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「「……お仕置き!?」」
リーゼロッテの発言が意味不明だと、クリストフとジェラールの瞬きを止めた目は言っていた。
「このまま、教皇を放置するのは危険だと思います」
「放置って……」とクリストフは唖然とする。
「一体、どうするつもりだ?」
ジェラールの方は、リーゼロッテが何をやらかそうとしているのか興味深々だ。
「とにかく! 魔玻璃の本来の意義を理解していただかないことには、また新たな被害が出てしまいます」
「だがっ! 教皇聖下は信じてくださらないっ」
それを、嫌というほど思い知らされたクリストフは、無理だと首を横に振る。
「そうですね。言って分からないなら、経験してもらえば良いのではないでしょうか?」
「……ほう、面白そうだな。任せておけ」
リーゼロッテの言わんとする事を理解したテオは、ニヤリとする。
「リーゼロッテ……頼むから、私や兄上にも解るように説明してくれ」
置いてけぼりのジェラールは、顔を顰めた。
「はい。先ずは、教皇をあの洞窟にご招待します。そして、魔玻璃に触れたらどうなるかを、疑似体験してもらいます。きっと、目の前に魔玻璃があれば触れたくなるでしょうし。もし、警戒するならクリストフ殿下の魔石で操っていただきます。玻璃に触れたらどうなるかを」
「そうかっ、テオをけしかけ――いや、ちょっと待て! 魔玻璃に触れたら大変じゃないか!?」
焦るジェラールに、リーゼロッテはふふっと笑う。
「ですから、疑似なのです。私が、魔玻璃自体に結界を張り、触れても大丈夫な偽の魔玻璃を作っておきますので」
いとも簡単に言って退けるリーゼロッテに、ジェラールもクリストフも突っ込んで訊くのを諦め、フォローにだけまわることにした。
枢機卿の件が表沙汰になる前に、さっさと済ませてしまいたいリーゼロッテ。善は急げとばかりに、早速細かい打ち合わせをして準備を開始した。
――静けさの広がる真夜中。
長く立派な白い髭を蓄えた教皇は、重たい身体でも沈み込みすぎない豪奢なベッドで、気持ち良さそうに眠っていた。
少しの物音でも、目を覚ましてしまうお年頃だ。
リーゼロッテは慎重に近付くと、教皇の……以前は髪が生えていたのであろう広い額に魔石を沈めると――。
柔らかい布団ごと洞窟へと転移させた。
◆◆◆
脂肪で厚みのある、重たそうな目蓋を開いた教皇は、自分の置かれた状況が理解できなかった――。
見慣れた美しい天蓋も、豪奢なシャンデリアも見当たらない。薄暗く、冷えた空気に身震いする。
「……これは、夢か?」
どう見ても、屋敷の中ではない。
なぜか……いつもの寝心地のよいベッドは消え、布団だけに包まっている状態だ。目が慣れてくると、ぐるりと周囲を見渡した。
「洞窟……?」
そう呟いた教皇は、ハッとする。ここが何処だか理解した。
「ふっ、ふははは……っ!! ついに、ついに、私にも……神からの御託宣を聞く時がやって来たのだ!!」
その言葉が届いたかのように、魔玻璃が強く光りを発した。
「あ、あれは!」
布団から慌てて這い出ると、魔玻璃に駆け寄る。昨今、あんなに機敏に動く教皇を見た人は居ないだろう。
教皇は直ぐさま魔玻璃に触れようとして、一瞬躊躇した。以前クリストフ王太子から、告げられた内容を思い出したのだ。
だが、キラキラ眩く光る魔玻璃に触れるのは止められない。どんどんと欲望が膨れ上がり、それに触ったら自分が神になれるような錯覚に陥る。
そして、教皇が魔玻璃に触れた刹那――。
魔玻璃の周辺の空間がグニャリと歪み、ビキビキッと嫌な音を立て亀裂が入っていく。
教皇が焦って顔を上げると……。
大きな轟音と共に亀裂が広がり、黒く禍々しい瘴気を纏った魔獣の前足が、勢いよく教皇の目の前を掠めた。
ビュッ――と風を切る音と同時に、教皇の立派な髭はバサッと落ち、腰を抜かした教皇は座り込む。
必死で逃げようと後退るが、軽く教皇を飛び越えたフェンリルは行く手を遮った。
魔玻璃の亀裂からは、更に魔獣や魔物がでてこようとする。
「ヒッ……ヒイイイィィ!!!」
亀裂から出た大きな頭の沢山ある蛇に、左腕を喰いちぎられた。
想像を絶する痛みと、生々しい血の匂いに失禁する。
助けを呼ぼうとして振り返ると、フェンリルの足元には殺された騎士達の遺体が転がっていた。
息が絶えた筈の騎士達は眼球だけ動かし、一斉に教皇を睨んだ。この惨状を招いた張本人が教皇だと知っていて、恨みをぶつけるように。
――教皇は泡を吹き、そのまま意識を失った。
◆◆◆
「なあ、リーゼロッテ。教皇は一体どうなっているんだ?」
ジェラールの言葉に、クリストフとルイス、ファーガスも同じことを思っているようだった。
静かな洞窟の中、フェンリル姿のテオの前でパニックを起こし、グルグル回っている教皇は奇妙でしかない。
「ちょっとばかり4D体験です。と、言っても分からないですよね。えっと……教皇の周りにキューブ状の結界を張り、実在しているテオ以外は、私の想像した映像を立体的に見せています。この洞窟で起こった惨状を、知ってもらわないといけませんから。皆さんから聞いた魔獣や、私が見た魔物を再現しました」
リーゼロッテは座り込む教皇を見据え、話しを続けた。
「そして、ファーガスが経験したことを……。クリストフ殿下の魔石を使い、視覚、嗅覚、触覚に作用させ、恰も自分の腕が無くなった感覚を、今まさに味わっている最中です。……あっ、気絶しましたね」
結界内に流し続けていた魔力を止めると、結界を解除する。
「テオ、ありがとう!」
「主人よ、素晴らしかったぞ! 見事なものを見せてもらった」と、満足そうなテオは言う。
(ふふっ、そうでしょうとも……これはクリエイターの意地よ!)
結界の中のテオは、教皇と同じ映像を見ていたのだ。
「では、皆様。最終段階に入ります」
リーゼロッテの指示で、お尻が濡れたままの教皇を布団に戻した。
もう一度、テオにはフェンリル姿に戻ってもらい、前足に泥をつけ、真っ白な掛け布団に手形ならぬ足形を付けてもらう。
その上に、ばっさりと切り落とした教皇の髭を置いて、そのまま教皇の寝室へ転移させた。
(さあ、目を覚ました時にどうするのか……。ちゃんと、確認しますからね!)
これで、反省してくれれば良いが……駄目なら、額の魔石から女神の声として、言葉を与えるつもりでいた。
魔石の回収は、それからだ。
◇◇◇◇◇
――後日。
クリストフは教皇から呼び出された。
そして、今までのことは無かったことにしてほしいと、土下座され言われたそうだ。
騎士の遺体の映像に、こっそりクリストフのそっくりさんを入れておいたので、それが功を奏したのかもしれない。