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※ SIDE 瑞稀
――意外すぎる。
それが俺が一番に思ったことだった。
この容姿のせいで、昔から寄ってくる女は媚びるか愛想を振りまくかしかなかった。
そのうち、女に対して嫌悪感を抱くようになり、その防衛として今のような当たり障りのないかわし方を覚えて、もう何年になるだろう。
医大時代からだから、かれこれもう十年近いかもしれない。
酒も飲めない、何もわからない。人畜無害のアイドルのような立場でいれば、あの毒々しい香水をまとった女は寄ってこなかったし、稀に来ても涙目で断ることができた。
今はもう女に触れることなどしたくはないし、関わりたくもない。そう思っていたが、どうしても仕方なく同じ病棟の彼女に近づかなければいけなくなった。
すらりとした体形に、すっと通った鼻筋、きりっとした二重のまぶた。
どこからどう見ても俺の嫌いなタイプで、自分に自信のある女だと思っていた。
ハイスペックの彼氏だの、その他にもたくさん男がいるだの、昔から噂は絶えない人だった。
それはきっと彼女の容姿のせいだとは思うが。
『婚活をしている』
それだけ知れただけで、俺の目的はもう終わった。彼女の本当の男関係を知りたかっただけなのだから。
なのに、どうして?
自分でも脅すような真似をして、彼女に近づいた理由がわからない。
今までは女に触れるだけで嫌悪感を抱いていたが、彼女にはそれを感じなかったからだろうか。
なんにせよ、婚活もカモフラージュだという可能性もある。そんな理由を作り、俺は彼女との時間を作ることにした。
「簡単すぎますよ。柚葉さん」
俺は小さく呟くと、自分のマンションへと歩き出した。
※SIDE 柚葉
翌週の月曜日、なんとなく憂鬱なまま私は仕事へと向かっていた。
電車を降りてすぐ目の前に見える大きな病院に、ため息が漏れる。もしかしたら、すでに彼が誰かに話してしまっているかもしれない。
別に今さら婚活がバレたところでどうってことはないが、それでもやっぱりいい気分はしない。
「ねえ、櫻町!」
小児科に足を踏み入れたばかりのところで、恭子に呼ばれる。
「どうしたの?」
少し探るように尋ねた私に、恭子は悲しげな表情を浮かべた。
「結衣くん、昨日搬送されたみたい」
自分のことだと思っていた私だったが、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
結衣くんというのは、六歳の男の子で、私が病棟勤務の時から入院していた小児がんの子だ。
三歳の時に発症して、放射線治療や手術など、ずっとずっと頑張ってきた子だ。
半年前に退院したはずだったのに……。
「再発?」
「たぶんね」
それは絶対にないとは言えない。いや、むしろそれが起こらないように願うしかない、無力な私たち。
ずっと頑張ってきて、完治することだけを考え、前向きに薬も治療も受けていたのを見ている。
「あと、数日で検査の日だったみたいだけど、その前に足に痛みが出たみたい」
私がずっと彼を気にしていたのを知っている恭子は、静かに言葉を続けた。
「だから今日の外来、望月先生の代わりのドクターだから」
その言葉に、私はハッとする。
結衣くんのことは気になるが、私はもう今はその現場から離れてしまった。
気にする資格もなければ、今目の前に来る患者さんのことを考えなければならない。そう思うと、大きく息を吐いた。
午前の診療が終わり、午後からは予防接種もあるため、何かを食べなければと私は食堂にいた。
あまり食べる気分にもならず、うどんを注文すると窓際に座る。
結衣くんはどうだったのだろうか。
そのことが頭をよぎる。私はこの病院に来てから、救命や病棟の看護など、ずっとハードな生活を送っていた。
それが苦になることなどなかったし、むしろやりがいを感じていた。
しかし、あることがきっかけで、私はそれをやめてしまった。
「櫻町さん、食べないんですか?」
ぼんやりしていたのかもしれない。不意に聞こえた柔らかな声に、私は顔を上げた。
そこにはいつも通りの望月先生がいて、私は思わず声を上げていた。
「結衣くんは? 大丈夫ですか?」
私の勢いに驚いたようで、彼は少し間を置いてから小さく頷いた。
「早めに来てくれたことが幸いしました」
その言葉に、ホッと安堵する。知らないうちに立ち上がっていた私は、周りの視線に気づいてすとんと腰を下ろした。
「座っても?」
私の返事など聞く前に座っていたのに、一応そう聞いた望月先生に、結衣くんのことに安堵したせいもあり、何も言わなかった。
「しばらくは入院になってしまうので、また会いに来てあげてください。結衣くんも櫻町さんがいないことに、ショックを受けていましたよ」
その言葉に、私の心の中に申し訳なさが募る。
美希みなみ
昔、ずっとここにいると約束したことを思い出す。
どうしてあの時は、あんなに安直に約束をしてしまったのだろう。
しかし、現場を離れてしまったとはいえ、顔を見るぐらいならいいだろう。そう思い、私がうなずくと望月先生も箸を手にした。
目の前にはトンカツ定食。意外にがっつりとした食事が、なぜか目の前の望月先生と似合わない気がして、交互に見てしまった。
「僕が食事するの、おかしいです?」
その不躾な視線に気づいたようで、彼は少しムッとしたような表情を見せる。
「ああ、ごめんなさい。意外にたくさん食べるんだなって」
くすくす笑って言えば、それ以上何も言わず、望月先生はご飯を少し乱暴に口に放り込んだ。
穏やかな空気に、私も少し伸びたうどんを食べようとしたところで、甘ったるい声が聞こえた。
「望月先生!」
すぐに顔を上げれば、先日の飲み会で彼を狙っていた看護師の女の子だった。
頭の中にあの花柄が思い浮かぶ。
これは面倒なことになるかも。そう思いつつ私は視線を下に落とすも、やはり想像通りの言葉がかけられた。
「また、たまたまご一緒なんですか?」
明らかに探るような言い方に、私は小さくため息をついてから彼女を見上げた。
「そう、たまたま――」
言いかけた私を遮るように、彼は言葉を重ねた。
「いいえ、僕が一緒に食べたかったんです」
アイドル顔負けの、完璧な笑顔で彼は言う。
「え……望月先生がですか?」
私が年下のドクターに手を出そうとしているとでも思っていたのだろう、かなり驚いたような表情を浮かべた。
「少しお話があったので」
彼女が視線を私に向けたのが分かったのか、望月先生は言葉を続けた。
「そう、入院患者さんのことよ」
平静を装って言えば、彼女は納得したようにその場を後にした。