テラーノベル
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「っあー食べた食べた! このお店美味しいねえ!」
「だろ? 結構前から通ってんだけどさ、いつかお前と一緒に来たかったの」
「リトくんの連れてってくれるラーメン屋ってハズレが無いよな、マジで。コツとか教えて欲しいわ」
赤い暖簾を押し上げつつ外に出ると、店に入る時はまだ青さが残っていた空が、もうすっかり暗くなっていた。
「一番星見っけ」とイッテツが指す先には、なるほど確かに金星が瞬いている。こういう子供っぽいところも好きなんだよなぁ、とリトは思った。
「それにしてもありがとうね、今回奢ってもらっちゃって……」
「はは、いいんだって。俺がおすすめしたかっただけなんだしさ」
「あ、そう? じゃあお言葉に甘えて」
店の軒先に灰皿が置いてあるのを見つけ「煙草は?」と聞くと、イッテツは「今はいいや」と言って頭を振る。この間任務終わりに立ち食い蕎麦に寄った後は迷いなく喫煙所に入って行ったくせに。そして散々待たせておいてやっと出てきたと思えば食後の一服は格別だ、とか何とか言っていたくせに。
何だかなぁ、とリトはまた空を見上げた。きっとイッテツなりに気を遣っているんだろうが、それが却って他人行儀なように感じられて何だか寂しい。
恋人扱いすることも友人のように気安く接すらことも許してくれないなんて、こんなことになるならいっそ前のままの関係性でいた方がマシだった気さえしてくる。
こうして歩いている距離でさえ、こちらから手を伸ばしても届かないほど遠い。
──このまま勝手に落ち込んでいても仕方ない。リトは念の為周囲に人がいないことを確認し、思い切って聞いてみることにした。
「あ、のさぁ。突然なんだけど……お前って俺と〜……キスしたいとか、思ったりしねえの?」
「……え、何? 急に……」
やっぱり訝しまれた。
そうだよな、急にこんな真面目に女々しいこと言われたら困惑するよな、そりゃあ。
今からでも取り消そうか、冗談ということにしてしまおうかと思案していると、思ったよりも早く返答が返された。
「いやぁ……今はまだいいかな」
「…………あー、……まじ?」
「あ、いや違くて! 今ネギとか餃子とか食べちゃったし! あとほら僕今日結構吸ってるから!」
「あ、ああそういう感じ? 焦らせんなよびっくりした〜……」
力が抜けて、思わずその場にへたり込む。
一瞬心臓が止まるかと思った。死因が恋人に振られたことによるショック死とか、家族も泣くに泣けねえよ。
リトが未だ落ち着かない鼓動をどうにか抑え込んでいると、イッテツは不安そうに顔を覗き込んできた。
「……本当に何? きみに何かしちゃったかな、俺」
「あ、いやー……しちゃったっつーか、されなかっちゃったっつーか……」
「なんて?」
「……いや……」
少しくらい察しろよ、と内心焦れているリトだが、それを表立って言えるほどプライドを捨ててはいない。
だからといって、いつまでもぐたぐだ悩んでいたって埒が明かない。格好悪いのは承知で一歩を踏みださないと、苦しいまま、何も変わらないままだ。
リトが意を決して顔を上げると、見慣れた顔がぽかんとこちらを見上げていた。
「……テツはさ、ほんとに俺のこと、好きなの」
ひたすら深い夜空を映した瞳に、自分のオレンジ色がやけに目立って見えた。
「え? 好きだよ。普通に」
「……普通に?」
「あ、いや超好きです。すんません」
途端に縮こまるイッテツを見て、リトはいっそ泣きたくなってきた。
だから、どうしてそうすぐに冗談めかしてはぐらかすんだよ。別に怖がらせたいわけじゃない。俺はただ、お前の本当の気持ちを知りたいだけなのに。
納得のいかない様子のリトに何か察しがついたのか、イッテツは怪訝そうに尋ねた。
「……もしかして冗談だと思われてる? 俺がリトくんのこと好きだって」
「…………」
「ほらぁやっぱもうそうじゃん! きみさ、そういう変にネガティブなとこ直した方がいいぞ! 俺が言えたことじゃないけど!!」
いきなり立ち上がって説教を始めるイッテツに、今度はリトがぽかんとする番だった。
つうか声でけえよ。ご近所さんに聞かれたらどうすんだ。
声量の調整などまるで考えていないイッテツは、反論がないと見るや否や続けざまに畳みかける。
「大体な! 多分だけど、きみより俺のが片想い歴長いんだぞ!? 片想いの先輩だぞ俺は!!」
「……は? え、なんて?」
「だからぁ! ……え、言ってないっけ?」
「聞いてない」と答えるとさっきまでの勢いはどこへやら、途端にトーンダウンしてしまった。器用だなこいつ、とリトはどこか冷静に考えている。
イッテツは再び身を屈めると、リトとちょうど目線が合う高さまで腰を落とした。
「僕はねリトくん。きみのその髪が──オレンジ色になる前からずっと、きみのことが好きなんだよ」
そう言いながらイッテツはオレンジと水色の中間あたりを指で梳いて、流れに沿って撫でつけた。
それ俺がお前にやりたかったやつなんだけど。
……というか、
「え? 俺の髪って別に染めてるわけじゃねえよ?」
「それくらい知ってるよ。デバイスとの適合率を上げるため……だっけ? それの副作用なんでしょ?」
「……そうだけど」
知らないはずがない。イッテツはインターンが終わったばかりとはいえ、リトと同じ組織に属している立派なヒーローだ。そこでは戦闘訓練と同時に基本的な知識──生体拡張機能付きのデバイスによる身体機能の向上、及び変化についても習っていることだろう。
リトの、変身時には今より更に鮮やかに光って帯電量を増やす役目をしている髪についてだって、きっと聞いているはずだ。
いや、だとしたら。
髪色の変化については、リトがヒーロー活動を開始したばかりの頃からずっと変わらない。ということはつまり、リトがヒーローとして活動する前──およそ7年以上前からリトを好いていたということになる。
確かにリトとイッテツは学生時代からの仲ではあるが、それにしたって離れている期間もあったわけだし、そんな素振りは見せたことがないし、それに──……
「言っておくけど嘘でも冗談でも無いからね。現に僕が今こうしてヒーローやってるのは、リトくんに憧れてたからでもあるし」
「は? ……本部に聞いてんのは、お前が開発中のデバイスを拾ったからって……」
「ああ、きっかけというとそれになるかな。他にもあるよ。呪いを解くためとか、正義執行のためとか……でも一番の理由は、あの頃からずっと変わらないヒーローなきみと、もう一度肩を並べたくなっちゃったから。……どう? これでもまだ信じられないってのか、俺を」
高圧的な態度だが、これはリトを安心させるためにわざとやっているのだと分かっていた。
「いつまで座り込んでんのさ、通行人の邪魔でしょ」と言ってこちらに手を差し伸べ不敵に笑ってみせるイッテツに、敵わないなぁ、と思わず苦笑する。
「あーあ、ずりぃぞ。お前ばっかかっこいいとこ見せやがって」
「は? 俺はリトくんのかっこいいとこ100個は挙げられるんだが」
「何で張り合ってくんの? ……つうか、お前俺のことめっちゃ好きなんじゃん」
「だからそうだって。好きは好きでも超好きだよ? 好きを超えた好きだからね。舐めないで欲しい」
「別に舐めてねえけど。……じゃあさ」
立ち上がると、当たり前だがリトがイッテツを見下ろす形になる。近づけば近づくほどその高さの違いは明確なものになった。
身長差がなければ鼻と鼻が触れ合うような距離で、リトはイッテツの目を見つめながら問う。
「なんで俺のこと避けんの」
「…………いや別に避けてるつもりは」
「はいダウト。目合わねえし言い訳考える時間長すぎ。正直に言え」
「……それは、ですねぇ……」
また泳ぎ出した視線にリトは、目合わねえし、と心の中でもう一度繰り返す。
たった今衝撃の事実が判明したわけだし、これからもっと大きな隠し事が露呈することになるかもしれない。
イッテツはしょうもない嘘であればまるで立板に水を流すようにすらすら並べられるくせに、こういう肝心な時の嘘は面白いくらいに下手だ。
「だって……」
「うん」
「……最近リトくん、よく僕のこと見てるだろ」
「え? ……あー、うん」
「あれね……すっっっげぇ心臓に悪いんだよ……!! そりゃ今までだってじーっと見つめられることはあったけどさ、それとこれとは違うじゃん。今まではあんな、なんていうかこう……熱視線じゃなかった! ほんと駄目だよあれ……!」
くわっ、と今にも掴みかかりそうな勢いでまくし立てられ、リトは思わず後退りした。
イッテツはその空いた隙間で何やら粘土を捏ねるような動きをしながら未だ何かぶつぶつと呟いている。何を言っているのかよく分からないが、何やら文句があるらしい。
しかし今のリトにはそれを聞いている余裕など無い。だって、今イッテツが言ったことが確かなら、それは──、
「え、じゃあお前、緊張してただけってこと?」
「……いやまぁそれは言っちゃえばそうなんだけどそういう言い方をするとまるで俺がヘタレの腰抜けみたいじゃない? 過程を除いて結果論に走るのは些か性急と言わざるを得ないというか」
「俺に見つめられてときめいちゃってただけってこと?」
「………………そうだけど?」
顔を真っ赤にしながら涙目でキレられても全く怖くない。むしろ何だかよくない扉を開けられてしまいそうになって、慌てて脳内から閉め出す。
なんだ、そっか。
俺、嫌われてたわけじゃなかったんだ。というかこんなに好かれてたんだ。目と目が合っただけで同じ空間にいられなくなるくらい、好きすぎて緊張してただけなんだ。
……そっかぁ〜〜〜〜!!!!!
「良かっ……たぁあ……! 俺マジで嫌われたかと思って、お前ほんっとさぁ〜!!」
「ちょっ、ちょっと待っ、……っ!?」
安堵のあまり、目の前の痩躯を思い切り抱きしめる。……嘘だ、だいぶ手加減している。
イッテツが腕の中でビシッと身体を強張らせるのがどうにも愛おしくてしょうがない。
「ね、ねぇちょっと一旦待って、いきなり供給過多だって……!」
「……テツが嫌なら離すけど」
「そ、れはさぁ……ずるいじゃん……」
その言葉でようやく観念したらしく、そろそろと躊躇いがちに腕を回してくる。それが嬉しくて思わず頬擦りをすると、ピアスが耳元を掠めてくすぐったい。
ああ、良かった。本当に良かった。
俺達、本当に両想いだったんだ。
「……なー、テツ」
「な、なに……? 僕もう、ちょっと限界なんだけど……」
「キスしていい?」
「…………っ」
腕の中のイッテツがぶわりと熱くなるのが分かる。再び固まった背中が、徐々に、氷が溶けるようにゆっくりと、力を抜いていく。
リトも同じように拘束を解いてやると、自由を得たイッテツの身体は一度身じろぎをして、大きく深呼吸をしてからこちらを見上げた。
「……いいよ」
ほとんど声にならない声を唇の動きで読んで、言い終わらないうちに塞いでしまう。
……こいつ、キスするとき目ぇ開けるタイプかよ。
汗で湿った髪の生え際に指を差し込み、逃げてしまわぬよう頭を固定する。ただでさえ溢れそうな瞳が更に見開かれ、未だ背中にしがみついたままのイッテツの手がずる、と一瞬緩みかける。
熱い吐息がふいに漏れて、湿った空気がまつ毛を揺らした。
少しかさついたその感触が馴染んでしまわないうちに唇を離すと、その顔は酸欠のせいか、それとも緊張のせいか、見たことがないほど赤く染まっていた。
「……っは、……ネギの味」
「結構余裕じゃねえか」
解放された唇を舐めながら、とぼけたことを言うイッテツを軽くはたく。
緊張を誤魔化すための冗談だということは震えた指先から伝わってくるので、心配して損した、と笑い飛ばしてやった。
「っかしいな、初恋はレモンの味って聞いてたはずなんだけど」
「……多分それを言うなら『ファーストキスはレモンの味』じゃね?」
「え? そうなの?」
やっぱりイッテツの知識はどこかしら偏っていることが多いようだ。
「ネギの味のほうが俺達らしいかもな」なんておどけて言ってみせると、イッテツはいつものように目尻を下げて笑った。
それが可愛くて、リトも同じように笑う。
「じゃあさ、……これからは好きなだけイチャイチャしても良いってこと?」
「好きなだけって……きみどんだけ欲求不満なんだよ」
「そりゃあ、健全な男の子ですし」
「……しょうがないなぁ。ふたりっきりの時だけだよ?」
満更でもないのを隠そうともせず、イッテツは勿体ぶってわざと吐息たっぷりに囁く。
煽りやがってこの野郎、いつか絶対泣かせてやるからな。
それがいつになるのか、1ヶ月後か2ヶ月後か、はたまた半年後になるかは分からないけど、いつかは来るということさえ分かっているならそれほど辛くはない。むしろ、そこにたどり着くまでの過程を楽しんでやろうじゃないか。
何だか妙に爽やかな気分になって、少しは大胆なこともできそうだ。帰路につくついでに、視界の端で手のひらを振ってみる。
「……手とか、繋いどく?」
「っい、いいの……?」
「ふは、誰に許可取ってんだよ。お前がいいか悪いか、そんだけなんだけど」
「……じゃあ、うん。繋ぐ……かぁ」
そうして遠慮がちに差し出された手を取り、思い切り指を絡めてやる。イッテツがいつもみんなにしている握手ではなく、今のところリトしか許されていない、恋人繋ぎというやつだ。
重なった手と手をじっとり濡らす汗は一体どちらのものだろう。どこかそわそわして落ち着かない様子を見るに、緊張しているのはお互い様らしい。
リトはイッテツに負けないほど赤くなった顔を逸らしながら、このままじゃ駅に着く頃には手がふやけちまうかもな、と手のひらから伝わる幸せを噛み締めた。
コメント
2件
はわっ、…はわわわっ…はわぁっ……泣 崇め称えますまじで…最 & 高… 解像度レベル1億くらいあってまじッ…はぁぁあああああああああ…… ありがとうこざいます…(◜¬◝ )