テラーノベル
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それから数日が経った――。
「アレクサンドル殿下の行方は、まだ分かりませんか?」
ステファンはリュカとして、学園内を注意深く見て回ったが、アレクサンドルが隠れている形跡は全く無かったそうだ。
アレクサンドルが、連絡を取る可能性があるのは、オリヴァーとセオドアだけ。
だから、沙織も積極的に近付いてみたが……。二人は、アレクサンドルが行方不明になっている事すら知らない様子だった。
『残念ながら、この学園には来ていないようです。宮廷の方も手を尽くしていますが、まだ……』
「そう……。セオドアやオリヴァーも知らなさそうよ」
二人は教室に入ると、真っ直ぐ沙織達の方へやって来るようになった。アレクサンドルのことより、なぜか沙織に興味を持たれてしまったみたいだ。
今では、最初は引き気味だったカリーヌとイネスも、一緒に会話を楽しむようになり、仲良しグループみたいになっている。
あまり、沙織自身のことを根掘り葉掘り聞かれると、ボロが出そうでヒヤヒヤしてしまう。
相変わらずセオドアは、沙織が騎士志望だと勘違したままで、イネスまでもそれに加担するようになった。
(勝手に盛り上がるの、勘弁してほしいんだけど)
それについては、カリーヌもどうして良いか分からず、微妙な笑顔で相槌を打っている。
ただ、セオドアとオリヴァーが近くに来ると、なぜかデーヴィドまでもやって来る。まあ、担任だから教室に居るのは当たり前だが。
(なんか、やたら距離が近いのよねぇ)
これだけ様子を見ていたら、スフィアの攻略対象だった三人は問題なさそうだ。
今はもう、例のお菓子も食べていないし、カリーヌに危害を加える人間ではないと判った。
全ては、媚薬による洗脳によるものだったのだ。
『僕は一度、宮廷に戻ろうと思います』
「そうですよね、ずっとシュヴァリエにお仕事させては可哀想ですよね……。カリーヌ様が、リュカが居なくなると寂しがりそうですが」
『……!! カリーヌ様が……わ、わかりました。僕の代わりにシュヴァリエを来させます』
「へ? この部屋に、今度は彼が住むのですか!?」
『ご心配には及びません。シュヴァリエは影の訓練を受けていますので、普段は存在を消しています。必要な時だけ呼んでいただけましたら、リュカとして現れますので。普段は、サオリ様とカリーヌ様をお守りするようにさせます』
シュヴァリエとの仕事の引き継ぎが終わり次第、こちらに向かわせると言って、ステファンは宮廷へと戻って行った。
翌朝。
いつもの時間に目を覚まし、明るい朝日が差し込む窓を見ると――いつか見た光景がそこにあった。
窓の外から、リュカが窓をトントンと叩いている。
(もう、引き継ぎ終わったのね。ステファンもだけど、シュヴァリエも眠ってないのかしら?)
窓を開けて、リュカを中に入れる。
『サオリ様、朝から失礼いたします。ステファン様より、護衛とリュカの任務を受け参上いたしました』
愛らしいリュカの口から、とてもお堅い台詞が出てきた。
(見た目とのギャップが凄いわ……)
「シュヴァリエ、よろしくお願いします。ステファン様との引き継ぎで寝てないのでは? 私達が学園に行っている間に、休んでいて大丈夫ですからね」
『お優しいのですね……ありがとうございます。私は訓練を受けておりますので、問題ありません。学園にいらっしゃる間は、姿を消して護衛しますので、ご安心ください』
「シュヴァリエは、真面目ね。あまり無理しないようにしてね」
沙織は苦笑すると、可愛いリュカ姿のシュヴァリエの頭を撫でた。
◆◆◆
『…………』
シュヴァリエは、今まで誰にも頭を撫でられた事がない。
優しい沙織の手の温もりに、目を細めた。
小さな頃から、王族に仕える影としての教育を受け、親の顔も名前も知らない。初めて仕えた主人は、養子に出された王子のステファンだった。
王命により、ステファンには影の存在を知られてはならない。――だが、前任者がステファンに気づかれてしまったのだ。
その後任としてシュヴァリエがつくことになった。
それからずっと、ステファンの影として側に居る。
ステファンは幼くして全てを調べ出し、自分の存在や影の存在、呪いについても理解した。彼こそが王になる器と能力を持っている事を、シュヴァリエは知っている。
シュヴァリエの役目は、影としてステファンを守ることだけだ。意見を述べることは許されない。
影は、あくまでも影。表に出ることはない。有って無いような存在なのだ。
だから、誰かに自分を――ステファンの身代わりではなく、シュヴァリエという人間として、優しく接してもらう経験が無かったのだ。
優しい沙織の手が離れ、今度は抱き上げられた。
『――――!!?』
「シュヴァリエ。私、そろそろ着替えないと遅刻しちゃうので、向こうのリュカの部屋に居てね」
そう言った沙織に抱かれたまま、リュカの部屋にシュヴァリエは連れて行かれる。
リュカの小さな心臓は、とてもドキドキしていた。
動物に変化するのは珍しくもないし、抱き上げられることだってある。ステファンの身代わりで、女性とダンスもするが、普段なら何の感情も抱かない。
(それなのに、この不思議な感覚はなんだろうか……?)
シュヴァリエは、さっきまで沙織が居た場所をただ見つめ――初めての感覚に戸惑っていた。
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