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雨が降っていた。
山奥の家の屋根を、細い雨粒が絶え間なく叩いている。
ぱち、ぱち、と暖炉の火が鳴った。
ヒロトはソファの端で膝を抱えていた。
毛布に包まっているのに、身体の震えが止まらない。
「……寒い?」
涼架が隣にしゃがむ。
ヒロトは反射的に肩を跳ねさせた。
その反応に、涼架の胸が少し痛む。
まだ、この子は怯えている。
助けられたあとですら。
「ごめん……」
「謝んなくていいよぉ」
涼架は苦く笑う。
「怖いの、普通だから」
ヒロトは目を逸らした。
指先が震えている。
獣人化の副作用。
薬が切れるたび、身体が暴走しかける。
爪が勝手に伸びたり、熱が出たり、感情が制御できなくなる。
施設では、それを“調整不足”と呼んでいた。
けれど本当は。
ただの、人間の悲鳴だった。
「……はい」
涼架はマグカップを差し出す。
湯気の立つミルク。
「甘いやつ」
ヒロトは警戒したまま受け取った。
少しだけ飲む。
その瞬間、猫耳がぴくっと揺れた。
「……あま」
「でしょ?」
涼架がふわっと笑う。
その顔を見て、ヒロトは少しだけ目を丸くした。
研究員なのに。
この人は、笑う。
あの施設の白衣達みたいな目をしていない。
「ヒロトー!」
どたどたと足音。
モトキが台所から飛んできた。
「見て! パン焼けた!」
「焦げてる」
「えっ!? うそ!?」
「真っ黒」
「えええ!?」
尻尾がぶわっと膨らむ。
涼架が吹き出した。
「モトキ、煙出てるよぉ」
「うわぁぁ!?」
慌てて戻っていく。
その姿を見て。
ヒロトは、初めて小さく笑った。
ほんの少しだけ。
でも確かに。
その瞬間だった。
モトキがぴたりと止まる。
狼耳が立つ。
「……涼ちゃん」
空気が変わった。
涼架の目つきも鋭くなる。
「何人」
「……三。いや、四」
雨音に紛れていた。
車のエンジン音。
山道を登ってくるタイヤの音。
ヒロトの顔が青ざめる。
「っ……来た……」
呼吸が浅くなる。
「ごめ、ごめんなさい……っ、おれのせいで……!」
「ヒロト」
涼架が静かに肩を掴む。
「落ち着いて」
「でも……!」
「大丈夫」
その声は、不思議なくらい柔らかかった。
「今度は、守るから」
ヒロトは言葉を失う。
あの施設で、“守る”なんて言葉を聞いたことがなかった。
モトキが窓から外を見る。
「黒い車。組織のやつ」
「早いねぇ……」
涼架はため息をついた。
だが、その目に怯えはない。
「モトキ」
「うん」
「裏口からヒロト連れてって」
「涼ちゃんは?」
「少し時間稼ぐ」
「ダメ」
即答だった。
モトキが振り返る。
金色の瞳が揺れている。
「置いてかない」
「モトキ」
「絶対やだ」
低い声。
怒っている時の声だった。
「オレ、もう嫌なんだよ」
雨音の中、
モトキは拳を握る。
「涼ちゃんが一人で傷つくの」
涼架は少し目を見開く。
モトキは昔からそうだった。
自分が痛いより、涼架が苦しむ方を嫌がる。
それが、たまに怖いくらい真っ直ぐで。
「……わかった」
涼架は小さく笑った。
「じゃあ一緒にやろっか」
その瞬間
ガンッ!!
玄関が蹴破られた。
「被験体を確保しろ!」
武装した男達が雪崩れ込む。
モトキの目が獣のものに変わった。
次の瞬間。
床を強く蹴ったモトキは、 風みたいな速度で 男の懐へ潜り込み、そのまま腹を蹴り飛ばした。
「がっ……!?」
吹き飛ぶ身体。
だが、次の男がスタンガンを構える。
「モトキ!!」
ヒロトが叫ぶ。
放電とともに青白い火花が散った。
けれど
モトキに当たりかけた直前、
ヒロトの爪が男の腕を切り裂いた。
「っあああ!?」
スタンガンが落ちる。
ヒロト自身も驚いていた。
息が荒い。
怖い。
でも
逃げたくなかった。
モトキが振り返る。
「ヒロト!」
「……っ」
ヒロトの猫耳が震える。
「おれだって……戦える……!」
その言葉に。
モトキは笑った。
嬉しそうに。
「うん!」
だが、その時だった。
最後尾にいた男が、小さく呟く。
「……確認完了」
涼架の背筋が凍る。
男は無線を握っていた。
『対象発見。藤澤涼架も確認』
ノイズ。
そして。
『回収班を送る。“先生”が直々に向かう』
その瞬間。
涼架の顔色が変わった。
モトキが気づく。
「……涼ちゃん?」
涼架は、ゆっくり息を呑んだ。
“先生”。
その呼び名を知っている。
施設の最上層。
獣人化計画の中心人物。
そして。
涼架を十五歳で攫った張本人。
「……最悪だ」
雨が強くなる。
山奥の闇の向こうで。
新しい車のライトが、ゆっくり近づいていた。
コメント
2件
ああ、もう続きが気になりすぎるよ……! 最初の雨の静けさから一転、急に緊迫した空気になるの、一気に引き込まれた。ヒロトがミルク飲んで猫耳ぴくってさせてる可愛いシーンがあったかと思ったら、モトキの「置いてかない」って台詞で心臓掴まれた。“先生”の登場で涼架の過去も気になるし、もう続き読まずにはいられないよ……!🖤