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胎内めぐりから帰還いや、出生し、外に出ると、日の光が目に刺さった。
麗が目がー、目がー!と、断末魔の叫びを心の中で上げていると、ぼやけた目に映る明彦も同じだったようで、目を隠すように手を上にかざし、日の光を浴びながら固まっていた。
多分、ドラキュラが太陽に当たって死ぬときと同じポーズである。
「眩しいね。麗ちゃんは大丈夫?」
「何とか目が慣れてきました。先輩はいかがですか?」
麗はそっと明彦の腕から自分の手を離した。
「まだちょっとチカチカするけど、だいぶ回復してきたかな」
明彦はやはりお尻を触ったことを咎めるつもりはないようだ。
良かった、女子高生が知人男性のお尻を触って逮捕というニュースにはならなさそうだ。
それにしても、明彦は足が長いのだ。しかも背も高いから、麗が腰だと思っていた位置にお尻があったのだ。
だから、麗としてはうら若き女子高生が男子大学生のお尻を触ってしまった責任の半分は明彦にあると思いたいところである。
「何をお願いしたの?」
「姉が変な人に絡まれずに、幸福に生きていけますようにと願いました。先輩はどんな願い事にしはったんですか?」
麗は明彦とともにゆっくりと歩き出した。
「健康と長寿かな、ありきたりだけど」
「それが一番ですよ。老齢で死ぬギリギリまでは健康で、ある日ポックリ逝くのが幸せやと思います。姉さんにはそんな人生を歩んでほしいです」
若くして苦しんだ母の闘病に付き合っていた麗は心からそう思っていた。
「達観してるね。……麗ちゃん自身は?」
明彦の言葉に麗は、はたと、余計なことを言っていたことに気づいた。
しかも、敬語で話すよう気を付けていたつもりなのに、口調がだいぶ砕けてしまっている。
「勿論、私もです。あ! 須藤先輩、あれが飛び降りるところですよね!?」
人の流れに沿って長い回廊を歩いていると、テレビでよく見る舞台が見えてきて、麗は指を指した。
「意外と生存率は高いらしいけど、紐なしバンジージャンプになるから、飛び降りたら駄目だからね」
本堂に入ると益々人が増え、やっと舞台に立つことができた。
「麗ちゃん、写真撮るからこっち向いて」
「えっ?」
明彦が少し離れた所からスマートフォンを構えているので、麗は急いで舞台の端のギリギリまで行った。
(なんだ、思っていたより舞台の端から飛び降りるところまで、結構距離がある。それに思っていたより高くはない。そりゃそうか、安全第一だ)
隣の修学旅行生が、「怖いから離さないで」「いや、小顔に見せるために顔の横でダブルピースするから離して」と、キャッキャ言いながら写真を撮っている。
振り向いて麗も顔の真横でピースすると、明彦が写真を撮ってくれた。
「すみません、ありがとうございます」
麗が明彦の元へ行くと写真を見せてくれた。
「麗音に送るね」
「はい。須藤先輩もよかったら撮りましょうか?」
「送る相手がいないからいいよ。それより、中でお参りしようか」
家族には、明彦の性別や年齢から考えるとわざわざ送らないだろうが、恋人はいいのだろうか。
いや、それこそ、誰が撮ったの!? 誰と行ったの! となってしまい、余計な心配をかけてしまうかもしれない。
麗は己の考えに納得し、本堂でもやっぱり、姉の幸福をお願いしたのだった。