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「上手く父上を言いくるめられたようだな、リルティア嬢」
「……そうなのでしょうか?」
「父上から話を聞いたが、概ねあなた方の計画通りにことは進みそうだ」
「そうですか。それなら嬉しいです」
客室で少し休ませてもらっていた私の元に、イルドラ殿下がやって来た。
彼はとても、嬉しそうにしている。本当に私達の計画の成功を確信して、喜んでくれているのだろう。
それは私としても嬉しいことではある。私がアヴェルド殿下から逃れるにあたって、これが最良であると思うからだ。
「どうやら私は、アヴェルド殿下とネメルナ嬢のことを思って身を引いた令嬢になることが、できそうですね……」
「ふ、エリトン侯爵は流石だな。ただで引き下がるようなことはしない。リルティア嬢の社交界での評判を落とさずに兄上から逃れるとはな」
「まあ、それは私達にとっての死活問題ですからね」
アヴェルド殿下との婚約を取り消すことは、そう難しいことではない。彼の浮気を糾弾すれば、私達に非もなく、その婚約を破棄することはできただろう。
ただ、その方法は社交界での心証を悪くする可能性がある。婚約破棄や破談だけで、負のイメージがついてしまうのだ。
故にお父様は、それに美談を含めることにしたのである。私が二人のために身を引いた敬虔な令嬢であると、社交界に印象付けるのだ。
「父上は恐らく、兄上とネメルナ嬢の縁談を進めるだろう。それは特に、反対されることもないはずだ。兄上以外、反対する理由がある者がいないからな」
「ネメルナ嬢はもちろん、オーバル子爵家にとっても願ってもいないことですからね。国王様さえ納得しているなら、大丈夫でしょう」
「その話がある程度進んだ折に、俺がシャルメラ嬢との関係を暴露する。兄上にとっては、それは痛手になるだろう。もっとも、その前にシャルメラ嬢が動くかもしれないが」
私とアヴェルド殿下の関係は、既にほとんど断ち切られたといえるだろう。その後に何か起こったとしても、ほとんど打撃はない。
とはいえ、ある程度落ち着くまでの時間は空いて欲しいものだ。シャルメラ嬢がどのような女性かは知らないが、少し大人しくしてもらえるように取り計らう必要があるのかもしれない。
「おっと、リフェリナ嬢は兄上とも話をしなければならないんだったな。そういうことなら、俺はそろそろ失礼するべきか」
「そうですね。そうしていただけると助かります……イルドラ殿下、色々とありがとうございました」
「いや、気にする必要なんてない。俺にも利益がある訳だからな……」
イルドラ殿下は、少しだけ寂しげな顔をしていた。
アヴェルド殿下が糾弾された後、何が起こるかは明白だ。そうなった時に自らに与えられる地位を、彼は歓迎しているという訳ではないのかもしれない。
だから今の言葉は、私に対する気遣いなのだろう。利益が得られるから、見返りはいらない。そう言える彼は、なんとも優しい人である。
◇◇◇
「……一体どういうつもりなんだ?」
「……といいますと?」
「僕との婚約を破棄するなんて、どういうつもりだと聞いているんだ」
アヴェルド殿下は、私に対して鋭い視線を向けてきた。
どうやら彼は、私の行動について疑念を抱いているようだ。彼からしてみれば、それは当然のことかもしれない。
私は彼と口論した後、彼と浮気相手のために身を引いている。その行動は、歪に思われていることだろう。
そのままの状態では、私達の計画に支障が出る可能性がある。
故に今回私は、アヴェルド殿下にも納得してもらうつもりだ。
「アヴェルド殿下、私はあなたとネメルナ嬢のことを支持します」
「……何?」
「お二人の関係が拗れてしまっているのは、私がいるからでしょう? 端的に言ってしまえば、私は邪魔者ということになります」
「いや、そんなことはないが……」
私の言葉に対するアヴェルド殿下の反応は、なんというか悪い。
彼はシャルメラ嬢との間にも関係を持っている。そんな彼にとって、彼女と結ばれることはそこまで重要なことではないのだろう。それが表情から伝わってきた。
だが、それを私は気付かない振りをして話を進める。私はあくまでも、善意の第三者として振る舞わなければならないのだ。
「お二人が未だに愛し合っているというなら、私が身を引くことによって丸く収まると思うのです。勝手なことですが、国王様にもある程度の事情を説明しました。納得してくれましたよ」
「……そのようだが」
「もちろん、何の見返りも求めていないなんてことはありませんよ。私はアヴェルド殿下やネメルナ嬢と、いい関係を築いておきたいと思っているんです。恩着せがましいかもしれませんが、今回の件は貸しを一つ作ったとお考えください」
「貸しか、なるほど、それならそちらにもある程度の利益がある訳か」
「ええ、少なくともアヴェルド殿下と険悪になるよりはいいですからね」
アヴェルド殿下は、私の行動を自分の中で噛み砕いているようだった。
王族への貸しが大きな利益であるということは、彼もよくわかっているだろう。増してや、彼は王太子である。次期国王との関係を良好にして、かつ有利に振る舞える土壌を作った。私の行動は、それ程変なことでもないだろう。
「どうか、これからもよろしくお願いします、アヴェルド殿下」
「あ、ああ……いや、その、そうだな」
私が差し出した手を、アヴェルド殿下は遠慮がちに取ってきた。
彼は今、どのようなことを考えているのだろうか。少し焦っている所を見ると、今が彼にとって良い状況という訳ではなさそうだ。
もっとも、それは私にはそれ程関係がないことだ。こちらはこちらが有利になるように動いていくだけである。