から君もここに住むからね」
「え?俺もッスか?」
「住む所ないと困るでしょ」
「確かにそうですけど…」
椿恭弥の後ろを歩きながら呟く。
エンタトラスを通り過ぎ、エレベーターに乗り込む。
エレベーターは最上階で止まり、ポーンッと音を出しながら扉が開く。
どうやら、椿恭弥が住んでる部屋は最上階らしい。
椿恭弥がポケットからカードキーを出し、扉の横に備えられている機械に差し込む。
ガチャッと音が鳴りロックが解除される。
椿恭弥はドアの取手に手を掛け、部屋の中に入った。
「椿様、お帰りなさい」
「ただいま佐助。今日から後輩が出来るよ」
「後輩?」
チラッと椿恭弥の背後から覗くようと、黒髪の女の子がいた。
長い睫毛の隙間から覗かしているオレンジダイヤモンドの瞳。
青白い肌をした体には包帯が巻かれ、治療されていない生々しい傷。
「殺しの仕事を教えてやってくれ」
「椿様がそう言うのなら…、分かりました。お食事はどうされますか?」
「いや、いらない。それと、部屋に籠るから入って来ないで」
「はい」
俺に目を止める事なく、椿恭弥は黒い分厚い扉の部屋に入って行った。
俺と佐助と呼ばれた女の子の間に沈黙が走る。
「あ、あのさ。その傷…、手当しようか?」
「自分でするからいい」
「で、でも…」
「うるさい」
そう言って、佐助は俺を睨みつけながらリビングに戻った。
これが椿恭弥と佐助との出会いだった。
佐助は淡々と表情を変えずに人を殺していた。
飛び散る血肉、切り落とされた腕や足に頭。
返り血塗れになっても、俺がすぐ側で吐いていても。
目に求めずにどこか遠くを見つめている。
佐助が表情を変えるのはただ1人、椿恭弥だけだ。
頬を赤く染め、愛おしそうに椿恭弥を見つめて。
何だかそれがすごく嫌で、見たくなかった。
2人の間に流れるいやらしい空気感は、胸焼けするほど甘い。
椿恭弥が佐助に暴力を振るう現場を目撃してしまった。
思いっきり頬を平手打ちし、佐助の長い髪を掴んで床にはいつくばせる。
「佐助、なんで1人逃した?」
「す、すみませんっ、椿様っ」
「謝罪を聞きたいんじゃないだよ。それかしか言えないのか」
「ごめんなさい、椿様っ。次は、次はちゃんとするからっ」
佐助は泣きながら椿恭弥に謝罪をする。
「つ、椿様っ。や、やめてくださ…」
「伊助、舌を出せ」
「えっ?し、舌…っ?」
「良いからさっさと出しな」
俺は椿恭弥に言われるがまま、恐る恐る舌を出す。
ブチッと何かが破れる音がした。
「そう言えば、今日の仕事はお前も同行していたな。
なら、お前にも仕置きが必要だな」
「ゔっ?!」
椿恭弥が俺の舌にニードルを突き刺していたのだ。
舌に痛みが走り、血の滲んだ味が口の中に広がる。
「ここに来た以上、俺の役に立つのが暗黙の了解だろ?伊助」
「すっ、すみません」
ガッと俺の髪を掴み、顔を近付け椿恭弥が口を開く。
「お前の佐助を見る目が気に入らない。俺の物に色目を使うなよ」
そう言って、椿恭弥が赤い色の目薬を取り出して蓋を明けた。
ポタッ、ポタッと俺の目に数滴、赤い液体を垂らす。
その瞬間、両目に激痛が走った。
「い”!?あ、あぁぁぁぁぁあぁあ!!!い”だいっ、いだい!!!」
焼けるように熱い、眼球が燃えているようだ。
両目を抑えながら、床に倒れ込み体を丸めた。
何なんだよ、何なんだよ!!!
マジで何なんだよ、こいつ!!!
「あははは!!そんなに痛い?安心していいよ、失明することはないよ」
「あ、ぁぁっ!!」
「良かったな、伊助。舌にピアスが空いてるのは、女に人気らしいよ」
椿恭弥の言葉が耳に入らず、ただ痛みに悶えるだけだった。
その間、椿恭弥は佐助に暴力を振い続けていた。
俺はその場から動く事が出来なかった。
ただ、佐助が殴られている音を近くで聞いて泣いた。
椿恭弥に言われたあの言葉が頭から離れない。
佐助に色目を使っている。
あながち間違いじゃなかったからだ。
佐助の綺麗な容姿に惹かれ、怪我の手当てを率先して行っていた。
殺ししか出来ない女子高生に何故、惹かれているのか。
佐助は泣きながら椿恭弥の後を追う。
椿恭弥は佐助の頬に触れた後、優しく抱き締めてこう言った。
「ごめん、ごめんね佐助」
「椿様っ、ごめんなさい…っ」
お互いに謝り、お互いを慰め合うような言葉が飛び交う。
異様な光景だった。
暴力で縛られた歪んだ愛情。
俺はそんな愛情に昔も今も勝てなかった。
バシャァァァア!!!
「っ!?」
全身に氷水を浴びせられ、意識がハッキリとした。
ズキンッと全身に針を刺されたような激痛が走る。
大きな鉄の棘が装飾された椅子に座らせていた。
視界だけ背後に向けると、この椅子が有名な拷問椅子と理解した。
全身に鉄の棘が刺さっている状態で、少しでも動けば激痛が走る。
両足の感覚がないのが不思議だ。
何故だろう。
「よぉ、起きたか。椿の所のガキ」
ハスキーな声がし、目を向けると兵頭雪哉がパイプ椅子に座っていた。
「2回目だよな?ここに来るのは」
俺は確か、黒猫ランドにいた筈だった。
なんで、俺はここにいるのか…。
「状況が読めてないみたいだな。お前がここにいるのは、椿恭弥の事を吐かせる為だ」
「椿様の事…だ?」
「白雪って女を監禁してるだろ」
兵頭雪哉から出た名前を聞いて、目を丸くする。
白雪…、確かに椿様が部屋に監禁してる女の人だ。
椿様は白雪って人を大事にしていて、俺達の目に入れないようにしている。
黒い分厚い扉の中に行き来が出来るのは、嘉助だけ。
兵頭雪哉は何故、椿様が大事にしてる女の名前を?
「その顔は知ってるようだな。監禁してるのも当たりのようだ」
「な、なんでその人の名前を知ってるんだ。目的はなんだよ」
「俺の息子の女だ。探すのは当然だろ」
兵頭雪哉の息子の女…?
「お前には聞きたい事が山程ある。安心しろ、全部吐いても椿恭弥にはバレないさ」
「は、は?アンタこそ、ベラベラと話して良いのかよ」
「俺の心配か?その必要はない」
「心配ない…って?ぐっ!?」
ガシッと思いっきり最後から髪を捕まれ、乱暴に下を向かせられる。
本来なら存在する両足が、太もも部分まで切断されていた。
ごろっと俺の側で切られた足が転がっている。
自分の目を疑った。
何で、何で?
何で、俺の足が切り落とされてんだよ。
「あっ、あぁぁあぁあぁあ!!お、俺の足がっぁぁぁぁ!??」
サッと全身の血の気が引き、体が震える。
俺の足が切り落とされた。
やばい、本当にやばい。
目の前に兵頭雪哉がしゃがみ、俺の顔を覗き込んだ。
「お前はここで殺されて死ぬ。死ぬ前に全部吐け」
「し、死ぬ?俺が?」
「お前が椿恭弥の元に戻っても殺されるだけだ。分かってんだろ?椿恭弥がお前の事を見放し始めていた事」
兵頭雪哉の言葉を聞きながら、唇を強く噛む。
気付でないフリをしていた事を突かれたからだ。
「椿恭弥は初めは優しく接してくる。アイツの手口は弱ってる人間に優しくし、懐いてきた所で突き放す。身に覚えがあるだろ?」
「優しくされた事なんてねーよ。あの人は女には優しいよ」
「あぁ、アイツ女の扱いだけは上手いからな。それで?白雪はどこに監禁されてんだ」
「…」
「黙っていても良いが、つまらない死に方をするだけだ。最後くらい、意味のある死に方を選べよ」
その言葉を聞いて、何故か頭に佐助の顔が浮かんだ。
死ぬと分かった今、佐助の事を考えている。
あぁ、俺は本当に佐助が好きだったんだ。
佐助は最後まで俺の事を見てくれなかったな。
「椿恭弥はどこを棲家にしてる?」
「六本木にある高級タワーマンション…の、最上階」
「詳しい住所は?」
「…、分からない」
「あ?テメェの家だろ?住所も分かんねーのか」
兵頭雪哉は呆れてながら煙草を咥えた。
「こんな馬鹿を拾っちまうとは、椿恭弥もアホだな。まぁ、いい。スマホのパスワードは?」
「42584…だけど」
「伊織、スマホのパスワードを解いとけ」
背後にいる男は短い返事をした後、俺のスマホを操作し始めた。
「椿恭弥は白雪を監禁して、何をしていた」
「ドラック…を作る為に血を抜いてた。せ、精神安定
剤とかも飲ませてた。あ、あと…、子供を探してた」
「子供?誰の子供だ」
俺の言葉を聞いた兵頭雪哉の眉間に皺が入る。
「誰のって、白雪って女の子供だよ。椿様がずっと探してい子供…」
「見つけたらどうするって言ってた?」
「殺すって…」
「そうか」
「椿様はアンタの大事な物を潰すって…」
兵頭雪哉は暫く黙った後、懐から銃を取り出した。
「小話を聞かせてやるよ、ガキ。俺の息子は椿恭弥に殺された。殺された理由を知りたいから?逆恨みだよ、逆恨み。椿恭弥が好きになった女が、俺の息子に惚れ込んでいた。たったそれだけの理由だ」
「アンタと椿様が敵対している理由は…、それなのか?」
「俺の大事な物を潰すって言ったよな?お前」
「お、俺じゃねーよ!!言ったのは…」
「俺もお前の物を潰して殺す。まずはお前だ」
そう言って、兵頭雪哉は俺に銃口を向ける。
嫌だ、死にたくない。
だけど、足がない俺は逃げる事すら出来ない。
こんな事になるなら、椿恭弥について行くんじゃなかった。
帰りたい、家に帰りたい。
愛されなくても良いから、家に帰りたかった。
「家に帰りたそうな顔をしてるな。だが、残念な事にお前の家族は皆殺しにされてるぞ」
「え…?う、嘘だ!!つ、椿様は金を渡しただけだった!!お前か、お前が殺したのか!!」
俺は家族の事なんかどうでも良かったはずだ。
なのに何で、大声なんか出してるんだよ。
どうして今更、家族の顔が浮かんでくるんだよ。
死んでしまえばいいって、何百回も思った事があった。
椿恭弥に金を積まれた時、本当は金よりも俺を選んでほしかった。
息子に手を出すなって言ってほしかった。
「椿恭弥がお前の親に金を渡した3日後、殺し屋を送り殺させた。その殺し屋が誰だか分かるか?」
ドクドクと鼓動が早まり息が荒くなる。
「佐助って女がお前の家族を殺した。椿恭弥はお前やお前の家族を逃す気はなかった。誰の味方もしない、誰の事も大事にしない。そう言う男だよ、アイツは」
3日後…、確かに佐助が血だらけで帰って来た。
いつもの通りに仕事をして来ただけだって…。
そう言っていたじゃないか、佐助。
佐助は俺の事を本当にどうでも良かったのかよ。
椿恭弥は、俺の事も捨て駒の1つとしが思ってないんだ。
ヒラッと俺の太ももの上に1枚の写真が置かれる。
そこに写っていたのは、母さんと父さん、弟の死体だった。
声にならない叫び声を出しながら、嗚咽いた。
この写真で曖昧だった事実が真実に変わってしまった。
あぁ、本当に殺されたんだ。
佐助に殺されてしまったんだ。
「お前はこっち側に染まれない人種だったんだよ。家族の死を悲しめる人間は、いくら経っても染まれねぇ。お前自身も分かっているだろ?」
「はははっ、俺って本当に馬鹿だな…。こんなつまらない死に方をするんだ。本当…、つまらない人生だった」
悲しいくらいに椿恭弥に騙され、いいように使われもしなかった。
「俺が死んだら、家族の元に行けるのかな…」
「行けるように殺してやるよ」
そう言って、兵頭雪哉は引き金を引いた。
パァァンッと発砲音だけが耳の中に残り、赤い血が視界を染めた。
「頭、お疲れ様でした。こいつのスマホ初期化されています。七海に復旧させましょうか」
「あぁ、そうだな」
そう言って、兵頭雪哉は指で眉間を力強く押す。
「大丈夫ですか?頭、少し休んだ方がよろしいですよ」
「伊織」
「はい、頭」
「椿恭弥に騙されたガキを殺すのは、かなり堪える」
自らの手で殺した伊助の顔を見ながら、兵頭雪哉は呟いた。
21:00 東京成田空港
到着ロビーに設置されている椅子に齋藤は腰を下ろす。
ぞろぞろとキャリーバッグを持った男女が、到着口から出てくる。
齋藤は今か今かと弟が出て来るのを待ち構えていた。
「兄貴!!!」
水色のキャリーバッグを持った青年が、齋藤に声を掛ける。
「久しぶりだな、少し痩せたか?」
「痩せてないよ。むしろ、2キロ太ったぐらいだ」
齋藤によく似た弟の淳が笑いながら指で頬を掻く。
「そうかそうか。太るくらい海外は居心地が良かったんだな」
「ジャンクフードばかりで飽きるよ。兄貴の料理が恋しかったんだ」
「いくらでも作ってやるよ。それにしても、帰って来
るのは来月じゃなかったか?早くなるのはいいが、何かあったのか?」
「それがさ、聞いてよ兄貴。上司が本社で問題が起きたから、帰って処理しろって連絡が来たんだよ」
そう言って、淳は溜め息を吐く。
「本当に困るよ。まぁ、日本に帰って来るのは不満じゃないんだけどね」
「暫くは日本にいるのか?」
「どうかなぁ、上司次第って所だね。出張はゴリゴリ
だよー」
淳は斎藤に甘えるように体に抱き付いた。
「お疲れさん、家に帰って飯にしよう」
「賛成!!俺、唐揚げ食いたい!!」
「和食じゃねーじゃん、仕方ないなぁ。スーパーに寄って食材を買い揃えねーと…」
「ビールも買おう!!あとは酒のつまみになるやつも」
齋藤と淳は他愛のない会話をしながら、降りエスカレーターに乗り込む。
登りエスカレーターに乗り込んだパーカーのフードを被った女とすれ違った。
スッ。
齋藤の目に一筋の光が入った瞬間、前にいた淳の首元から血が噴き出した。
ブジャァァァァ!!!
「淳!!!」
「あ、にっき…」
慌ててジャケットを脱いだ齋藤は、淳の首元を抑える。
カタカタと淳の体が震え、目が虚になって行く。
エスカレーターを乗り終えた齋藤は、淳を床に寝かせた。
齋藤は淳がもう助からない事は分かっていた。
首の動脈がパックリと大きく開いた傷口は、かなり深い。
「嘘だ、嘘だっ!!!淳、淳!!!」
齋藤の叫び声に反応する事なく、淳の体冷たく膠着する。
「淳っ、淳っ!!!あ、ぁぁぁぁぁぁああ!!!」
タンタンタンタンッ。
背後から誰かが、エスカレーターを歩いて降りて来る足音が聞こえた。
「死んじゃった?」
「お前が殺したのか」
「目の前で見てなかったの?」
「何なんだよ、お前は。誰の命令で淳を殺したんだ!!」
齋藤の大声が静かな空間に響き渡る。
「椿様がお前は邪魔だから弟を殺せって。あと、おじ
さんもね」
「椿恭弥…、アイツが弟を殺すように命じた…のかよ。お前、椿の所の殺し屋か」
「そうだよ?」
フードを取りながら木下穂乃果は笑顔で答える。
「死ぬのはお前だ」
「え?死ぬのはおじさんだよ。もうすぐ死ぬのはおじさんだよ」
「何を言っ…」
ブンッ!!
ブジャァァァァ!!!
齋藤の首元から血が勢いよく噴き出した。
木下穂乃果は指揮者のように指を動かし、ナイフを空中で操る。
シュシュシュシュッ!!!
齋藤が動こうとする前に木下穂乃果はナイフを操り、体を切り付ける。
齋藤の意識が朦朧とする中、ポケットに入ったスマホが浮く。
「スマホは貰って行くね、おじさん。弟君とあの世で仲良くしてね」
「か、え…せ」
「えー、やだ。返さないよ?っと言うかもう死んでる」
齋藤は立ったまま意識を手放していた。
「じゃあ、弟君とあの世で仲良くしてね」
そう言って木下穂乃果は、軽い足取りでその場を離れた。