テラーノベル
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「………ケイーン…」
レダーは悩んでいた。今日は9月3日の水曜日。そう、空架ぐち逸への贈り物についてだ。豪邸のソファにだらりと身を預け、まるで糸の切れた人形のように重力へ委ねてヘニャヘニャと崩れていく。しかしそれに抗う気力もなくければ、起き上がることすらもできなかった。
「…はぁ、まだ悩んでいるのですか」
「だってさァ……」
悩むのも無理はない。(と思いたい)
なんてったって今日が主役の彼は、一昨日から久しぶりに目を覚ましたばかりであり、起きた瞬間から仕事、仕事、仕事。欲しいものを聞き出す余裕もなければ話す余裕もなかったのだ。次の起床で、次の起床でと先延ばしにして居たら結局ここまで来てしまった。だからといってレダーが空架の欲しいものを知っているかといえばそうではない。
つまり今回のプレゼント選びは、暗闇の中で矢を放つようなもの……完全にレダーのセンスに賭けられていた。
「……もう、食べ物とかでいいんじゃないですか」
「いやぁ、それはなんか無難すぎないか?」
「そんなこと言っても店長、あと十数時間でぐち逸さんの誕生日終わってしまいますよ」
「それはまずいんだよ、マジで」
時刻は12時半、正午。今日は妙にすれ違いばかりで、まだ一度もぐち逸と顔を合わせていなかった。だからこそ、サプライズで満足のいく贈り物を渡したい。そんな妙なプライドだけが膨らんでいく。
「……じゃあどうするんですか。店長は自分のプレゼント選びのセンスを信じられるんですか?」
「俺に任せろ、まじで」
「不安ですね」
ケインもケインで複雑な気持ちだった。プレゼント選びという名の茶番に巻き込まれているだけでも疲れるのに、この人が選んだ奇妙な品を受け取る彼を思うと、同情が胸に広がる。
「マージでどうしようかなぁ」
「あの人はプレゼントを欲しがるタイプではなさそうですけどね」
「でもあげたいじゃんか、なにかしら」
「まぁ、あげたいならあげてもいいんじゃないですか?無いに越したことはないですよ」
「適当じゃないか?なんか」
「惚気を聞かされてるこちら側の気持ちにもなってくださいね」
「すみませんでした」
ケインがゴロゴロとフルーツを放り込み、ボタンを押すとミキサーが唸るように音を立てる。
にしても、本当に何を贈ればいいのか。ぐち逸の好きなもの、趣味、食べ物ですら聞いたことがない。今まで自分は彼のことを知りつくしていると思っていたが、実は全く知らなかったことを深く突きつけられる。いや、そもそも、あの男に物欲というものがあるのだろうか。三大欲求すら欠けていそうなあの人間に、そもそも欲なんて__。
…………………。
「…やめだやめ、考えるのやめるわ」
「そうなると思っていましたよ。私は知りませんからね」
「ハイハイ分かった分かった。じゃあ今から買い物行くからついてきて」
「……そうなるとも思ってましたよ」
何とも自己中心的な誘いに、ハァ…と深いため息を吐いてから、渋々前を行くレダーに着いていくケインだった。
レダーは1日の半分が終わってからやっと街へと繰り出した。ギャングにとっては日が落ちてからが本番。まだこの時間帯は早い方なので、何の危機感も持ち合わせて居なかった。
デパートのギフト売り場、アクセサリーショップ、書店に雑貨屋……目に映るもの全てが「これで喜んでくれるのか?」という疑問で霞む。
「……だめだ、どれもピンとこないな。とりあえず店行ったらなんか良いもん見つかると思ったんだけど」
フラフラと指先で包装紙をなぞる。手に取るたびに頭の中でぐち逸の顔が浮かぶが、どれも「これだ」とは思えなかった
「アー!もう無理!なんでこんなに難しいんだよ!!!」
ケインはウガーッと乱雑に頭を掻きむしるレダーを、隣で肩を落としながら見守った
「……店長、それ、本当に大丈夫なんですか?間に合います?」
「大丈夫と言いたいところなんだけど、実際全然大丈夫じゃないわコレ。ヤバい、まじで」
レダーはまた別の店に目をやり、今度は武器屋の中を一周まわってからすぐに外へ出てくる
「……いや、武器は1番使わないか、アイツ」
気づけば同じような店を行ったり来たりで、そのうち「どうせ何選んでも喜んでくれるはずがない」というネガティブな言い訳と、「でもちゃんと選びたい」という純粋な想いがせめぎ合う。
結局、レダーは何も買わずに店を出た。
もう日が暮れている途中で、オレンジ色の光が青にのまれようとしている
「……あー゛…誕生日終わっちゃうわ、どうしよう」
「あなたぐち逸さんと本当に恋仲なんですよね」
肩を落としながら呟いたレダーの胸は、悩みと焦燥でいっぱいだった。
ケインは少し離れて見て、ため息交じりに呟く。
「……やっぱり、今の店長には言葉で伝えるのが1番なんじゃないですか?」
「えぇ?『おめでとう』だけって事?アイツ喜ぶかなぁ、それだけで…」
「喜びますよ、絶対。というか、普段からしっかり気持ちを伝えたらどうですか?店長は不器用すぎるんですよ」
ケインは手の中にないプレゼントよりも、心の中の想いの方が大事だと言いたい訳だ。しかし言われた本人は心無きで有名で冷淡な男である。イマイチピンと来てなさそうなやさぐれだ表情で呟くのだった
「もうそれしかないかなァ…」
時刻は午後の10時、完全に日が暮れて、月が主役になった真っ暗な夜だった
その日も働き続けたぐち逸をようやっと自分の家へと誘い、この日初めて面と向き合う
「あの、何かあるなら早く済ませてください。また患者が」
「へぇ、久しぶりに会ってそれ?患者と俺、どっちが大切なの?」
「いきなり呼び出されたと思ったら、中々に女々しい事言いますね。それで?内容は?」
早速ヘラったレダーを見事なスルースキルで交わし、手短にと訴えかける。
少し見ないうちにぐち逸は砂や血で汚れ、頭や腕の至る箇所に包帯をグルグル巻きつけてボロボロになっていた。いつも1日が終わる頃にはこの有様で、翌日になると不思議なことに全て回復している。それが彼の治癒能力の高さによるものなのか、それともそれ相応の薬を摂取しているからなのかは分からない。
他人の治療よりもまずは自分の怪我のケアを優先してほしいところだが、彼にそれを言ったところで通じるわけがないし、仮に通じたとしても、またすぐ元の状態に戻っているだろう。
良い意味でも悪い意味でも芯が強い、頑固な男なのだ。
「いや、あのさぁ、別にそんな大した事じゃないんだけど」
「はぁ。」
いつもの興味がなさそうな返事にひとつため息を漏らしてから、座れと言ったのにいまだにリビングの中央で立ち尽くしている空架の前へと向き直る
「その………誕生日、おめでとうね。何にも用意できなかったけどさ。中途半端なもの渡すくらいなら、ちゃんと言葉で伝えた方がいいかなって。」
「………、あぁ、…そんな日も、ありましたね…」
柄にもないことを言っていることに後から気づき、恥ずかしさを隠すように少しだけ緑が混ざっている髪の毛を撫で上げる。
しかし手と腕で自分の顔を隠せるのと同時に、空架の表情が伺えないのも難点だった。軽く嫌味を混ぜて揶揄ってくるかな、とか、案外素直に嬉しい顔したりしちゃって、だなんて会う前に考えていたものだから、つい、好奇心で手を離した。
「……………えっ、?」
しかし手を退けた先に見えたのは、意地悪で少し悪戯気な顔でも、彼の儚い笑顔でもなかった。
泣いていたのだ。ぐち逸が。あの、彼が
「……ぐ、……ぇぐ、…」
「……え、ぐち逸?ごめん、なんで泣いてんの?」
砂が付いて所々黒くなったコートの袖をグイ、と引っ掴み、目が腫れるんじゃないかと思うくらいにゴシゴシと擦る。けれどそれでも溢れ出してくる涙の粒は止まらない。レダーはその姿を前に相当参った。
小さく嗚咽しながら泣き続ける彼を前にレダーはどうすることも出来ず、ただどうどうと宥めるしかなかった
「ちょっと、本当にどうしたの?謝るから、どうしちゃったの?ねぇ、ぐち逸?ほんとに大丈夫?」
「……すみ、ませ、…ッあの、…わたし、…っひ、ひとに祝われたこと、…ッなくて、…っわたし、わたしっ…あ゛の、…あのっ………」
途切れ途切れの言葉は、涙に溶けてしまいそうなくらいにか細い。
それでも必死に紡がれる想いに、レダーは胸の奥を締めつけられた。
空架は記憶を失ってから、歳を重ねるのが怖かった。まるで今までの人生を丸ごとスキップして途中から始めるような感覚に、止まらない時間に、嫌気がさしていたのだ。
今日だって本当は誕生日だと知りたくなかった。いや、正確には、空架自身が忘れていたのだ。だって現実を突きつけられているようで嫌だったから。今までずっと目を背けていたのに。今日、彼に、初めて祝われて、胸の奥に閉じ込めていた何かが、音を立てて崩れていった。そしたら涙が止まらなくなったのだ。感情の制御ほど難しいものはない
「………ぐち逸」
「あの、ごめ、なさ、止まらなくて、…っ涙、止めたいんですけど…っ、」
嬉しくて止められない。
そう言い切る前に、レダーの大きな腕が、空架を優しく包み込んだ
「そんな理由で泣かないでよ、来年もそんなので泣かれちゃったら困るんだけど、俺が」
「…っ次が、あるんですか、…?」
「あるに決まってるでしょ。何回でも言ってあげるよ。来年も、再来年も。おめでとう、誕生日おめでとう…って」
空架の喉が、小さく鳴った。
その声は嗚咽に飲まれながらも、どこか安堵の響きを帯びている。
「……っそんなこと、言ってくれる人、初めてですよ、…」
「じゃあ俺が初めてでいいよ。別に俺以外に言わせるつもりもないし」
レダーの言葉は、相変わらず独占欲丸出しで強引で、しかしどこまでも真っ直ぐだった。その強さに縋るように、空架は彼の胸元を握りしめる。
静かな部屋に、涙の落ちる音と、鼓動の重なる音だけが響いていた。
夜は深く、月の光は窓辺から差し込み、ふたりの影をひとつに重ねる。
「………祝われるのって、案外嬉しいもんですね、」
「はは、それは良かった」
空っぽだと思っていた心に、少しずつ温かさが満ちていった。
後日談_
「店長」
「…あぁ、ケイン。昨日はありがとね」
ちょうど彼を豪邸の寝室に移動させたところで、物音を聞きつけたケインがやってきた
「いいえ。ちゃんと言葉で伝えられましたか?」
「うん。まぁ、見ての通り。」
レダーの後ろでベッドに潜りスヤスヤと小さく寝息を立てながら眠る空架に、2人して視線を移す
「熱烈なんですね。中々」
「まぁねえ。恋人の誕生日に何するかなんて決まってるでしょ」
「へぇ。やはり、これも私のおかげなんですかねぇ」
「ありがとうって。やっぱ気持ちは言葉で伝えるもんだねぇ」
「でしょう。でもだからって、次回の誕生日でプレゼント選びをサボるのはダメですよ」
フン、とファンを回して怒るかのように腕を組む。もうロボットとは言い難い。完全に感情を理解していて、肌装甲にさえすれば人間と同等である。
「はいはい、わかってますよぉ、来年は自力でいいモン選んでやるんだからな」
「楽しみですね」
「…まぁね」
大大大遅刻ですが、空架さんお誕生日おめでとうございます🥳 魂の方は別の形で祝えたのでそれで満足してます。
本当は誕生日前から書いていたのですが、予定に予定が積み重なってしまって(言い訳)いつのまにかこんな日付に……来年は頑張ります。多分(保険)
誕生日ほど暖かい日はない
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