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「さあ、どうぞ」
前田さんに勧められて、私は……
「あ、ありがとうございます。い、いただきます」
ダメだ、最高級茶葉の誘惑に負けてしまった。
榊社長が先に飲んだのを見てから、私も遠慮がちに口をつけた。
「美味しいです! 嘘みたい……こんな美味しいロイヤルミルクティー初めて飲みました」
甘すぎずスッキリとした味わいで、ちょっと大人の香りがしてリッチな気分になった。
「だろ? この茶葉、前田君のご実家で販売されてる茶葉なんだ。俺も昔からずっと飲んでる」
「えっ、前田さんのご実家で?」
「はい。京都で両親が店をしています。社長にはずっとごひいきにしていただいて……」
前田さんって京都の人だったんだ。
穏やかで真面目な雰囲気が、京都の人と言われて妙にしっくりきた。
ただのイメージだけど。
大阪イコール元気なあんこさん、これも私の中の勝手なイメージ。
「すごいですね。こんな美味しい紅茶がいただけて、とても嬉しかったです。ありがとうございます」
「それは良かったです。ありがとうございます。では、私達は失礼します。どうぞごゆっくりなさって下さい」
前田さん達は社長室を出ていった。
「じゃあ、私も……」
「まだたくさん残ってる」
榊社長は、私のミルクティーを覗き込んだ。
「でも、社長さんの食事の邪魔をしたらダメなので……」
「その『社長さん』っていうの、やめてくれないか」
「えっ……」
榊社長を他になんて呼べばいいの?
「俺の名前は、榊 祐誠。だから祐誠(ゆうせい)でいい」
「そ、そんな! それは無理です」
私は、頭をブンブン横に振った。
「何が無理? 『社長』なんて、そんな呼ばれ方、会社だけで十分だ。雫には肩書きじゃなく名前で呼んでもらいたい」
榊社長は立派でふかふかのソファに座って、対面にいる私を真剣な目で見つめた。
そういえば私、希良君を名前で呼ぶことにはあまり抵抗を感じなかったのに、今、目の前にいる榊社長に対しては……なぜかすごく緊張してしまってる。
この心理状態が何を表すのか、自分でもよくわからないけど……
「すみません、やっぱりそんな軽々しく呼べません」
「簡単なことだ。『ゆうせい』ひらがな4文字。幼稚園児でもできる。言ってみて」
「ゆ、ゆう……」
って、うわ、危うく言ってしまいそうになった。
「そのまま続けて」
「む、無理です」
「ああ、じれったい。そんなに焦らすのが好きなのか、雫は」
「ち、違います! 焦らしてるとかじゃないです」
「なら、言えるだろ?」
そんな強引な……
「わ、わかりました。言います、言いますよ。ただ4文字のひらがなを言えばいいんですもんね」
半ばヤケになってる私。
そんな私を見て、うなづいてニコッと笑う榊社長。
「ゆう……せい……さん」
「まあ、さんは余計だけど許してやる。これからは絶対にそうやって呼んで」
私、この人のペースにどんどん引き込まれてしまってる。
まさか榊社長を「祐誠さん」と呼ぶことになるなんて思いもしなかった。
しかも、自宅にパンの配達。
おまけにジムにまで誘われて……
これはいったいどういう事?
夢じゃないんだよね、このやり取り。
「じゃあ、本当に失礼します。ご馳走様でした、ありがとうございました」
「気をつけて、雫。また必ず連絡する」
祐……誠さんにそう言われ、私は半分逃げるように部屋を出た。