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「この世界、何か変だ」
メンバーとの連絡は無事に取ることが出来た。集合地としてふうはやの家が選ばれ、少しして全員が一同に介した。その中で、りもこんが道中のことを話し始める。
「何かが違うようには見えないけど、違和感がある。多分、俺達がいたのとは別の世界にいるんじゃないかって思う」
りもこんは言う。此処に来るまでに通って来た道。何時もと同じ、通り慣れた場所。の、筈だった。
しかし擦れ違う人々に感じる違和感。時折歪む、道や建物。そして、視界の端に何度も写る、踊るように蠢く幾つもの影。
今迄、そんなことを感じることはなかった。そして決定的なのは、自宅で仕事をしている時、不意に画面に現れた黒い影。りもこんもふうはや同様、それに襲われたのだという。それらのことから考え、今の状況が日常ではありえないとの結論に達した。
「異世界って、かなり非現実的だし信じるには中々無理があるな。だけど、りもこんの言うことも分かるよ」
かざねが肯定する。しゅうとも同様に頷いた。
「…俺達が異世界へと紛れ込んだ、と仮定しよう。一体何をさせられるんだ?」
りもこんのその言葉に、ふうはやは自分のパソコンの画面に表示された言葉を思い出す。
「『呪いを完成させよ』…」
「え、どういうこと?」
「俺のパソコンに突然表示された言葉だ。意味は全くわからねぇが…」
「でもそれ、かなり意味を持っていそうだな」
「だよなぁ…」
色々考えてみても分からなかった。先と同じように、突然パソコンが点いて何かを示してくることもない。現状、すべきことは何もなかった。
「とりあえず、今日はもう遅いし寝るか。泊まってくだろ?」
考えても何も分からないし、現状何かが動く訳でもない。時刻もだいぶ遅くなってしまっていた。これからのことは、起きてから考えよう。その結論に至り、全員はふうはやの家にそのまま泊まることになる。適当に布団を用意し、それぞれが潜り込む。
「おやすみー」
暗くなった室内。少しして聞こえてくる寝息。その中で、かざねだけは中々寝付くことが出来なかった。
「……何て言えばいいんだ…」
そして夜は、更けていく。
「…今日も特に進捗はなし、か」
編集作業を続けながら、ふうはやはそうぼやく。翌日、他のメンバーは帰宅をしてひとまず何時もの生活に戻ることにした。
様々な違和感は感じるが、それ以外は今迄と同じ。同じような生活をしていいものか、とも思ったがそれ以外にどうしていいかは分からない。故に今迄と同じように仕事をすることにした。
りもこんは別世界ではないか、と言ったが関わる人達は今迄と変わらない。昨日はコラボ動画も撮ったし、事務所の人達とのやり取りも行っている。配信をすればリスナー達からのコメントも何時も通り。投げ銭をしてくれる人達の中に見慣れた名前もある。
これを別世界だから、と言うには少々無理がある。だが、何時か何かが起こるのではないかという不確かな不安感も残された侭だった。
「あ、やべ。もう何も無かったわ」
小腹が空いた為、何か作ろうと冷蔵庫を開ける。しかし中身はかなり寂しく、空腹を凌ぐことは難しいラインナップだった。
何か注文でもしようかと思ったが、この日は一度も外に出ていない。気分転換も兼ねて、近くのスーパーまで歩いて行くことにした。
時刻は二十時を既に回っている。帰宅する人もまばらになり、道中は余り人とすれ違うこともない。
スーパーに入ると流石に人はいるが、それでも日中に比べれば随分と少ない。
カゴを手に取り、適当に食材を入れていく。料理に使う分と、ひとまずこの後食べる総菜達。最近はせいろを使った蒸し料理にはまっていることもあり、野菜を特に多く買うことにする。
「少し買いすぎたかも」
キャベツがお手頃価格だったのが悪い、とそうごちながら買い物袋を持ち直す。少しずっしりとしているそれを持ち、静かな住宅街を家に向かって歩いていた。
「…ん?」
ふと、スマホが鳴っていることに気付いた。ポケットから取り出し、画面へと目を落とす。そこに表示されていたのは―――『さあ、始めよう』不気味な言葉。
瞬間、背中をぞわりと何かが這った。反射的に言い知れぬ不安を覚え、買い物袋を持ち直して走り始める。
―――何かが、背後から追いかけてくる。
後ろを振り返ることなど出来なかった。唯、ふうはやはその場から離れる為に走る。だが、それは消えることなく後ろからつき纏い続ける。
何処を走ったのか、気付くと思い出せなくなっていた。はっとして足を止めたのは、家からは少し離れた場所にある小さな公園。無我夢中で走った為、肺が悲鳴を上げている。止まり、買い物袋を地面に置いて荒く息をついた。
「はあっ、はあっ」
膝に手を付き、息を整える。日常的に運動をしているとはいえ、無茶な走りをすれば当然コントロールは出来ない。
逃げ切ったかと一瞬思った。しかし、息を荒くつく視界の端に、ずるりと影が踊る。
「何で…ッ」
あれだけ懸命に走っても逃げきれていない。不気味な影は、以前ふうはやのパソコン画面から襲ってきた何かに似ている。あの時以降、自身の身体に刻まれた侭になっている痣のような影にも。
影はふうはやに迫ってきていた。気付いた時には周囲を囲まれ、逃げ場がない。浸食するように、ふうはやに迫ってくる。
「や、やめろ!」
そうは言ってみるものの、影が聞き入れるような様子はない。足元はどんどんと影に染まる。そしてその一端が、遂にふうはやに触れた。
「うわあぁあ!」
触れた場所を起点に、影が身体を浸食する。内側に入ってこられる感覚に悲鳴が喉から溢れ出た。
このままでは、影に食われる。
そう、脳が思考した時だった。突然、途轍もない飢餓感に襲われる。嘗て、感じたことのない飢餓。
意識ではなく、本能が、身体が反射的に動いていた。
―――影を 喰え と
ふうはやの目が見開く。影に染まった手が伸び、目の前にある影を掴んだ。そして飢餓に従う侭、ふうはやはその影を―――口元へと運んだ。
咀嚼した瞬間、内に流れ込む何かのエネルギー。それが余りにも美味で。はっと気付いた時には、周囲の影は跡形もなく消え去っていた。手元に残る、ひとつの断片を残して。
「―――いただきます」
喰らうことに躊躇いはなかった。それよりも、この影を味わいたかった。
口に含めば、何とも形容しがたい味が広がる。虜になるようなそれ。満喫して、呑み込んだ。だが、次の瞬間、全身を痛みが襲った。
「痛い…いたいいたいいたい…!」
何が起きたのか分からなかった。痛みに思考を塗り潰され、口からは訴える言葉が零れる。それがぷつりと切れたと同時、ふうはやの意識も混濁する。
保つことが出来ず、意識を失って倒れる瞬間、白い何かが視界を掠め、抱き留められた気がした。