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「……あれ…?」
意識が浮上した。目に入ったのは、見慣れぬ天井。ベッドに寝かせられているのだろう。身体はふかふかとしたものに転がされ、しっかりと毛布を掛けられている。
状況が理解出来なかった。少しして思い出されてきたのは、夜の公園での出来事。
「影に襲われて…」
段々と蘇ってきたのは、影に襲われたこと。そして、影を食ったこと。
何故、自分は影を食うといった行動をするに至ったのか。どうして影を食えたのか。
分からないことが多く、思考は混乱する。そして自分は今、何処にいるのか。
「あ、起きた?」
混乱していると、ふうはやの起きる気配に気付いたのだろう。部屋の扉が開く。顔を覗かせたのは、かざねだった。
「かざ、ね…?」
「はい。まずは水でも飲んで落ち着けって」
差し出されたコップを受け取って口に含む。感じてはいなかったが喉は乾いており、一息に飲み干した。
空になったコップはかざねが受け取り、サイドテーブルへと置いた。少し落ち着くと、見慣れはしないが見覚えがない部屋ではないことに安堵した。かざねの家には何度も行ったことがある。寝室に立ち入った回数は少ないが、ない訳ではない。
「聞きたいことは色々あるだろ」
「そうなんだけど…ちょっと混乱してる」
「それもそうだろうな」
「かざねは何であそこにいたんだ?」
ふうはやが影に襲われ、そこに偶然かざねが通りかかった。そう思うのは流石に難しい。そしてかざねが余り動揺していないことにも理由があると考える。
「ふうはやが影に襲われたって、この前話してくれただろ? あの時、言い出せなかったんだけど、俺としゅうとも同じように影に襲われていたんだ」
「まじか…」
「ああ。それで多分、俺はお前よりも自分の状況を把握している」
そう言うと、かざねはおもむろに自分の服をたくし上げた。露わになったのは、彼の腹部。ふうはやは目にした。かざねの、丁度心臓に当たる場所に突き刺さるどす黒い針のようなものを。
「これは…」
「これが、俺が受けた呪い」
服を元に戻しながらかざねは言う。
「俺の身体、既に死んでるんだ」
かざねの言ったことが理解出来なかった。身体が死んでいるとは一体何を意味するのか。
混乱するふうはやに、かざねは説明する。あの夜、自分に起きたことを。
メンバー全員での撮影を終えた後、かざねもまた仕事を続けていた。今している作業はサムネイルの作成。タイトルロゴもそろそろ考えなくてはならない。動画をよくする為に、やるべき仕事は山積みだった。
そんな時だった。突如として画面が黒に染まり、影が自分を襲ったのは。
抵抗する間すらなかった。影は瞬く間にかざねの身体全体を覆い、その心臓に針を突き立てた。針は彼の心臓を嬲り、破壊する。そしてその場所にぐるぐると糸の塊を形成した。
糸玉から無数の色が伸びる。それらはかざねの体内を走り回り、肉体を動かす為のあらあらゆるものと結合した。
かざねの意識が浮上した時、彼の身体は既に人間のそれではなかった。それはまるで、人形。
思考は出来るし身体を自分の意思で動かすことも出来る。しかし、心臓は動きを止め、代わりに呪いの塊が鎮座している。瞬間的に理解した。自分は、呪われた人形のような存在と化してしまったことを。
「ふうはやから連絡を貰った時には既に俺の身体は変質させられていた。けど、まだ混乱していて説明する勇気が持てなかった」
「そうだったのか…」
かざねはふうはやよりも先に呪いのことを理解していた。そして、対峙すべき存在がいることも知っていた。
「影に、襲われただろ? あれが、俺らが戦わなきゃいけない奴らだよ」
あの時のことが思い起こされる。影に襲われ、そして影を食った。思い起こせば、悍ましいものであった。自分が、影を食うなどと。
「俺は一体…?」
「ふうはやはあの影を見てどう感じたの?」
「…食わなきゃって。腹が減ったって…」
「成程ね。ふうはやの受けた呪いの本質は多分『人喰い』だ」
かざねは言う。影を食えと、呪いの部分が指示していると。
「俺、人も食いたくなっちまうのかな…?」
「それは分からん。まあ、その時は俺がぶん殴って止めるよ。少なくとも俺の身体は死んでいて、そうやわじゃないってことが分かってるし」
「かざねは影と戦ったのか?」
「そうだよ。あの夜以降、影と何回か戦闘を繰り広げてる。だから分かってることも幾つかある。…後、しゅうとも」
「しゅうとも?」
「俺らと受けた呪いの本質は違うけど、あいつも力を使って影と戦ってる」
ふうはやの知らない情報をまたひとつ、かざねは口にする。あの穏やかで優しすぎるしゅうともまた、あの恐ろしい影と戦っているのだと。
「しゅうとはどんな呪いを?」
「…それは直接本人に聞くといい」
かざねの言うことは最もだった。ならば彼に会わねばならない。そしてもう一人のことも心配になる。
「りもこんのことは何か知ってるか?」
「いや、俺も知らない。けど、始まったあの日にりもこんも影に襲われたって言ってたから、何かしら影響を受けていると思う。確認した方がいいかもな」
「なら、明日にでも全員集まるか」
一度、全員で集まって話すのが一番早い。例えりもこんに何もなかったとしても、情報を共有しておくことは重要だ。
「そうするか。もう夜も遅いし、このまま泊まっていけよ。風呂も貸してやるし」
「帰るって言いたいとこだけど、そうだな。お言葉に甘えるよ。また外に出て影に襲われたら厄介だ」
かざねの好意に甘え、ふうはやはこのまま泊まることにする。ふうはやが落とした食材はかざねが回収をしてくれており、この家にあるとのこと。
それに感謝をし、促される侭に風呂へと向かった。出ると簡単な食事を用意してくれていた。食べ物の匂いを嗅いだことで、腹が減っていることを思い出す。鳴ってしまった腹に、思わず二人で笑ってしまった。
「悪いな」
「気にすんなって。食材持ってたからさ、飯まだなんだろうなって思って」
優しい味にほっとする。暖かい食事を食べ、用意してくれた布団に潜りこんだ。これから何が起こっていくのかは分からない。だが今は、この暖かさだけを堪能したかった。